うずうず、ってしてるのが解る。
寝起きのカラダは正直だネ。
ううん、オレ、前はこんなことなかったのにねえ?

くすくす笑ったまま、起こされて。
着替えて、川の水で顔を洗ってリフレッシュ。
ゾロの腕の中にいるのは幸せで、安心するんだけど。
やっぱりもっと触って欲しくなったり、触ったりしたくなっちゃうもんだ。
明確に理解してる。
恋のシーズン到来。
キュウキュウ甘えたくなるのはショウガナイよねえ?

あ。でも。
ゾロへの恋心を理解しないまま、ゾロのタッチに餓えてた頃と違って。
今はそれをあやすだけの余裕がある。
何が欲しいか、それがどんなものか、ちゃんと理解してるし。
何よりも、愛されてるの、ちゃんと解ってるから。
だから、ちゃんと体調が整うまで、ガマンできる。
ゾロも同じなのかな?
ゾロの方が大変だろうなあ。
肩、いくらここがパワースポットだからっていったって。そんなに早くあれだけの重症が治るわけがない。

朝ごはん、昨日のスープの残りに焼いておいたパンを浸して食べた。
ゾロはまだ、きちんと薬を飲んでいる。
眠くなるんだったら、眠った方がいいね。
その方がカラダは早くよくなる。
傷を治すことに身体が集中するからね。

朝ごはんの片付けを終えて。
上がり始めた気温の中、まだ燃え続ける火の側に座っていたゾロに訊く。
「ゾォロ。オレ洗濯しちゃうけど。眠ってくる?」
「―――いや、」
…ふぅん?
ゾロがちらりとティピの方を向いた。
「荷物に本があったみたいだからそれでも読んでおく」
「…ほえ。本?…リトル・ベアかな」
目許、少し笑みを浮べたゾロが、何が入っているか見当もつかないけどな、って言ってた。

「リトル・ベア、ケンタッキーの大学出たって言ってた」
「―――らしいな。」
おや。ゾロも知ってたんだ?
リトル・ベアって…世界が広い人なのかもしれないなあ。
ヴィーダさんの幼馴染だったし。
ううん?違うか。
世界が狭いのかな?思ってるよりも。
…歯車の不思議。どこがどう繋がってるか、解らないものだねえ。

「じゃあオレ、洗濯しちゃうね」
立ち上がる。
「本、持ってこようか?ついでだから」
「イッテラッシャイ、」
ゾロがひらん、と手を振ってた。
そして、に、と笑いを浮べて。
「お願いたします」
そう言ってた。

「オオケイ」
「あっちにいる、」
ゾロが指さした方向を見た。木陰の下。
ああ、あそこは少し草が茂ってるしね。
「…アリスな気分になれそうだね」
ゾロと交わした会話を思い出して、そう言った。
「ハハ!じゃあアフターヌーンティでもいれてやるよ」
「よろしくね」
「席替えはナシだけどな」
笑ってすう、と立ち上がったゾロに手を振る。
「メンバーがちょっと足りないしねえ」
「圧倒的にな」

笑ってゾロと分かれて。
オレはティピへ、ゾロは木陰へと歩く。
ティピの中、洗濯するものをかき集めて、その後で持ってきたバッグの中を覗いた。
ペーパーバック。見たことのある装丁。
"A Farewell to Arms"…ヘミングウェイだ。
あ、あともう一冊ある。
こっちはポーの「黒猫」だ。
ふうん?猫の話なのかな?
セトの本棚にもあったけど、読んでないっけ。
お。もう一冊ある。
「アンナ・カレーニナ」……トルストイ?
これもセトの本棚にもあったなぁ…?
高校か大学の授業で使ったのかな?…でもそれだったらセト、棄ててきちゃうよねえ。
ううん…?どれがいいのかな?

ヘミングウェイ…これは戦争のハナシだったよねえ。
あんまりおもしろくなかった…オレには。
ダディはスキだって言ってたけど。
…よし。じゃあ猫さんとアンナさんにしよう。
洗濯ものの上に、その二冊を乗せて。よいせ、と抱え上げた。

ティピを出て、川の側に来た。まずは洗濯ものを下ろして。
そしてタバコを吸っているゾロの方に、本を二冊手に持って行く。
「ねえゾロ!猫さんとアンナさん、どっちがイイ?」
す、と眼を上げたゾロに訊ねる。
「は?」
「だから、本。猫さんとアンナさん」
ハイ、って本を差し出した。
「ネコとアンナ??」
「黒猫さんと、アンナ・カレーニナさん」

じい、っと一瞬視線が注がれた。それからにっこりと笑顔になって。
「来い」
そう手招きされて、ゾロの目の前に立った。
「なぁに?」
覗き込んだ途端、ぎゅうう、って抱きしめられた。
「にゃあ。どうしたの?」
「オマエ、両方ともシラナイだろ」
そう応えてきた呟き。
そしてまた、強く抱きこまれた。

