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 自分を失っている場合ではなかったのだ、と酷く口惜しそうにサンジが呟いていた。
 ナヴィシート、見慣れないクルマの中で身体を預けていたなら。
 勝手にイメージが繋がる、じじいの家の風情と。全く別種のものであるのに、使い込まれているモノの気配。
 
 そして、それとは別に。
 サンジの言葉が意味を成して流れ込んでくる。
 ―――あぁ、だから。
 オマエが気に病むべきことなど、何一つ無いんだ。
 おれの不手際、おれの不始末、奢りの招いた事態に。オマエを巻き込んじまっただけだ。
 だから、あの子守りもあれだけ静かに怒りを向けてきていたんだ。
 おれに。
 
 危険に曝すくらいなら、いっそ捨ててしまえと。
 酷くアイツにしては乱暴な正論を吐いた。
 護りきれないモノの責任はおれ一人では負えるものではない、と。
 オマエの在ないことと。オマエの存在が総べて消えることと。
 この二つは同じようでいて、コインの表裏のように。背中あわせでいて完全に異質だ。
 少なくとも、おれの中では。
 
 く、と唇を噛み締めていた。サンジが。
 頬に触れる、言葉にするつもりの無い想いを込めて。
 サンジの表情がくしゃりと崩れ、いまにも泣き出しそうなそれにゆっくりと移ろっていった。
 おれを失うかと思って暗闇に、淵に沈み込みそうだったと、言っていた。
 
 けれど、おれは。
 オマエの在ることがわかれば。おれは空ろをムリにでも埋めてそれでも生きる事は止めないだろう。
 ただ。
 無くなってしまえば。
 どうするか、など。想像したくもねェな。
 
 常にサイアクの事態を想定しろ、生き延びたければ。
 そう言われ続けてきた。
 そのサイアクのシナリオに予想がつくからといって。子守りに殺されちまうのは、癪だよな?
 だから、サンジに言った。
 同情票のおかげで助かった、と。
 冗談めかした言葉が、半分真実に紛れ込む。
 
 サンジの泣き顔が、す、と引き締まる。それを記憶に閉じ込めながら、ゆっくりと、抱き寄せるようにした。
 触れて、サンジの在ることを確かめる。
 たかだか、18年くらいしか生きていないコドモにまるっきり縋る自分がいる。
 致命的。ある意味正解だ。
 
 一時だけの感傷かもしれない。感情の振れが引き起こした歪み。
 オマエはおれを繋ぐ、この世界に。
 そして、今は逃げ出してきた世界にも。
 なぜなら。
 ―――おれは、ロマンティストなどでは在り得ない。
 共に在るために生を捨てる、などという選択は愚の骨頂だと真剣に思う。
 共に在るためにこそ、足掻けるだけ足掻けば良い、と思う。
 
 すい、と細い身体を抱きしめる。
 おれの左半身、そこへ負担をなるべくかけないような姿勢をとろうとするサンジをムシした。
 言葉にせずに、けれど思う。
 いつだったか、自分の洩らした言葉。
 サイアクの事態にはオマエの始末にもどる時間などない、と。それは、撤回だ。
 オマエの最後の吐息を、おれは喰っちまおう。それくらいの時間は生き延びて見せるさ。
 ただ、これは想定だ。サイアクのシナリオの。
 
 ふ、と身体が時間をかけて離れていき、ドアが開く音がした。
 何かを取ってくると柔らかな声が次いで届く。
 耳にして、眼を閉じた。
 厭くことなく、感情が揺れる。そしていつも引き戻される、1つの真実に。
 
 おれは、おまえを愛しているんだ。
 
 
 
 
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