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 「始祖のハナシには必ず死がついてくるな」
 そうゾロが淡々と感想を述べてきた。
 「無くてはならないものだからじゃないのかなぁ?」
 とりあえず、思ったままを応えてみる。
 どうやらゾロが、僅かに皮肉っぽい笑みを浮べたように思えた。
 けれど、特には何も言わない。
 
 「…オレ、考えたんだけど」
 段々と近づいてくる水音に負けないように、声を僅かに上げる。
 「なんだ、」
 「無くてはならないものだからといって、それが平気かって言われると、そうでもないんだよね」
 
 急な崖は下りきって、後は緩やかな下り。
 どんどんと緑が増えてきていた。
 後ろのゾロを見遣る。
 「水音が近いな、」
 少し遠い眼で前方を見ていたゾロから、眼を離した。
 
 今は話したくないみたいだ、それについては。
 うん、これはあとでちゃんと説明しておかなきゃ。
 平気じゃないからといって、ゾロの仕事が引き起こす様々な死について、オレは反対じゃないってこと。
 
 『人ひとりにはできることとできないことがある。何事もバランスだ。見極める目を養いなさい』
 そう教わったのは小さい頃、エマが死んだ時のこと。
 あの時、初めて、自分の限界を知ったっけ。
 何度目かの出産の時に死んだエマ。
 助けられなかった自分。
 あの時生まれた子犬たち。
 
 最も重要なのは、何?
 最も必要なのは、何?
 
 「…ああ、今なら見えるかなぁ…?」
 星空を見上げる。
 ゾロがなにやら思考中だったけれど、声にすぅ、と顔を上げていた。
 「犬狼星シリウス、なんだけど……」
 …あ、アレだ。
 「あの一番明るい星」
 指を差す。
 「あれ、狼の星」
 笑いかけてみる。
 
 ゾロがどうやら、微かに笑っていた。
 「ええとねえ、ギリシャ神話に出てくる大犬座の1個でもあるって、前にリトル・ベアが言ってた」
 随分と昔に思える夏のある夜に、リトル・ベアに教えてもらった。
 
 「見えた?」
 水辺に近づいてきていた。
 川の流れる音が大きくなっていく。
 「あぁ、」
 ゾロも眼を上げて、夜空を見ていた。
 満天の星空、今にも降ってきそうだ。
 「…夜空って見飽きないんだけど。いつも途中で寝ちゃうんだよねえ、見ていられるときは」
 
 星から目線を降ろして、足場を見る。
 …そろそろオレは一度下りて、川を渡る準備をしなきゃ。
 目で流れる川の水が見える距離に来た。
 天気予報、チェックしてないけど。水かさ…ああ、大丈夫だ。あまり増えてない。
 
 「ゾロ、一度止まって」
 サイアの手綱を引いて、ひょい、と飛び降りた。
 「川、渡るからね」
 ゾロも横でファルを止めていた。
 「なぜ下りている?」
 手早く靴を縫いで、デニムの裾をたくし上げた。
 「ン?昼間なら見えるけど、さすがにこの暗さじゃ水の中、見えないから」
 靴紐を使って、荷物に靴を括りつけた。
 
 「オオケイ。ファルの手綱、頂戴」
 馬上のゾロを見上げる。
 「――――おい、」
 「アナタは下りちゃダメだよ、ゾロ。熱がぶり返したら、引き返さなきゃいけなくなる」
 下りかけていたゾロを、手で押しとめる。
 「ガイド、信用してよ」
 笑いかけてみた。
 「そういう問題じゃ……」
 
 なんだか文句を言い始めたみたいだったけど。
 「渡ったら、ちゃんと休憩するから。ね?」
 サイアとファルの首筋を叩く。
 彼らだって、いくら慣れているからとはいえ、夜に川を渡るのは、怖いものだ。
 
 ゾロが舌打ちしていた。
 フフン、ここはオレのグラウンド。より慣れてる方がリードするのが効率的じゃない。ねえ?
 「心配だったら、ファルの鬣握っててね。鞍の端でもいいけど」
 そう言いながら、ゆっくりと水の中に足を滑り込ませる。
 思ってたより冷たい水。
 でもなんだかキモチがイイ。
 
 僅かに戸惑った二頭が、小さく頭を振ってから、水の中に入ってきた。
 ざぶざぶ、と音がすぐ背後で起こる。
 小さな石を踏んでいく。
 川の流れ、ここは浅瀬な方だから、そうそうキツくはない。
 水かさは、脹脛の真ん中くらい。
 これでも浅い方なのだ。
 
 慎重に、けれどリズムを崩すこと無く、川幅を渡りきる。
 2頭の身体が確実に水から上がったところで、一度足を止める。
 「オオケイ。休憩にしよう」
 そう言うが早いか、ゾロがひらん、ってファルの上から飛び降りていた。
 うんうん、随分と回復してきたみたいだね?
 
 2頭の首を、ご苦労様、って撫でていたら、ごて、と頭を小突かれた。
 「いたッ!!」
 「足を乾かせ、それからクツを履け」
 ゾロを一度見てから、サイアの鞍に積んであった荷物を下ろす。
 「するよう。風邪ひきたくないもん」
 手綱を鞍のところに引っ掛けてから、2頭の首を叩いた。
 「お水飲んでおいで。キミたちも休憩しようねえ」
 
 2頭が揃ってまた水縁に戻っていったのを見守っていたら、またぺし、と叩かれた。
 早くしろ、ってことらしい。
 「…気が短いなあ!!」
 「オカゲサマで」
 
 笑って水辺から少し離れたところに腰を下ろした。
 バッグの中から、タオルを一枚取り出して、足を拭く。
 「あ、そこのポケットの中、水が入った皮袋があるから。飲んでて」
 ゾロに位置を指し示す。
 「あぁ、イラナイ」
 「ダメ。飲んで」
 
 水温で冷えた足をよく擦っていたら、横でゾロはタバコをジャケットから出して、火を点けていた。
 「…吸殻、持っていくからね」
 そういえばゾロ、スモーカだった。
 タバコ…灰皿なんか持ってきてたっけなあ?
 すい、と片眉をゆっくりと引き上げたゾロに、笑って告げる。
 「ここ、ワラパイ族の土地だけど、一応グランド・キャニオン国立公園内部なんだ」
 「―――知ってる、」
 「よかった」
 
 足を拭き終えて、また元通りに靴を穿く。
 本当ははだしの方がスキなんだけど。この気温じゃちょっとそうも言ってられない。
 道程は半分まで来た。
 あとは崖を登って、滝まで行き着くだけだ。
 
 
 
 
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