空気がふわ、と熱を含むようになって。
身体がほかほかと温まって。
髪がきっちりと乾ききった頃に、朝ごはんを食べた。
少し煮詰まったベイクドビーンズ。
新しく沸かしなおしたお湯でコーヒーを飲みながら、平らげた。
どこか尖ってた何かが、つる、と丸まって。
ゾロとオレは、ぴったりと納まったジグソーパズルのピースみたいになってた。
どこかにあった焦りみたいなものも、すぅ、と薄まって、どこかにしまわれていって。
シアワセな気分。
砂漠の家に居たときのように、ふわふわとしたソレではなく。
きっちりと先まで見通せて、それでもなお充ちた幸福感。
オレは今、ゾロに愛されることに。
そしてゾロを愛することに。
安心している。
信頼しているから。
…うん。それは多分きっと。
今までずっとゾロを愛することに夢中になっていたけれど。
漸く、ゾロがくれる愛情を、そのままに受け止める場所が出来たからだと思う。オレのココロの中に。
朝ごはんの後片付けをしながら、ゾロに訊いてみた。
「ゾロ、オレってばさ、いままで背伸びしてたと思う?」
ゾロがすい、と顔を上げて。目をじぃっと見詰めてきていた。
それから、ゾロの表情がほんの少しだけ、ふわ、と和らいだ。
グリーン・アイズが、きらっと朝の陽光を弾いていた。
「背のび……?」
「ウン。オレさ…アナタが初恋でしょ?なんかずっと、伸びたり縮んだり、大きくなったり小さくなったり、アナタに合う形を探してたように思えるんだけど」
トン、とタバコの灰を革袋に落としていたゾロから視線を外した。
食器を片付け終えてから、またゾロの側に戻る。
すり、と肩口に頬擦りしてみた。
ゾロは空に向かってそうっと煙を細く返してから、する、と僅かにオレの頭に触れていった。
「おまえ、忙しそうだったなそういえば」
「ウン。でもね?」
にこお、って笑った。
「あぁ」
ゾロの声がして、髪に口付けを貰った。
「オレ、やっと等身大の自分で、アナタを愛せてると思うんだ」
ムリなく、ありのままのオレで。
未完成で成長途中の、"サンジ"。
つい、とゾロの指が頤の下に当たって。すい、とゾロの方を向くように、引き上げられる。
ゾロを真正面から見上げてみた。
ダイスキなダイスキなゾロ。
ゾロのグリーンアイズの中に、オレが映ってるのが見える。
口許、仄かに笑みを浮べている。
オレはといえば、満面の笑みだ。
にゃはあ、って浮かぶままに、口角を引き上げてる。
「"おまえ"なら、何であってもおれはアイシテルけどな、いつだって。何者でも。ただ、」
「ただ?」
すう、と近付くゾロの顔。口付ける直前の距離まで。
「今のおまえは、なんだか柔らかいな」
そう言って、とてもやわらかに唇を押し当てられた。
す、と大きな手が、オレの頬を辿っていく。
にゃあ、って笑う。
そっか。オレ、柔らかいのかぁ。
だって、どこにもムリがないしね?
ココロのドコも突っ張ってないしね?
ありのまま、さらん、ってまっさらな状態で、オレ、いまゾロの前にいる。
愛されてること、託されてるゾロからの想い。
そのままの形で、胸の中にすぽん、と収まってる。
ゾロの両腕、オレの背中に回されて。ふわん、と体重、預けられてる。
ゾロも、とてもリラックスしてる。
等身大の、"ゾロ"だ。
「いまのおまえなら、安心して側に置けるかもしれない」
そう穏やかなゾロの声が言葉を紡いでいた。
ぽふん、と体重をゾロに預ける。
「……しあわせだぁ…」
ふにゃあ、って笑みが浮かぶ。
す、と笑ったゾロの気配。
しっくりと嵌った歯車。
とても今、バランスがいいね。
そうやってしばらく抱き合っていた。
"ゾロ"と"サンジ"というピースが、キレイに世界に嵌ってた。
自然の一部、大きくも小さくも、重要でも過小でも。善でも悪でも、白でも黒でもなく。
パーフェクト・ハーモニー。これ以上にないっていうくらい。
うん、この気持ちさえ覚えていたら。
きっと、大丈夫だよね。
この先に続く道も、恐れずに歩いていける。
柔らかな、イノチの模ったものを腕に抱いていた。
しばらくの間。
朝食の後に日常のカオをした、得がたい瞬間が紛れ込んでいた。
言葉とそして言葉にせずに「これから」の、ここから先の、お互いを確かめる。
陽射しが少し離れた水面で跳ね。
いまになってまた、水音が耳に戻ってきた。
抱き寄せる。
耳もとに口付け。
午後はどうしようか、と言った。
「…ゴハンの調達を兼ねて、釣りとか?」
緩やかにながれていっている時間は、どこで切り取っても「遊び」の延長じみている。
ふわりと、柔らかい声が返された。
―――釣り。
ふと。交わされた会話を思い出した。
おれとではなく、サンジと「チビ」がしていたもの。
釣りはスキかと尋ねられ。好きも嫌いも、したことがないと答えていた。
じゃあこんど、釣りの仕方を教えてあげよう、と。
どこか年上じみた口調でにこにことしていたのは、サンジだ。
コロラド川で釣り、か。
「じゃあ、"よろしくお願いします"」
笑いを含んだ声で返した。
「オオケイ!頑張ろうね!!」
「にゃはあ」と。サンジが満面の笑み、ってやつを浮かべた。
とん、と額に口付けを落とし。立ち上がった。
ついでに手を差し出す。
ひょい、と手を掴んでサンジも立ち上がり。
「アリガト。」
「どういたしまして、」
笑い顔に返した。
「なあ、ティピの横にあるアレ、竿だろう」
「そうだよ」
「雷魚のじーさんが共食いするのか?」
手を取ったまま、歩き出した。
「共食い?あはははははは!!!そういうことになるのかも!」
フン。じじいが竿まで作るのか。
「よく採れる呪いでもかかってたらいいな、」
師匠は釣竿作りの名人なんだよ、とわらいながら言うサンジに言い返しながら歩いていく。
「魚相手に真剣勝負だからねえ!呪いじゃなくて運だね」
にこにこと見上げてくる。
「あぁ、じゃあ問題ない。おれは運が良いんだ」
「あ、オレも!!」
きゅう、とサンジが手を握り返してきた。ふいに、抱きしめ口付けたい衝動が起こるのに内心でわらった。
「お互い、強運だな」
「ウン!!」
ティピの手前、腕に当てられた頭を引き上げさせ。笑みをうかべたままの唇に口付けた。
やんわりと食み。微かな飢えを自分の中に認め。
得意の「ふにゃり」とわらったままのサンジを間近で見る。
笑みの容を舌先で辿り、もう一度啄ばんでから唇を浮かせた。
とろり、と蒼があまく霞んだ眼差しが見上げている。
頭を一瞬抱いた。
身体を預けられる。
「釣りだな、」
半ば、自分に言い聞かせた。
わらっちまう。
「生涯初、に近い」
―――さて、チビ。おまえ、釣りが出来てよかったな。
「時間はイッパイあるから、のんびり焦らずにやろう」
ふわふわとわらうサンジに目を戻す。
「確かに、」
きらきらと光を弾く髪に、手を滑らせた。
午後は、始ったばかりだ。
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