「……遅いぞ」
苦笑と共に告げられた言葉。
「そうか?」
リトル・ベアが、しれっと言い返したゾロに、更に笑っていた。
「パスタが伸びた」
「…あちゃあ」
そんな言葉で始めたディナー。
日付が替わる間近。
メニュウは、スパゲッティ・ボンゴレと、サーモンのクリーム・ソテー。トスドサラダと、付け合せのパン。
腹八分目を目安に食べた。
ゾロはやっぱりあまり食べてなかった。
…ううん、病み上がりだしなぁ…。
食べながら、話しをした。
聖なる場所のこと。
オレも3度ばかり行ったことのある、パワースポット。
キャニオンの奥の、滝壷。
「シンギン・キャット、」
「はい、なんですか、師匠?」
「そこの愚か者にも告げておけ。アレは人語をわからぬらしいからの」
「…なんでしょう?」
思わず込み上げてきた笑いをそうっと飲み込みながら、訊いた。
「ほれ、見ろ。もう唸りかけておる」
イーッと牙を剥いたゾロを指差していた。
笑う。
「相変わらず、仲がいいんですねえ…!!」
「む、アレは猟師にでも撃たれたか。愚かよの」
うひゃー…師匠ってば。
当たらずとも遠からず、ってとこかな?
ゾロはガチッと牙を鳴らして。こく、と水を飲んでいた。
「それより先をどうぞ」
リトル・ベアが苦笑していた。
「いくら愚かな獣とはいえ、洞穴で寝起きするのは辛かろうて」
「夜は矢張り冷え込むからな」
リトル・ベアの声。
…ああ、そうだった。
オレはともかく。病み上がりのゾロには、ちょっと厳しいよね。
「そうですね」
「ワラパイのグレート・サンダー・フィッシュが弟子の真似事をしたぞ」
「…?」
きょとん、と師匠を見る。
リトル・ベアが横で笑っていた。
「運んでおいてやった」
「…あ」
運ぶ物、ティピ…。
思い当たった。
「ありがとうございます、師匠」
頭を下げる。
ああ、やっぱり。オレはまだまだだね。
「狭いからの、」
「ハイ」
にやり、と師匠が笑っていた。
……うひゃあ。
「着替えは、別のバッグに詰めてある。適当に、だが」
リトル・ベアにも例を述べた。
「感謝します」
「コーディネートに気を使う必要はないと思うがな」
笑ってる兄弟子。
……うわ、オレって。
ホントにステキな人たちに、導かれてるなあ。
何度も思ってきたことだけど……嬉しいなぁ。
「目合うならば外に行け」
「…は?」
目合う、って………ししょお???
ゾロが横で、堪らず水を吹いていた。
リトル・ベアが、溜め息と共に布巾を取りに立ち上がってた。
「……あのう、ししょお…?」
む、と皺が深く刻まれた顔が、オレを見た。
「…………ええと、…なんか、照れるんですが」
「ほう?」
何をどう言ったらいいのか解らず。
いきなりかぁっと赤くなった顔を、下に向けた。
「おまえも理解できたか」
「……師匠、ゾロといい勝負です、ソレ」
…オレをからかって、遊ぶの…。
「契る、といった方がよかったかの…!」
「…………きゃー…」
大笑いしている師匠。
「あのエロ呪い師なんとかしろよ、あンた」
まったくなんてことを言ってるんですか、と言いながら戻ってきたリトル・ベアに向かって、ゾロが片手を上向けていた。
「無理言うな、狼」
ひょい、と方眉を跳ね上げた兄弟子。
「………うぁー…」
片手で顔を覆った。
耳からは、まだ師匠が軽快に笑ってるのが聞こえる。
「あんたもげらげらげらうるせぇ」
そうゾロが師匠にそう言った。
リトル・ベアはく、と肩を竦めて。
「まぁ万が一を考え、人払いはしておくがな。薮蚊には気を付けろ」
そんなことを言ってきた。
…………あああああああ…。
「いっそエサと虫除けもくれよ、どうせなら」
あーあ、と苦笑したゾロに、に、とリトル・ベアが笑って。
「入れてある」
さらん、と言い放った。
なにを当たり前のことを、って具合に。
「………うぁあああ…」
「ハ!」
このヒトたち、……うわあああん。
ゾロは、いててて、とか言いながらも本格的に笑い始めていた。
