サイアの背中に再度揺られながら。
夜空を見上げながら、思い出す。
ゾロと交わした言葉のいくつか。

オレは、ゾロのものになれるけど。
ゾロは、オレのものにはなれない。
オレは、両手を差し出せるけど。
ゾロは、片手は塞がっている。

それでもいい、って言った。
愛してくれるのなら、片手だけでも差し伸べてもらえるのなら、それだけでいい、って言った。
そのキモチはウソじゃない。
今日みたいな星のきれいな夜、二人きり。
それなのに、ゾロの思いは、遠くを移ろってても。
寂しいけど、仕方がない。
言っても仕方の無いこと。

考えなければいけないことがあるのなら、それはちゃんとされなければならないのだから。
ずっといつまでも抱え込んで、延々、ゾロのココロがオレから離れているよりかは。
最初の寂しさをガマンして、あとでちゃんとオレを見てもらえるほうがイイ。
……ああ、そうか。
ゾロが今、オレの側に居ないって思うのは。
目がちゃんと合わないからだ。

…まぁオレのココロだって、時折ゾロから離れて移ろうしね。
オレとゾロは、別々のヒトで、別々の役割を持って生まれたワケだから。
総てが噛みあうわけがないんだし。
歯車のピースは、複雑に入り組んでいる。
総てを、と望むのは、愚かなこと。
平面ではなく、立体構造を持っているわけなんだから。
東西南北に道は分かれるのではなく、上下にも道は分かれている。
ショウガナイネ。それが世界の理なんだから。

川辺からサイアとファルの上に戻って、そろそろ1時間ばかりが経つ。
穏やかな斜頚を、ゆっくりと登って。
緑の多かった川辺から、また砂と岩の入り混じった場所を通って、いままた緑の数が増えてきた。
キャニオンの麓へと近づいていっている。

神聖な場所。滝壷。
立っているだけで、力が湧いてくるその場所。
オレは、ゾロをそこへ連れていきたかった。
そこなら怪我が早く治る事を知っていたから。

ゾロは、怪我が治ったら。
直ぐに、群れに戻ってしまうんだろうか?
オレがついていけない場所に、オレを置いて行ってしまうんだろうか。

ゾロを手放したくない、と思うと同時に。
早くゾロを治して、早く狩場に送り出してあげたいとも思う。
矛盾するキモチ。
どっちも嘘じゃなく、どっちも純粋じゃない。
ゾロを手放したくないのに、ゾロに置いては行かれたくないのに。
ゾロを見送ろうと思ってる。
ゾロを待つために、見送ろうと思ってる。

相反する感情なのに、どっちも同じ瞬間に胸にある本当のキモチ。
狂ったコンパスみたいに、ぐるぐる、と回る。一瞬で入れ替わる。
迷うことはないはずなのに。
覚悟は決めたはずなのに。
…弱いのかな、オレ。
前はこんなに迷う事なんか無かったのになぁ…。

ずくずく、と痛み始めた心臓。
その直ぐ上にある傷に、そうっと手を触れたら、後ろからゾロが呼ぶ声が聴こえた。
前方に視線を走らせてから、振り返る。
…困ったなあ。
前みたいに、笑えなくなってるや。

「ゾロ、呼んだ?」
サイアの足を緩めて、ファルと並ばせたら。
「そういえば、オマエに礼を言ってなかった」
そう低く言っていた。
「…礼?なんの?」
…ああ、こういう時、帽子がないのはイタイな。
表情が固まってるの、きっとバレてる。
あんまりこういう顔は、見られたくないんだけどなぁ…ああ、どうしてだろう。急に泣きたくなるのは。

トン、とゾロが自分の肩を指先で触れていた。
「…肩?オレは…」
オレは、結局。
何も…できなかったんだよ。
「アリガトウ、」
オレが言おうとして音に出来なかった言葉を、遮るように告げられたゾロの声。
「…それは、あのドクタに言わなきゃ」
…ああ、オレ。そういえば、彼女にお礼、言ったかなあ、ハロゥ・ポイントの?…覚えてないや。

胸が締め付けられる。それがすう、と喉に登ってくる。
…ううん、どうしよう?こんなトコロで泣いたってしょうがないんだけど。
す、とゾロの緑色の視線と合った。
キレイなキレイなグリーン。
チクショウ、泣くな、オレ。

