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 Tuesday, August 6
 特に言葉もなく、また斜面を登った。馬が上っていける程度の緩やかな岩肌を見せている。
 まだ、周囲には暗がりが満ちていても、底にどこか明けていく気配が混ざり始めた。
 もうすぐ夜が明けるのだろう。
 聞こえるのは、同じリズムで続く蹄のたてる音と、どこかで鳴く鳥の声と。
 水音はもう届かない距離に来ていた。
 
 一頻り涙を流して、感情が凪いだらしいサンジは。どこか照れたような笑みを浮かべていた。
 思い出す。
 いまは、特になにを話すでもなく。
 ただ、前に進むことに意識を向けているらしい。
 道に慣れている馬たちは、迷うことなく進んでいっている。時おり、からり、と小石が足元で音をたてていた。
 それでも足を滑らせることもなく、一定の速さで足を運んでいる。
 
 連中の馬は、どこか頑固だ。
 川辺を出たときも。自分が行くことに同意したのだから乗り手は余計な心配をするな、とでも言いた気に小さく息を吐いていた。
 行くぞ、と言っただけで、だ。
 面白い連中だ。
 
 そして、斜面の終わりが近づき。
 視界が開けた。
 まばらにしか生えていなかった木が、ここでは暗く影を際だたたせていた。
 空は、いつのまにか朧な色に薄くなり始め。
 間もなく日が昇るのだろうと知る。
 5時間近く移動してきたようには思えなかったが。
 キャニオンの麓なのだろう、もうここは。
 平坦な中腹を、進む。
 地面からのぼってくる冷たさが水気を含んだものに変わっていた。
 あぁ、もうここは。砂漠ではないわけか。
 湿度。
 流れ始めようとする思考を意識して引きとめる。
 
 陽が上りきってしばらくすれば。
 リトル・ベアは慇懃無礼な客をドア口で迎えるだろう。
 ―――見ものだろうに。
 見逃すとはザンネンだ。
 あぁ、じじい。
 あの子守りのことイッパツあの杖で殴ってくれねェかな。
 あ、クソウ。
 ヤツがサンジを手酷く泣かせたことをじじいに言ってきてやればよかったかもな。
 ―――ダメか。
 どうせおれがやられる羽目になるな、
 年寄り同志はトリッキーだ。結託しやがるかもしれねぇか。
 サイアクの組み合わせかも知れねえ。
 ペルと、クマちゃんとじじい。
 
 「サンジ、」
 「なぁん?」
 前を進む、輪郭をはっきりと取る姿に呼びかける。
 「オマエ、ペルに泣かされただろ、どうせ」
 ひょい、と振り返ったサンジに告げる。
 「……ん〜…」
 馬を速めて、隣りに並ばせた。
 サンジが、髪に手を突っ込んで少しばかり思案顔をしていたが。
 「泣かされたというか、すでに泣いていたというか……まあ、泣きっ放しデシタ」
 俯き具合になっていても、頬のあたりに朱が差しているのがわかった。
 
 ―――やっぱりな。
 ダメだ。殴られるのはおれになる。
 「あ!でもね?」
 「―――ん?」
 「力及ばず引き下がっちゃったんだけど…ケンカ、売っちゃってたかもしれない…」
 右腕を伸ばして。サンジの手綱を緩く握っている手に触れた。
 「あぁ、上等」
 やっちゃった?とでも言う表情を浮かべていたサンジに少しばかりわらいかける。
 「…ホント?」
 「オマエ、後でそれ。85倍くらいで返されるぞ」
 「……ぐあ!」
 
 おれはフォローしねぇぞ、とからかい交じりで付け足す。
 サンジが、ばたり、と背中から馬の背に身体を折っていた。
 ふと笑いが零れる。
 足元が明るくなり始めていた。
 もうすぐ、朝が来る。
 
 
 
 ペルさん。
 ……うひゃー…オレってばもしかして。めちゃくちゃ挑発してた…?
 ハチジュウゴバイで返されるらしい。
 それはゾロの弁。
 どうしよう、オレ。ペルさんにもう一度会ったら。
 宣戦布告しようと思ってたのに。
 オレはゾロの"帰ってくる場所"であり続ける覚悟を決めたんだ、って。
 そう言おうと思ってたのになぁ…?
 
 ゾロの茶化すような声に、バタリと倒れこんだサイアの背。
 見上げた空、随分と明るみを増していた。
 サイアが勝手にトコトコと進んでいくままに任せ、空を指差す。
 「ゾォロ、あそこ…太陽が昇るよ」
 「フゥン?」
 
 真っ平らな地平線は、ここから見ることができないから。
 大地から顔を覗かせる太陽をみることはできないけれど。
 下りてきた斜面の向こう側、明るい光が満ちていくのが見える。
 白じんだ光。透明度を増す青空。
 「まぁ、おれは。個人所蔵してるから別にイイ」
 …ん?
 
 ゾロがさらりと言った言葉の意味を、ワンテンポ遅れて理解する。
 がば、とサイアの背中に凭れさせていた身体を起き上がらせる。
 「…それ…」
 オレのこと…?
 とか訊けるわけないじゃないか〜!!
 オコガマシイような気がするし。
 だって、太陽だよ?あの偉大な星だよ?
 くああ!!
 
 ゾロは、内面大騒ぎのオレにゆっくりと笑いかけてから、目線を太陽の方向に向けていた。
 …オレ。ずっとアナタを照らしてあげられているよう、頑張るけどさ?
 というか。うん。俄然ガンバッチャイマスよう?
 …やっぱり、オレ。うん。宣戦布告、したいかも。
 もう一度ペルさんに会いたいなあ。
 それで彼の目を見て言いたい。
 オレはゾロを。絶対に諦めないよ、って。
 
 
 
 
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