唱の意味。それを問うたのは、特に意味も無いことだったのだと思う。
耳慣れない音階と、そのどこか穏かな調子に興味が湧いただけかもしれなかった。
あるいは、馬が。ふい、と首をもたげたからかもしれない、その流れる音に。
些細な気持ちで音に乗せた。けれど、帰ってきたのは。

「スキディ」。ポーニーズのハジマリの話。
どの始まりの話にも、死は付き纏っているなと。穏かな声で続けられたサンジの「話」に答え。
「無くてはならないものだからじゃないのかなぁ?」
どこか、真摯ないつもの口調で返された。

ナクテハナラナイモノ。
そのコトバはほんのきっかけだったのかもしれない。
自分の中で、勝手に思考が流れ始めるのがわかった。
少しばかりきつくなった勾配の下の方から届く水音が近づいていた。
何か感じ取ったのかサンジが、水音に紛れない程度に強められた声で続けていた。
無くてはならないものだからといって、それが平気というわけではないのだけれど、と。

思っていた。
生死は、自然の理であれば自ずと受け入れられるものだろう。
意のままに、別の「理」でそれを歪めて来た自分は。
そうだな、なくてはならない身近なものだなとは答えられない。

10歳にも満たないあの日。
死は暴力だと知った、そのうえで。
百合で埋められた、葬儀の場で。
おれにカードが指し示された。
どちらを取るのか。
差し出された手は二つあった。ハハオヤからのものと、チチオヤからのもの。
―――忘れていた、そもそものキッカケ。選び取った世界と、捨てたもの。
そのときに、おれはあの「優しいコドモ」を切り捨てたのだろう。

ふ、と。
ヒカリが過る。それは柔らかな音色で。
「…ああ、今なら見えるかなぁ…?」
促されるままに顔を上げた。
目線の先、サンジが。
夜空を指差していた。
星。
見上げる事など忘れていた。長い間。
シリウスが見えるか、といって。
サンジが振り向いて笑いかけてきた。
星明りに淡く色を浮かべる髪が流れたのが見えた。
苦い、感傷じみた感情が起こるのを感じ。苦笑した。

同じような逡巡、けれどそれは少しずつハジマリとオワリを変えていく。
おれが、オオカミに近いとオマエは言うが。
連中は捕食者だ、摂理の中の。環のなかの。
撓められた中で、無理矢理に理を押し曲げてそれに近いものであろうとする自分を嘲った。
バカげている、けれどそれがおれが下した選択だ。
水音が一層近づく。

ヒトが民族に関係なく根底で理解しようとする理は、おそらく。
『汝、奪うこと無かれ。』
撓めた環のなかに、オマエは入ってくるなよ、と。そんなことを思った。強く願った。

記憶にある夏の陽射しに光を弾いていた水面は、暗い色の流れになり。
サンジは馬を下りて自分からそれを渡った。
適当にだされた文句などにサンジが構う筈もなく、おれは馬に乗ったままコロラド川の浅瀬を越え。
歩き通しだった馬たちを休ませるために、しばらく「休憩」をとるとサンジが言いながら見上げてきた。

馬を下り、いつまでも濡れた足のままで裸足のサンジの頭を軽く小突き。
タバコに火をつける。
水を飲むようにとサンジが言ってきていたような気もするが、渇きは感じていなかった。
日常を忘れていた訳でも、疎ましく思っていた訳でもなく。
思い出したように思考が揺れるのは、多分。
オマエがあまりに対局に在るものだからだろうと。
水辺から少し離れた岩の上に座りながら、クツをようやく履き終えている姿を見つめて思う。
けれど、その表情から。
本当は裸足でいたいだろうことも、妙に伝わってくる。
バカが、気温を考えろ、気温を。

ふとおもう。
下した選択に僅かの迷いもある筈も無いけれども。あのとき、別の手を取っていれば少しはオマエに近いモノになれていたのだろうかと。
―――下らない感傷だ。
暗がり、呼吸にあわせて小さな焔が明るさを増す。
呼びかけていた。
そして、問い直した。
さっき、オマエなにかいいかけていただろう、と。

「I'm more cruel a being than you probably believe me to be, Zoro」
"オレ"は、多分、アナタが思っているよりも残忍な存在なんだよ、ゾロ、と。
静かに微笑んでいた。
僅かに対象から距離をおいた笑み。
オマエ以外からは、あまりに頻繁に眼にするものに酷く近いモノのように思える見慣れたソレ。
イコン、聖画図。連想するもの。
けれど、なにかが僅かに違い、ソレを全く別なモノにしている。すべてを許容する笑みは、すべてから乖離されているから出来るのだと思う。オマエの笑みからは、その距離が感じられない。
寧ろ。
ただ単に、「在る」ことを受け入れているだけにも思える。

そして声が続けていた。
「だってオレ、アナタのしている事を知っても、止めるつもりはないもん、」
水音に紛れて届いた。

「残忍」であるというなら。
それはオマエがあまりに素直に対象を求めるからだろう。
他を慮らない素直さは、時に残忍であるかもしれない。
コドモがわらってソラに掲げた掌に、その手が押しつぶしたイノチの欠片がこびりついているように。

おれの生業をとめるつもりはない、と言う。
オマエ如きに止めさせられるものか、とも思う。
アイジョウと、それに近い暗い感情の狭間にあるモノ。
仮定。
そういった素振りをみせられたなら、恐らく。
「―――そうしてくれ。おれはオマエを亡くしたくはない、」
自分の手で、オマエを滅ぼすだろうから。

言葉を受け止めて、それでもサンジに笑みが浮かんでいた。
どこかで。
蟠り続ける思考がある。
もしおれたちが、根源で相容れない存在であるならば。
遅かれ早かれ、破綻するだろう。誰が手を下さずとも。

ソレを追いかけるのは止めにした。
オマエはおれの考える以上に残忍であるかもしれないと言う。
けれど、思う。
ならばオマエはおれと同じように残忍で、そして全く違うのだと。
コトバ。その裏の真意。底に広がる無意識。共有される意識。
オマエのコトバは飾りが無く。
意味するものは明確だ。

オレのコトバは虚飾に満ちても。
オマエに語るときだけは、その全てが真実だ。
それが、たとえ。
美しいものだけを語らなくとも。
オマエを例え、傷付けようとも。




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