Sunday, August 4 at late night
す、と何かが。意識の底を撫でていった。
目を開ける。
明かりの落とされた部屋の外、静かな気配が満ちている。
小さく、扉をノックする音が届き、リトルベアだと気付く。そして。
柔らかな温もりが身体に添っているのだと知る。
僅かな時間に、深く眠れたのか。
触れ合った箇所から、穏かに流れ込んでくる温かさと確かな鼓動のリズム。
心臓の辺りに、カオを潜りこませているらしいのに少しわらった。
ぼんやりと暗がりに、その辺りだけが薄明るい。
いつの間に、来ていたんだ?
乾いた、それでいて軽やかな音が耳に届く。
ノックに小さく答えながら、思い出していた。寝惚けたサンジが夜中に何度もソファまで戻ってきたときのことを。
あのときに。
まだおれにとっては「ただの小奇麗なガキ」でしかなかったサンジを、なぜ寝室に追いやらなかったんだろうな……?
胸元に蹲る淡い金色。おれが、意識の底で何度も思い浮かべ、還ろうとしていた光。
唇で触れる。
2ヶ月近くもあれから経っているわけだ。
サンジ、と小さく音に乗せる。
「…な…?」
おれがせっかくシャワーで砂を落としたのにオマエ砂塗れのままじゃないか、と。そんなことを言いながら。
まだ寝惚けたままのサンジの髪にもう一度口付けた。
「…ぉろ…」
まだ半ば眠り込んでいるのに、名を呼ばれ。わらった。
きゅう、と。胸にあった手が、借り物のシャツの布地を握り締めていた。
「あぁ、おれならここにいるから。起きろ、」
「…ん」
掌で肩の線を辿れば。
蒼がぱかり、と現れ。その様子にまたわらいたくなった。
「ぞろだ、」
呟きが洩らされ。
少しばかり照れたようにネコが「にひゃ」とわらった。
不意に、感情が喉元まで競りあがった、その表情を目にして。
額をあわせる。
「おれだよ、」
「…うん」
オハヨウ、そう言って。抱きしめた。
きゅう、と抱き返され。おれの傍らで口を開けていた淵が、もうどこにも見つけられない事を知った。
「砂浴びしたネコがヒト様のベッドに入ってくるんじゃねェよ」
「…ほえ?」
「オマエ、ざらざら」
ぺろ、と額を舐める。
きょとん、とでも言った表情を受かべているに違いない声が届く。
「なんで師匠ンとこのベッドで寝てるの」
「知るかよ。クスリを飲んでおれはここで休んでたんだ」
目が覚めたならオマエがいた、と付け足した。
「オレは……ソファで眠っちゃったと思って…ありゃりゃ?」
「おれが思うに、―――小熊運送サービスだな」
「……ぷはッ!!」
どうせそんなモンだろう。
「……ねえ、ぞぉろ?」
なんだよ砂ネコ、と頭をくしゃりとする。
「…オハヨウのチューは?」
「もうした」
「……ケチ」
フン、髪にもまだ砂が混ざっているなと。指先に伝わる感触に思う。
サンジがうっすらと唇を開いて、それでも拗ねていた。
「そんなカオしても逆効果なだけだぞ、」
さらり、とそのまま前髪を梳き上げる。
「……でも、まだちゃんとキスしてない…」
額に唇で触れた。
「オハヨウゴザイマス」
「…う〜〜〜〜」
頬と、ハナサキにも軽く口付ける。
「…うー……」
明らかに、不満だ、と表情が言っていたが背中にサンジの手が這わされたのだとわかる。
ゆっくりと、体温を確認してでもいるかのように。あぁ、だから、おれはちゃんと生きてるってのに。
「むぅ、」
サンジがそんなことを呟き。
く、と喉奥で勝手に笑い声が上がりかけ。起き上がり様、サンジの唇がかるく押し当てられた。
すい、と半身がそれでも起き上がり。一瞬背中を見つめた。
追うように半身を起こし、振り向こうとしてきたサンジの肩をそのまま押し戻すと、ベッドに背をつけさせた。
とさり、と微かな音が届く。
半身を重ねるようにして、覗き込み。
何か言いかけていたのは無視して、口付けた。
「…ん……」
やわらかく綻んだ唇を舌先で味わい奥まで滑り込ませる。
きゅう、と目が閉じられていくのを見つめながら、弄り。
縋るように首に腕を回された。
押し撫で、あまく食み、濡れた熱を味わう。
洩らされた吐息が微かにかすれていた。
頬を撫で、唇をやんわりと食んでから。口付けを解いた。
軽く、淡く色を乗せた唇を啄ばみ。
間近で覗き込む。
閉ざされた瞼がゆっくりと開けられ。少しばかり潤んだ蒼が、じっと見上げてきた。
頬を伝わせ、髪に手を差し入れる。
「―――起きるか、」
わらいかけた。
「ウン」
ふわり、と。
笑みが返された。やさしく綻ぶようなソレ。
とん、と頤に口付けてから、身体を起こす。
とうに、クマチャンの気配はなくなっていた。
サンジも軽く身を起こしたらしい。動きが伝わる。
時刻は―――午後11時前、といったところか?