師匠は多分、まだにかにかしてるんだろう。
リトル・ベアは、いつも通りに、何事もないような顔をしてるに違いない。
オレは赤くなった顔を、両手で覆っていた。
笑いが収まった頃に、リトル・ベアに言われた。
「水は絶えず流れているものだ」
低められた声。
時間、世界から隠された場所でも、それが止まる事はないのだ、と。
「…はい」
ゾロが、リトル・ベア、と呼びかけていた。
とても真摯な声で。
す、と焦げ茶の強い視線がゾロに移っていった。
「―――男が来るかもしれない、ここへ。あんたたちに危害は与えないと思うが、不快な思いはさせるかもしれない」
悪いな、そうゾロが続けて言った。
…ペルさんのこと、だ。
「なぁに、気にするな。扱いは慣れている」
リトル・ベアがく、と笑った。
「あぁ、じじいとは気が合うかも知れねぇな」
……そうかなぁ?…ああ、時と状況が違えば、そうかもしれない。
「年寄り同志だ、」
ゾロも口許に、す、と笑みを刷いていた。
「…はッ!!」
笑ったリトル・ベアが立ち上がった。
そして、す、と目を細め、一瞬ソラを見上げた。
「…そろそろ時間だな」
その言葉に、ゾロの視線がオレに向けられた。
頷く。
「それでは、行ってまいります」
師匠に向かって頭を下げた。
リトル・ベアは、もう歩き出していて。どうやら馬小屋に向かったみたいだ。
師匠も、すぅ、と目を閉じ、聞き覚えのある言葉を唱えて。
それから、こく、と僅かに頷いてきた。
立ち上がって、師匠にハグをした。
「祝福を」
「ありがとうございます」
両頬にキスをして。
それから、勝手口を目指す。
リトル・ベアが出て行った方向。
家の外、既に鞍を付けて、小さな荷物を積んだ馬が2頭、オレたちを待っていた。
「…持っていきなさい」
リトル・ベアに手渡されたのは、小ぶりのナイフ。
「偉大なる霊の加護を」
額に落とされる口付け。
兄弟子にも、感謝の念を込めて、両頬にキス。
それからポケットから、チェロキーの鍵を出した。
「…よろしくお願いできますか?」
「いいだろう。ブリーズ・イン・ザ・メドゥに返すのだな?」
「はい」
リトル・ベアが笑った。
リカルドにでもやらせよう、と。
ついでにコロラドのランチで、山の空気でも吸わせてやろう、だって。
「ありがとうございます」
そう告げて、魔女が離すか?と独り言のように言っていたゾロを振り返った。
「大丈夫だよ。解ってくれるよ」
それから行こう、ってゾロに言った。
「かわいそうに。次の被害者はクマちゃんか」
リトル・ベアが、ゾロにも別れの挨拶をしていた。
偉大なる霊の加護を、と。
それから、とん、とゾロの右肩を小突いて。
「彼女たちにオレがやすやすとしてやられると思ってるのか?」
そう笑って言っていた。
ゾロがオレに向かって、にっこり、って笑って。
それから、リトル・ベアに、ああ、じゃあな、って告げていた。
ゾロが馬に乗るのを見届けてから、オレも鞍に乗る。
久し振りに乗る馬。
世界が違って見えてくる。
星と月の明かりに蒼白く広がる、目の前の世界。
ゆっくりと馬の足を進めさせていく。
たどり着くのは、多分夜明けを過ぎた頃。
レジデンス・エリアを過ぎてしまえば、よほど優秀なレジデントでないと追ってこれない。
もしくは、犬。
まさか、そこまではしないだろうな、ペルさん。
そう思いながら、ゾロの横に並んで馬を進める。
背後、ドアの閉まる音。
この辺りはレジデンスの外れだから、もう風がキャニオンを過ぎる音しかしない。
「…頑張って行こうね」
そうゾロに笑いかけた。
「誰にモノ言ってるんだよ?」
そう応えが返ってきた。に、って笑いと一緒に。
「…大好きだよ、ゾロ」
笑いかけてから、馬を進めた。
ここからは、自然が相手の強行軍。
気をきゅっと引き締めた。
朝には……滝壷のところに、着いてるかなぁ?
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