気付いたら、時刻は正午間近。
ふわふわと湧き上がり続ける愛しさと。穏やかな幸福感と。
分かち合った想いを、間近に湛えたまま、午後の釣りへと繰り出した。
手には師匠が作った竿。浮きは兄弟子作だ。
滝壷の端、岩がごつごつとしている辺り、水位が深すぎない場所。
そこを選んで、ゾロにエサの付け方と、狙うポイントを教えて、釣り糸を垂れた。
外気温は上がるばかり。
けれど跳ね上がる水飛沫が時折風に乗って降りかかってくるし。
木の下、日陰に隠れる場所を選んだから。夏真っ盛りでも、心地良い。
ぴったりくっ付きあってなくても、声の届く範囲にいるだけで、十分安心してる。
さわさわと風に鳴る葉の音と、水音。
虫の声と、鳥の囀り。
どこまでも穏やかで、キラキラしてた。
水も、空も、なにもかもが。
最初に釣ったのはオレで。釣れたのはバス。
フライにすると、食べれるのだけれど、脂も卵も持ってきてはいなかったので、そのままリリースした。
ひょい、と釣り上げた時、ゾロがフウン、って顔してオレを見ていた。
「ヒマだ」
そんなことを言っていた。
「じゃああっちの岩陰の方に垂らしてみて」
そう言って、少し浅瀬の方を指差した。
その通りの場所にゾロが糸を垂らして。待つこと数分。
ぴくん、とゾロの浮きが沈んだ。
「しっかり食らいつくまで待って」
オレが竿を地面に置くと同時に、ゾロが見事に釣り上げていた。
これも放すのか、と訊いたゾロに、首を横に振る。
「それ、ニジマスだよ!すごい、ゾロ」
ふうん、って顔をして魚を見たゾロに笑いかけてから、魚を針から外した。
先に石を積んで木で覆って作っておいた小さな生簀に、その魚を入れた。
ゾロはまたエサを付け直して、糸を投げ入れている。
オレもまた竿を拾って、釣りを開始。
狙った場所に糸を垂らしたら、直ぐに食らいついてきた。
引き上げたら、平らな三角っぽい形の魚。
これはクラッピーだ。
食べ甲斐のあるサイズなので、これも針から外して、生簀に入れた。
「眠くなる、」
水面を見たまま、ゾロが言っていた。
けれど、すぐに次の魚が釣れていた。
ゾロが引き上げたのは、岩魚。
「…うわお。よく釣れたねえ!」
「ア?珍しいのか」
ゾロが今度は自分で外して、生簀に入れに行っていた。
「うん。イワナはねえ、最近では他の魚に追いやられて、あんまり釣れなくなったんだよ」
「フン。じゃあ他のが釣れたら放してやるか」
「そうだね!」
生簀を見下ろしていたゾロに笑いかけた。
「釣れなかったら最初に食っちまおう」
に、って笑ったゾロに、おいしいんだよソレ、って応えた。
そうやって、次々と釣り上げていった。
小さいサイズのものや、ナマズみたいに調理し辛いもの。
他に食べれない数種類のものは、リリースして。
塩を振りかけただけで食べれるマス科の魚をメインに、6匹ばかりを釣った。
あとは偶然かかったザリガニを3匹。
魚はまだ天然の生簀に入れておいたまま、竿を引き上げて、まずはでっかいザリガニをどうするか考えた。
「おい、それ飼うのか?」
「うんにゃ?食べるんだよ。先に泥を吐かせないといけないんだけど、問題があるんだよね…」
実際に食べれるのは、3日後くらいだ。
水辺から離れたところに、三匹少し離しておいておいた。
同じ生簀にいれておくと、共食いを始めちゃうからだ。
ゾロはうえって顔して。メイン・ロブスターには見えないな、って言ってた。
「…あれ?ゾロ、食べたことないの?」
ザリガニ、フツウのエビの味するのに。
「おれはサウスのニンゲンじゃないんだよザンネンながら」
「…オレもサウスのニンゲンじゃないけどねえ」
笑ってゾロの頬にキスをした。
「あー、ネコ」
「ちょっと甘味が薄い、エビって味だよ?」
ザリガニ食った後でキスしてくるなよ、って言ったゾロに、にぃ、って笑いかけた。
「なに言ってるの、アナタも食べるんだよ」
「ケッコウです、」
ハジメテの食材だったら、塩茹でがいいかな。
「おいしいからチャレンジしようよ」
「イラナイ」
「なんでさ?」
笑ってゾロを見遣る。
「ザリガニだから」
「だから?」
「元々、甲殻類は好きじゃねェんだよ」
「あ、そうなんだ?」
「ああ、そう。海から上がった死体が―――」
おっと、ってゾロが口を閉ざしていた。
む?
海から上がった死体…?…深く追求するのはやめておこう。冷凍ラムの二の舞になりそうだ。
「…ホントに食べない?」
ううん、おいしいんだけどねえ?
「あぁ、いらない。悪いな」
「じゃあ戻してこよっか」
「オマエが食いたければどうぞ、」
そうゾロが言っていた。
「キスしねぇけどな」
そう続けて。
…うううん、この件。
ケミカル・グリーンとゾロが称する、セロリの時と同じ、だよねえ?
「…ねえねえ、ゾロ?」
「What? My crayfish eater?」
なんだよ、ザリガニネコ?