「魔女はおれを繋がない」
「…繋がない、の?」
「あァ」
声、オレの。バカみたいに掠れてる。
けれど明け方間近のこの時間は、ヤケに静かで。
心臓が痛む音まで、ゾロに聴こえてしまいそうだ。

「オマエの声が聞こえた」
「…オレ、ずっとゾロを呼んでたよ」
「悪かったな、待たせて」
「…ゾロ」
す、と目許だけで、少しばかり笑ってた。
直ぐにそれがぼやけて見えなくなる。
「…オレ……どうしても。ゾロがスキなんだよ…」

本当は、最初に出会ったあの夜も。
ジョーンからゾロに入れ替わったあの夜も。
撃たれて、倒れたあの夜も。
ゾロは逝ってしまいたかったのかもしれない。
そんなコト、思ったこともなかったけれど。
不意に、その可能性を、理解した。今、この時になって。

だから。
スキ、としか言い表せない気持ちには。
純粋に、スキだというキモチ以外にも、色々のものが混じってる。
オレがゾロを「繋いだ」のは。
オレがゾロと一緒に居たかったから。
オレの手をとってくれたのは、ゾロも一緒に居たいと願ってくれた結果だって、痛いほど、わかってるけど。
……相反する感情は、いつだって地下を流れているものだから。

もしかしたら、…もしかしたら。
オレは、ゾロから……一つの願いを、取り上げてしまったのかもしれない。
謝りたくないし、謝るものでもないのかもしれない。
けれど、ちくりと刺さったトゲみたいに、小さな棘が残ってる。
罪悪感。
ゴメンナサイ、とはいえないことだから。
だからオレはバカみたいに繰り返す。
「ゾロのことが、本当にスキで仕方が無いんだ」

少し困ったような顔をしてるゾロ。
…アナタにそんな顔をさせたいワケじゃないのにね。
「おれはな…?」
「…うん?」
「オマエを放してやろうと思っていた、」
「…うん」
もし、いつか。おれの世界の歯車が軋みだしたならそれが崩れ始める前にオマエだけは、と。そうゾロが言葉を続けて紡いだ。
「…うん」
ぐい、と涙を拭いた。
「道を断ち切って、オマエは置いていっちまおうと思っていた」
「……うん」

ゾロを見詰める。
ゾロが短く息を吐いていた。
僅かに白い息が、闇に溶けるのを見届ける。
「―――考え直した」
「…?」
考え直した、の?
「オマエのバカさ具合と頑固さを、甘くみていたなおれは」
「……?」
「もう、決めた」
蹄の音に乗って、ゾロの低い声が届く。
「たとえ、先に道が無くなっても連れて行く」


バカサンジ、勝手に好きなだけ拗ねてろ。
そうゾロが言い捨てていた。
……拗ねてたの、かな、オレ…?
…………あ。
くそう、泣けてきた。
嬉しいのに、泣けてきた。
「……っく」
胸の苦しかったトコ、心臓の痛かったトコ。
燃えてるみたいに、熱くなってる。
「……っ……、」

サイアが歩く足を止めた。
「…ぞ、ろ…ッ」
オネガイだから。
いつも側にいてくれなくてもイイから。
いつもオレのこと、想っててくれなくてもイイから。
「オレ、を…アキラメナイデ…」
ファルの蹄の音も止まっていた。
「お…れ、を、さ…ぃご…で、アキラメナイデ…」

「サンジ、」
低い声がした。
「…ッ」
オレを、最後まで、諦めないで、ゾロ。
ボタボタと勝手に零れる涙を、掌で拭う。
「Don't you know you are my life itself?」

オマエ、オマエがおれの生命そのものだって知らないのか?
そう静かに告げたゾロを見上げる。
ゾロの方に手を伸ばした。
そうっと腕に触れる。指先で。
「…すごい……嬉しい」
言葉を刻み込む。心に。

…ゾロ。
You are my whole world, I would live and die for.
I need no other reasons to my life.

すう、とオレの手の甲を、ゾロの指先が撫でていった。
すう、と剥がされる。
それから、改めて手が捕まえられて。
くう、と一瞬握り締められてから、離された。

…ゾロ、アナタは。オレが生きて、そして死ぬための…総てなんだ。
オレの人生に、他の意味はイラナイ。
愛してるよ。




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