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 サンジが生簀から魚を取り出していた。
 片手に一匹づつ掴み。
 何とはなしに、手伝うことになった。
 まだイキオイがあった魚連中は盛大に跳ね返っていたが、まな板代わりの岩に頭を打ち付けて敢え無く臨終だ。
 
 空が色を変え始めた頃から、「ディナー」の支度が始った、らしい。
 しばらく前に採りに言っていた香草を少し離れた場所に置いて、鱗をナイフの背で削ぎ落としていっていた。
 岩と足元、魚鱗が光を弾いて無数に煌めいていた、足元にも。
 「何か手伝いはいるか、」
 す、とその手元を横から覗き込む
 
 「んーとね…じゃそこの小鍋に水を半分ほど入れてください」
 「あとは、」
 「塩を持ってきてくれると嬉しいな。ティピから」
 水で軽く流してから、今度は腹を割いていた。
 「その他は、」
 「後は…火を点けてくれる?」
 
 示された小鍋を取り上げた。水は…あぁ、ここより少し上からだな汲むとしたなら。魚の中身が流れていっていた。
 「オーケイ、それでおれは用なしだな?」
 「うん!」
 にこお、と笑いかけられる。
 なにがそんなにウレシイかな、オマエは?
 
 少しばかり不思議な気分になった。けれど、まあ。機嫌が良いなら何よりだ。
 水と塩は手の届く距離に置いてやり、手元をみれば。
 魚連中はもう切り身になっていた。
 フウン?
 切り身になっていない小さい連中は、絵でしかみかけないような完璧さで串に尾から刺されていた。
 
 香草を刻み始めたサンジの表情が妙に生真面目だったのが面白くて、手で俯いた項を何度か撫で上げれば。
 「…ゾォロ?"魚の香草焼きサンジソース掛け"になっちゃうよ?」
 「ン?」
 「キモチイイから、そっちに集中してる間に、手を切っちゃうよ」
 手を止めて、く、と目を細め笑みを浮かべながら言ってくる。
 「―――あぁ、そっちの"ソース"の方か」
 に、と笑い返し。
 「他にどんなソースがあるの???」
 ひょい、とネコの仔じみたまるい眼をしてくるのに、耳もとに口付けるついでに軽口を落とし込む。
 「おれが喰ってる方、」
 く、っと喉奥で笑う。
 
 「…………ゾォロッ!!!」
 カオを見事に染め上げて「うわあ」とかなんとか騒いでいた。
 く、と耳朶を軽くピアスしてから側を離れ。
 木を組んである火の側へ戻る途中で。
 まだ真っ赤になったままのサンジが「シンジランナイ」と呟いているのが聞こえた。
 「あぁ、おれもえらくビックリしたさ」
 わらう。
 「どうやって、」
 小さな呟き。
 そしてまた、うわあって大騒ぎしてやがった。自分で言って自分で照れてどうするよ?オマエ。
 
 マッチを擦り、折った小枝に火を点け。
 パシ、とはぜる音があがるまで充分に火が強まったころ枝組の間に落としこんだ。
 ゆらり、と火が強まり、枝の燃えていく匂いがし始めた。それを確かめてから、火の側から立ち上がる。
 そうしたなら、香草を入れたらしい鍋と、器用に串と他の魚を持ってサンジがちょうど来ていた。
 「斬新な調理はしないんだな?」
 からかう。
 「ううん、材料が無いからねえ」
 ―――真顔で答えてきた。
 
 「あ、でもクラッピーの石焼ソテーだよ?」
 「何でも。腕は信用してるさ」
 「ふふん、任せて」
 とんとん、と頭に何度か手の甲で触れ。退屈だから泳いでくる、と告げた。
 「太陽が落ち切る前に上がらないと。体温戻すの大変だよ」
 「まあ、手段はいくらでも」
 言い残し、着替えを取りにティピに戻る。
 いってらっしゃい、とサンジが暢気に手を振っていた。
 
 タオル、着替え、あとは―――あァ、メディカル・キット。これもまだ一応持っていくか。
 外に出ればまだ温度は充分に高く。
 太陽も落ちきるまでにはまだ時間はありそうだった。
 水音の方へ歩いていった。
 
 
 
 魚を下処理している間に、ゾロが鍋に水を汲んでくれた。
 持ってくるのを忘れていた塩を取って来てくれていた。
 手早く手を洗って、ついでに香草を洗って。
 スープに入れるためにみじん切りにしていたら、ゾロが項をさらさら、って触っていった。
 思い出さないようにしていた感覚。
 ずっと知覚することを拒否していた皮膚が、すい、と目覚めて。
 僅かにふる、っと震えてしまった。
 
 …ゾロってば。手を切っちゃったらどうするのさ?
 そう思って、ゾロに"魚の香草焼きサンジソース掛け"が出来上がるようなことになったらどうするのか、って訊いたら。
 何言ってるのかわからないぞオマエって顔された。
 …だぁからね?
 折角今の今までガマンしてきたのに。
 ゾロのくれる感覚追って、集中力が落ちて。
 それで、さくんっと手を切ったらどうするの?きっと美味しくないぞ?
 
