パチ、と枝が弾ける音がする。
炎の側、ゾロが眠りに行った後も、暫く座って考えていた。

ゾロが、彼が置いてきた世界のことが気になるのはしょうがない。
群れのリーダとしては、それがアタリマエのことなんだから。
オレがゾロのように、あちら側にそれほど心を残さないのは。多分オレが担う役割が少ないからだと思う。

この場所は、モハヴィカウンティの奥まった場所で。
キャンパーやハイカーはおろか、ワラパイの人だって滅多に来ない場所。
来るのは師匠かリトル・ベア。もしくは他の司祭たちとか。
神聖な場所…ワラパイでもないオレがここに来れるのは、ひとえに師匠の好意だ。

最初にやってきた時、コロラドの森で独りでいることに慣れていたオレでも。
この場所には、少し心細かった記憶がある。
まるで知らない別世界。
閉ざされているのと同時に、全部に繋がっている場所。
通過儀礼。"ヴィジョン・クエスト。"
オレが16でここに来た時は……今とは世界が違っていたように思える。

滝から離れた場所。森の側。
円を作って、そこに蹲った。
昼も夜も、時折水を含むだけだった5日間。
師匠と兄弟子は、今ゾロがいるティピの側の洞窟で、オレがクエストから帰ってくるのを待ってくれていたけれど。
オオカミのいない森。
オレがほんとうに独りだと感じたのは、あの日が初めてだった。

それでも。側を通る蛇と語り。
夜になって熾した火とも語り。
風の歌に聞き惚れ。
木々の息吹に癒され。
鼠に勇気付けられ。
梟に、ここはオマエの場所ではない、と言われ。
最後に、コヨーテに出会った。
オレへのメッセージを持ってた。

『独りを見付け、一人を見付け。繋ぎなさい』
あの時、あのメッセージは。
自分が個人であることを学び、次に他の人を一人ひとり、知り合って学んでいき。
そうして、手を取って、繋がっていきなさい、と言われたのだと思ってた。
大学に入学する直前の夏休み。
初めて大勢のヒトが住む環境に入っていくことを不安に思っていたオレへの、メッセージだと思ってた。

だけど今は解る。もう一つの意味を。
孤独であることをオレは知って。
だからこそ、一緒に添える誰かが必要で。
その誰かは、ゾロで…、…ゾロだけが、オレがずうっと一緒にいたいと思うヒトで。
先に愛情で、ゾロと繋がった。
今は、信頼とか、希望とか、そういうもので繋ぎあっていってる。
確かめ合って、手を差し出しあって。

…メッセージを持ってきてくれたコヨーテは。1匹でも群れでも行動するオオカミの仲間だ。犬とオオカミの中間にいる、
彼もまた繋ぐもの。
確か、犬ともオオカミとも交配可能な、賢く情の深い動物。
彼らが番うのは、1匹にだけ。
アルファメールとアルファフィメールを頂点として、群れを形成する。
群れはその子供たちだけで構成され、オスの仔は大きくなると、早くに群れを出て行って、自分の群れを形成する。
場所によっては群れで狩りをし、もしくは番のペアで行動する。そうでない時は、単独で行動する。この辺りでは、
単独もしくはペアでいることが多い。

オオカミも、同じ様に群れを作り。やはり番うのは1匹にだけ。
コヨーテと違って、血縁関係で作る群れの絆が更に深い。そしてたった一匹でいることはまず無い。
そういった意味では、レッドやティンバーが率いている群れは、特殊なのだろう。
キョウダイ同士の結びつきが深かった。オトナになったオスも、一緒に群れに留まっていた。
…オレがいたから、多分。そういった形になっていたのかなあ、って今は思う。

エサが豊富で、オオカミはコヨーテ同様駆逐されていたから数がまだ少ないけれど。
これからは順調に行けば、個体数は増えて。
ティンバーの下にいる弟たちや孫たちは、別々の群れになっていくんだろうな。

…オレはもちろんヒトで。
ゾロももちろんヒトなんだけど。
それ以前にオレとゾロはオス同士で。
群れを構築していくのはムリなんだよなぁ…。
ゾロは群れのリーダーだけど。オレはそこには含まれない。

ううん…やっぱりオオカミに倣うのはムリがあるんだよねえ。
繋ぐ者…繋ぐもの…。
コヨーテの彼が言いたかったこと。
オレは…オオカミでもヒトでもないようなものだって、最近自覚してきたんだけど。
オレはそのまんまでいいってことなのかな?
…世界というジグソーパズルは時としてひょいって全部埋まってみせるクセに。
理解っていう眼鏡を通そうとすると、すぐバラバラになっちゃうね。

まあオレは。独りだけど、独りきりじゃないし。
特別な"一人"をラッキーにも見つけられたし。
いろんなもので、オレは繋がっていってる。ゾロにも、いろんなヒトたちにも、世界にも。
それがどう作用するのか、わかんないけど。
とりあえず、オレの中では、歯車はキレイに回ってるように見える。
あとはゾロのソレが、上手く回ってくれればイイ。
オレの手助け、直接的には却下されるだろうな、申し出ても。

オレがゾロのイノチそのものだ、ってゾロは言ってくれたけど。
オレはゾロに、なにかしてあげられないのかな…。
ゾロのためになにか、特別なコト。
…それを望むオレはワガママなのかなぁ?

ぱし、とまた炎の中で、枝が鳴った。
ぼんやりと取りとめの無いことを思っている内に、随分と夜は深けていた。
もうすぐ炎が燃え尽きるころだ。
随分と冷え込んだ空気、見上げた先には満天の夜空。
吐いた白い吐息がすう、と夜気に溶け込んでいく。

ひとまず、オレはゾロの側で眠って。
ゾロを温めるモノになろう。
側で誰かが居てくれる気配、それは無意識にも嬉しいものだし。

炎が燃え広がる勢いを無くしていくのを見ながら、そこを後にする。
暗いティピに入って、ゾロが眠るラグの上を見遣る。
側まで行って、よく眠り込んでいるのを見下ろす。
畳んでおいた別の毛皮を広げて、ゾロの側に腰を下ろした。

ゾロは少し俯き加減に、横向きになって眠っていた。
その目許と頬に、オヤスミナサイのキスを落として。
背中にぴったりとくっ付いて、毛皮を被って目を瞑った。
思っていたより冷えていた身体が、ゆっくりと温まっていく。

ころ、とゾロが体重をかけてきたので、少し横にずれた。
そのままゾロが寝返りを打つ。
そして、くう、と眠ったままのはずなのに、抱き込まれた。
嬉しくなって胸元に顔を埋めた。
心臓の上、布越しに口付けて。
オヤスミナサイ、と呟いてもう一度目を瞑った。
良い夢を見てるといいな。

く、て頭の天辺、ゾロの鼻先が埋められる感触。
ふぅ、と息を吐く。二人揃って。
そうっと回されていた腕に力が込められたのを感じながら、ゆっくりと意識を眠りに手放す。
どこか遠くで、コヨーテが細く声を上げていたのが聴こえたような気がした。




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