「ウン。タイトルは知ってるんだけど、読んだ事無いよ?」
黒猫さんとアンナさん。
きゅう、とゾロの背中に腕を回す。
右肩の方に頬をスリスリとする。
そうしたら、ぐしゃぐしゃと髪の毛、掻き混ぜられた。
にゃあ、って文句言おうと思ったら、つい、とやさしく唇を啄まれた。
「アリガトウ。読ませてもらう」
「ウン」
トン、と柔らかく押し当てられる唇。

「じゃあオレ、洗濯してくるね!」
一瞬あむ、と啄み返してから、するりとゾロから腕を下ろした。
さらん、と一瞬頬を撫でられる感触。
それからゾロの腕がふわ、と緩められた。
にゃは、と笑いかけてから、川に戻る。
ゾロが背後で、座り込んでいる気配がした。

外気温、上昇中。
この分だと、夕方には乾くだろうな!
うん!頑張るぞう!



クマチャン文庫のセレクションは一体何が出てくるかと、ティピへと入っていくサンジの背中を見るとはなしに眺めながら思った。
リトル・ベア。
アレは、あの。頭に「極」のつくロマンティストの実兄だ。
「ロクデモねェモノどうせ入れてあるンだろうな、」
タバコの煙と一緒に声に出した。

水面は相変わらず光を跳ね返して、木陰のこの場所は陽射しに温められた夏草の匂いが微かにしている。
ふい、と記憶が揺れる。
サウス・ハンプトンの庭。
裏庭の、木の下で。拡げた白のリネンの上にちょこんと座っていた女のコドモ。
さらさらと髪が風に流れていた。

夏の、コットンのワンピースのオレンジ。
高い位置で留めた髪。
にっこりとわらって、「お茶、のむ?」と細い声で言っていた。
あぁ、思い出した。
そのコドモが「アリス」の話をしたんだ。
そのときは訳がわからなくて。たしか。
それから何日かしてやってきたエースに、ルイス・キャロルって誰なのかと聞いたんだったな。

「チビ!スベカラクすべての児童はアリスを読むモンだぜ?」
きらきらと黒目が面白そうに光っていたな。
3日、音読された。
「鏡の国」までカヴァーして。
これで次にその子が来たら話があうと2人してわらった、けれど。
「次」は無かった。

―――フン、「チビ」。
オマエ、結構ハードだぞ?その環境は。
次の夏も、結局。「来なかった」しな。エースも、「その子」も。
いまなら、わかる。おれがサウス・ハンプトンのあの家にもう10年以上近寄っていない理由が。
遠い記憶。それでも逝った者の残したものは、未だに空気のどこかに残る。
「次」の夏は。ネコでも連れてあの家に行って見るかな、と。ふと思った。
裏庭にテーブルを出して。
「ビビ」の話をしてやろう、せめてもの―――

さら、と風が流れ。
くすくす、と小さな。細いこどもの笑い声がどこかでしたと思った。

目を上げれば。サンジがティピの中から丁度、出てきているところだった。
器用に両手が塞がったままでも、擦り抜けて。
目で追う、そのふわふわとした風情。
やがて近づいてきたなら、ほにゃりとしたままで奇妙な事を言ってきた。
なんだって??
ネコとアンナ……?

なんの童話だよ、と言い返そうとして。
満面の笑みにぶつかった。
そして、差し出されたモノ。
ポーの「黒猫」とトルストイの――――
ビンゴ!!リカルド、オマエやっぱりクマちゃんの弟だったなカワイそうに。
「アンナ・カレーニナ」、だった。

この2冊を、「黒猫さん」「アンナさん」など呼ぶバカネコは。中身を読んでいやしネェな?どうせ。
内容を知っていたなら「さん」付けがいかに不似合いな連中か、いくらバカネコでもわかるだろう。
ふ、と。
笑いがこみ上げてきた。どこか深くから。
それは、困ったことにアイジョウと同じようなもので。
どこか自慢げににこにことしたまま、本を差し出してくるサンジを抱きしめた。
それだけでは足りずに、柔らかな手触りの髪を引っ掻き回し。
それでも足りずに、口付けた。

確かに、オマエは。
おれの足元を照らすモノなんだろう。
それも奇妙なやり方で。
わらいが零れた。
ありがたく読ませてもらう。
ポーは好みだ。トルストイは―――時間があればな?

クマめ。
嫌がらせだな、コレは。
哀れアンナは駅路に身を投げる、―――読むかよ、アホウ。
洗濯にいってくる、となにやら張り切っているサンジに、もう一度口付けてから木に凭れて座った。
ぴょんぴょんとネコが跳ねる様によく似て、サンジが水辺まで行くのを見送り。
夏の昼前、滝から落ちる霧が虹を作るのを眺めながら、酷く不釣合いな「読書」を始める。

行間からじわり、と暗がりがカオを覗かせる短編集。
なぁ、クマちゃん。
あンた、本気で嫌がらせしやがったな。
やってやろうじゃねェかよ。
「おら、プルート。挨拶しろ」
頁を開いた。

ぱしゃん!と
サンジが水を跳ね散らかす音がし。
またわらっちまった。
なぁ、サンジ。だから。
それは、「およぐ」って言った方が若干近くないか……?




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