そうゾロが訊いてきて、思わず笑った。
「その、"キスしないぞ"っての、キメゼリフ?」
「ハン?」
立派な茶色い殻を持って、しきりに威嚇してくるザリガニを、一匹ずつ水に戻した。
「ジョーンも言ってた。セロリ、買おうとした時に」
ハハ!ってゾロが笑い出していた。
オレもクスクスとゾロを見上げて笑う。
「効き目はあるみたいだな、確かに」
眼がきらん、ってしてた。
「ゾォロ、アナタ忘れてるって」
水で手を洗って、空中でそれを切った。
「―――ん?」
「I want to eat you, first of all」
なによりも、アナタをタベタイノニネ。
「I'm dying to eat you, too」
にいってゾロが笑ってた。死ぬほど喰いたいさ、おれもな、って。
「So, what with the crayfish, right?」
だからザリガニは放っておいても、どうってことないんだよ?
まだ元気に生きてるから、食べないなら返せばいいだけのハナシなんだし。
料理された後に言われたら、文句言ってるけどさ?
ゾロがにか、と。ジョーンみたいな顔で、笑ってた。
…うわ…久し振りに見るね、その笑顔。
ううん、なんだかウレシイネ。
「じゃあ、今日の晩ご飯は!」
ううん、素材が新鮮だから、おいしいぞ!
「焼いた魚か?」
「うん!シンプルに塩振って焼いたのと、今からハーブ取ってくるから、香草焼きと!あとはスープだね!」
「そいつは豪勢」
に、って笑ったゾロの首に、腕を回した。
「いっぱい食べて、元気になって。早くオレをタベテネ」
すい、と腰を引き寄せられて、ちょん、とゾロの唇にキスをした。
「言うまでもナイダロ」
かぷ、と唇を齧られて、笑った。
「マチキレナイヨ」
「精々美味くなってろ」
「ウン」
にゃはは。
ぺろり、とゾロの唇を舐めてみた。
頭をぎゅう、って抱き込まれて、笑い声を上げた。
きゅう、とゾロの背中に指を立てて。
はむ、と唇を啄む。
つる、と舌先が少し唇を割って、潜り込んできた。
笑ったまま、その舌先を舐め上げた。
からかうみたいに、ゾロの舌が押し当てられて。
てろり、と舐め返して、吸い上げる。
じゃれあってるみたいなキス。
嬉しくって、幸せで。ワクワクしてる。
ひょい、とゾロに抱え上げられた。
「にゃ?」
あれ?
笑ったまま眼を開けた。
「ゾォロ?」
ゾロがに、と笑っていた。
ゾロの片手、オレの背中から、項辺りまで、擽るように辿っていった。
「…にゃあ」
力が抜けちゃうよ。
くすくす笑って、ゾロの首許に顔を埋めた。
そのまま、そこに軽く歯を立てる。
「あ、なんだよ」
もっと騒ぐかと思ったのにな、って笑ってたゾロの首に、もう少し齧り付いた。
「コラ。途中まで喰って放り出すぞ、」
「ヤダ」
からかって言ってるゾロの首を舐め上げた。
「オレも喰いたい」
僅かな塩味、でも甘いソレ、舌先に残る。
「フン?却下したらどうする」
「…こっそり味見?」
却下すること、ないのにねえ?
「オマエ、懲りないネコだな?」
「だってサ?オレ、ゾロの味、知りたいもん」
声を殺して笑ってるゾロを見上げて言った。
すい、って片眉引き上げて見下ろしてくるゾロに、にゃは、って笑ってみた。
「I'm in love with you, so I want to know all there is to know about "you"」
アナタに恋してるから、"アナタ"のことについて知りたいって思うんだよ。
身体の容とか、筋肉の硬さとか。
生え際の髪の色とか、睫毛の色とかさ?
そしたらゾロが。
「Baby, you know the sayin' "curiosity kill the cat"?」
ベイビイ、"好奇心はネコをも殺す"って知らないのか?って言ってた。
「I know where I'm heading」
なにをしようとしてるのか解ってるから、大丈夫だよう。
笑って、ゾロの唇の端っこにキスをした。
「I don't believe it」
どうだかな?って笑ったゾロの眼を覗き込む。
「だぁいじょうぶだって!ほくろの数を数えるまではしないからさ?」
So, what do you say?
さぁどうだ?って笑いかけたら。
ゾロがぶっ、て噴出して笑い出していた。
「あー!結構真剣なのに!!」
でもゾロが笑ってる顔見るのはダイスキだから、もっと見てるのも嬉しいけどね。
ぽんぽん、ってオレの背中を叩いて。ゾロはげらげら笑ってる。
「…もぅ。笑いすぎだって…」
「お、おれはオマエに、殺されるかもしれね―――」
うあはは、って本格的に笑ってるゾロに吊られて、オレも笑い出す。
ケラケラと抱き合ったまま、暫く笑っていた。
ゾロは岩に凭れかかってて。
オレはそんなゾロに抱き込まれて、凭れかかったまま。
「So, you still gonna say I can't?」
「Damn sure, Baby」
"それでもアナタはまだダメって言うの?"って訊いたら。"アタリマエだろうが、ベイビイ?"だってサ。
…ううん、いつかチャレンジしてやる。
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