「熱下がったね、よかったぁ」
ずっと蟠るようだった熱も、ナリを潜めていた。かすかに、左半身に違和感は残り続けているが、痛みとは別物だった。
「そうだな、オカゲサマで」
わらって、寝室を出て行った。
そういえば、ココは客間になるのか…?
「―――バカネコ、シーツの砂ぐらいなんとかしろ、」
サンジの後ろアタマを小突いた。
「あとでやる!!」
「オマエ、埃臭いぞ」
威張って言って返したサンジに笑いながら返せば。
「どうせまた埃臭くなるからいいよ」
「―――また?」
あぁたしかに。
ココにいるわけにはいかないな、いくら何でも。
居間へのドアを開けた。
夢は見なかった。
考えてみれば、16時間…18時間かな?それくらい車運転してたから、疲れててもなんの疑問もなかったんだけど。
でも、それでもとても安心してた。
広いベッドに、自分だけじゃない、ってこと。
一緒に眠ってるのが、ゾロだってこと。
夢の中でも、気付いてた気がする。
いつのまにか、ゾロと一緒に眠っていたオレ。
起こされて、目を開ける前から感じたゾロという存在。
目を開けた先に覗いていた、どこか笑ってるようなグリーンアイズ。
ああ、ゾロだー…、ゾロだゾロだゾロだ…、って。どうしようもなく、嬉しくなった。
側に居て、息してて、笑ってる。
オレを覗き込んで、笑ってる。
なんだかそれだけで。
ゾロがオレを必要としてるか、とか。
ゾロ自身がオレを手放したいのか、とか。
そういった質問を、改めて訊く必要がないってことに気付いた。
オレがゾロを愛してるってこと。
ゾロがオレを愛してるってこと。
しっくり噛みあうジグソーパズルのピースみたいに、かっちりって嵌ってた。
これからどうするか、ってこと。
それは、これからどうやったら二人が一番いい方法で、お互いの側にいられるか、ってことを考えなきゃいけないってことだ。
それ以外の質問は、不要。
疑うことすらバカらしいくらい、アタリマエの前提。
オレはゾロが、ゾロはオレが必要だってこと。
キスを強請ったらはぐらかされた。
これはアソビだ。
ゾロはオレをからかって遊んでた。
…焦らされて、拗ねたけど。
でも、ちゃんとキスしてくれるの、解ってたし。
あんなに離れてて苦しかったのが、さら、と治ってた。
胸のとこ、ぽっかり覗いていた暗闇。
いつのまにか、ちゃんと埋まってた。
傷はちゃんと痕として残ってたケド。
でも、それはオレがこれからのことを考えるのに必要なものだから。
かさぶたが剥がれて、新しい皮膚が育って。
だけどそこだけ、薄っすらと白っぽくなってるようなもの。
痛みを思い出せるけど、もう痛くないし。
痕になったからって、哀しくはならない。
むしろそれはオレの誇り。
成長の疵痕だから。
キッチンに行ったら、リトル・ベアが笑って。
「そのまま食卓に着かないでくれ」
そう言って、バスルームを指差していた。
「どうせまた砂だらけになるだろうが、心機一転を祝して、ついでに身なりも整えなさい」
「はぁい」
ここの家には、何度も泊まったことがあるから。
もう何がどこにあるのか知っている。
「ゾロは顔洗う?」
クマちゃん、ベッドが砂塗れだぞ、と言いつけていたゾロに向き直った。
「あぁ、」
に、って笑ってたゾロの手を引いた。
「こっち」
「口ン中。ざらざらする」
そう言っていたゾロを振り返った。
「……なら一緒にお風呂入る?」
にっこり、って笑ってみた。
「いいえ、ケッコウ」
「知ってる。ジョウダンだよ」
にぃっこり、っていっそ白々しいくらいに優しげな笑みを浮べたゾロに笑いかけてから、バスルームの扉を開けた。
「シンク、先に使ってね」
白い洗面台を指差して、オレは自分で使うためのタオルを取り出していく。
着替え…ああ、とってこなきゃ。
……ついでにシーツもひっぺがしてこよう。
ゾロがタップを捻って水を流しだしたのを訊きながら、客間にユーターン。
本当に、砂が零れているシーツを、零さないように引き剥がして。
それを包むように丸めてから、奥のキャビネットに入ってるオレの服を出した。
白い綿の長袖のシャツに、ブルーのデニム。
下着一式。
それらとシーツの塊を持って、バスルームへ。
棚に服を置いて、その上に使うタオルを置いてから、シーツを抱えて裏口へ回る。
軽くシーツの砂を落としてから、バスルームに戻った。
ゾロはもう使い終わったらしく、背中すら見えなかった。
それでも残ってる、ゾロの気配。
……にゃはは。
嬉しいなあ!!
ゾロと、一緒、だ。
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