魚が何種類か、香草の入ったスープ、トルティアだかナンのようなモノ。
そういったモノが夕食になった。野外セイカツ二日目にしては、豪勢、といえるのかもしれないな?
酷くシンプルな荷物に比較すれば。
火の側で、食事を取った。
ぱちり、と時おり枝が崩れ。火の粉が暗い中立ち昇っていくのが鮮やかだった。
意識せずにいれば聞こえることが馴染み耳に届かなくなっていた滝音がずっとあった。
「いま」のことだけを考え、冗談めいた言葉を交わし。
「食後に飲まないと殺すよ」と。魔女が言いつけていたタブレットを水ではなくて沸かしたコーヒーで流し込めば。
あ!と咎めるような目でサンジが見てきていた。
だから。
サンジ。
前にもおれ言ったよな?その、「め!」っての。ヤメロ。
コーヒーに含まれるカフェインがどうとか苦味成分が薬に与える影響がどうとか。
ヴェットの卵が何か言って来ていた。
軽く聞き流す。
「……なんだよ。だから、薬には水かぬるま湯がイチバン好ましいんだよ」
「―――フゥン」
あ、きいてないな、という表情。それがサンジに浮かんだ。
にっこりと微笑み返す。
「コレを飲むとな、かなり眠くなるンだよ」
すい、とサンジを手招きする。
「…うん。眠って治すのが一番だもんねぇ」
から、とサンジの足元の小石が転がる音が響き。立ち上がった姿が近づいてくる。
腕を片手で捕まえ。隣りに座らせる。
「せめてもの抵抗、」
「…ン?」
サンジのカオを眺めながら言った。
「少しでも、長く同じ場所にいたいだろ、」
だからだよ、と。じい、と目を覗き込んでくるサンジに告げてすこしばかり笑みを乗せた。
こくり、と上下に頭が動き。
聞こえた。
「I'll kiss you better」
早くよくなるオマジナイ、そう囁くサンジの声。
そして。やわらかく唇を啄ばまれた。
正解、そして不正解。
苦笑する。
泳ぐ、と夕食前に言ったのはアクマで便宜上のことだ。実際は、「泳ぐ」に足るほどぶっ壊れた箇所がすべて繋がりきっているはずもなく。
透明度が驚くほど高い、同じほど冴えた水に何度か「潜った」程度だ。
あの魔女の腕前でこの程度ならば。
アレがいなかったらおれは多分ここにいないだろうことは、確実。
戻ったなら、そうだな……
リカルドの携帯番号でも教えてやるか?
ハーレー好き同志、現役バイカーと元ライダー乗り。魔女の「若さの秘訣」の犠牲にでもなれ、リカルド。
ふわり、と。
頬笑んでくるサンジの髪を指で梳いた。
サンジの指が。頬を滑っていた。そっと、穏かな動作で。
伝わってくる、サンジのなかでおこっているだろう感情が。
「だから。おれはオマエの患者じゃないってのに」
「違うよ…」
マイナスの感情が一切ない眼で見つめられていたから、皮肉とからかいを混ぜて返せば。
ふ、と小さくわらって。
「もっと大事だもの、」
そう、呟いていた。
唇にサンジの指先が触れるのを感じた。
ゆっくりとなぞられる。
溜め息に近い、長い吐息が洩れた。最後に、身体のどこかに蟠っていたもう片側の現実、その苛立ちの名残が総べて出て行った。
腕を伸ばして、サンジの火を映しこんで奇妙なブロンズに映える頭を引き寄せた。
力のままに預けられる。
腕が回され、コドモめいた熱心さで。抱きしめられた。
夜気に冷えた髪に頬で触れる。腕の中の存在を抱きしめ返した。
しばらくのあいだ、そうしていた。
脳の、中心がじんわりと緩み始める、そして薬が効いてきたことを知る。
時間をかけて重くなる意識の隅で、サンジの声が紡ぐ音が聞こえた。
「寝る、」
そうヒトコト告げる。
腕を解いた。
なかにはいったほうがいいよ、とさっき告げたのと同じ口調が。
それがいいね、じゃあ行こう、と。
そう告げて立ち上がりかけるのを、手で制した。
「いや、イイから」
「…そう?」
見上げてくる。
立ち上がりかけた身体を半ば折って。頬に触れた。
「オヤスミ、良い夢を」
そう言い残してから、中に戻り。
「オヤスミナサイ、ゾロ。温かくして眠ってね」
やんわりと追いかけてくるサンジの声を聞いた。
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