 そういうことを説明したら。ゾロは「そっちの"ソース"の方か」だって。
 ン?この状況下で、他にどんなソースができるの?
 そう思って訊いたら。
 「おれが喰ってる方、」
 そう喉で笑って言っていた。
 
 「…………ゾォロッ!!!」
 うわあああ!!
 なんてものを想像してるんだよう!!!
 うわ、ちょ、ゾロ?えええええ?
 ゾロが喰って…うわああああ!!!
 それって…うわああああ!!!
 だって、オレの……あああああああ!!!
 「シンジランナイ!!!」
 ああ、だって……くあああ!
 
 「あぁ、おれもえらくビックリしたさ」
 そう笑ってるゾロの声、しれっとしてたし。
 「どうやって、」
 ソレを提供させるツモリだったの…?
 あああああ!!!
 うわああああああ!!!
 なんてことを考えるんだ、ゾロの、ゾロの…ええと、なんて形容すればいいんだろ?
 「うわああああ!!」
 あああ、思い出しちゃった。
 ゾロにいままでいっぱいしてもらってきたこと。
 
 …うわあん、今思い出したくないよう!
 一生懸命ガマンしてるのに、ゾロってばもう!!!
 ゾロは笑いながら、薪に火を点けてた。
 あーダメだ。オレってば、ゾロにしてやられっぱなし。
 くそう、いつか仕返ししてやるんだからナ!!
 オレの方を見てにっこりしているゾロ。
 むううう。いつかゾロを喰っちゃうぞ、もう!!
 
 はぁ、と深呼吸してから、とりあえず今は魚の調理だ!と頭を切り替えて。
 水と香草の入った鍋をぶら下げ、魚を全部持って火の側に移って来た。
 まずは鍋を遠火で火にかける。
 串に刺した魚は、まだ少し遠ざけておく。
 「斬新な調理はしないんだな?」
 そう言ってきたゾロ。
 ううん、ザリガニは不評だったしねえ。
 
 他に材料があれば、まだもう少しなんとかできたと思うんだけどねえ。
 あ、でも斬新かもしれないね。
 クラッピーの石焼。
 笑いの欠片が目許に残っているゾロを見上げて、そう言った。
 「何でも。腕は信用してるさ」
 それがゾロの応え。
 ふふん、もっちろん、任せてもらわなきゃね。
 
 トントン、と頭を何度か撫でてもらい。
 それからゾロは泳ぎに行ってくるって言ってた。
 「太陽が落ち切る前に上がらないと。体温戻すの大変だよ」
 そう注意点を教えておいたら。
 「まあ、手段はいくらでも」
 うん、そうだねえ?
 火の側で暖まるって手もあるよねえ。
 あとは毛皮に包まるとか。
 …そんなに手段はないぞ、ゾロ?
 
 …ああっと。
 そうか。オレが湯たんぽってのもアリだね。
 って、ゾロ。オレを煽ろうとしてるナ?
 ふふん、もうその手には乗るもんか。
 にゃはははは。まあオレは引っ付いてるだけでも嬉しいから、それは大歓迎だけどね。
 程よく暖まったら!オレがゾロを喰うチャンス到来かも、だし?
 「イッテラッシャイ!」
 そういうことなら、心置きなくドウゾ!
 
 ゾロがティピに寄って着替えを持ったのを横目で見ながら。
 こぽこぽと沸き出したお湯に塩を入れる。
 ううん、あんまり早くから料理しちゃっても、跡形も無くなっちゃうしなあ。
 
 ゾロが泳ぎに行ったのを見ながら、思い出してティピの中に戻る。
 あったあった。トウモロコシの粉。
 コーヒーを淹れるためのポットに入ってたお水を使って。
 先にトルティーヤに似たパンを焼く。
 といっても、トウモロコシの粉と塩と水だけだから、膨らまないけど。
 
 フライパンで10枚くらい焼いたところで、スープに魚を放り込んだ。
 少し近いところに、塩を振った串刺しの魚も立てる。
 石焼だったら、クラッピーみたいな魚は直ぐに焼けちゃうしなあ。
 あ、そうだ。先に石を洗ってこないと。
 
 辺りを見回して、平らな面を持った大き目の石を探す。
 適当なサイズのものを川の淵で洗って。
 戻ってきてそれを炎の側に置いた。
 ジュージューと音を立てて、水分が飛ばされていく音を聴く。
 時折串焼きのニジマスをひっくり返して。
 あとはゾロが上がってくるのを待つだけだ。
 
 
 
 
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