Friday, August 9
夜中に喰う、と言ったのは限りなく本気に近い戯言で。
ただ抱き合って眠りがやってくれば、そのまま寝た。

取り留めの無い話をした。
バカサンジが、黒猫さんの話をしろと言ってきたのでリクエストに応えれば。
夜中にきく話じゃないね、と惚けたことを言っていた。
オマエの兄弟子のセレクションだ、サイコウに嫌味だろうと言えば。
「読まないと思ってたのかも、」
くすくすと笑いに紛れてそんなことを言っていた。

「クマチャン・ジョークってのは大抵この手の悪趣味さだぞ」
善意のクマと思ったらトンデモナイめにあう、そうジョウダン交じりに言えば明るくサンジが笑い始め。
「気に入られてるんだね、ゾロは」
言葉にすると、伸び上がって頬に唇で触れてきていた。
「願い下げだな」
そう応えて、ほわりと柔らかな頬を少しばかり指先で挟み。
「兄弟子の代わりにオマエ、ちょっと八つ当たりされておけ」
かるく抓ったなら。みゃあとかにゃあとか。
賑やかだった。

賑やかに騒いでも、妙な具合に根性があるらしいバカネコは。
おれに掛けた足をばたばたさせはしても、下ろそうとはしなかった。
―――やれやれ、だ。
強情さは、一貫してつらぬいてやがる。

それでも、昼間あれだけ泣いて、感情をオーヴァフローさせていたネコは。
だんだんとオトナシクなり始め、契約不履行に申し立てをしてきそうもなかった。
あぁ、忘れてるっていうのもアルかもしれない。
サンジの賑やかな脳の中味は偶に謎だ。

横になれば、半顔を覆い隠すほどに流れる前髪を梳き。額に口付ける。
とろり、とほんの何秒か前までは遊びにキラキラしていた眼が蕩け。
なるほど、忘れていたわけではないらしいと理解する。
髪を撫でる手をそのまま、緩やかに上下する背に添わせ。一層、くたりと預けられた身体を引き寄せる。
どこか、身体の奥に蟠る微かな渇きは無視して、目を閉じた。

あの馬鹿げた滝壷の水の。容赦ない冴え具合は、確かに重宝だな?
そんなことをちらりと思い。
眠った。
朝がくるまで、途中で目覚める事はなかった。
ただ。
バカネコが、ヒトのことを勝手にぎゅうぎゅう抱きこんで眠っていたのが心外といえば心外な、目覚めだった。




『忘れ給うな、空の輪を
 星々を、そして茶色い鷲を
 太陽の偉大なる力を
 巣に息づく雛たちを
 総てに潜む神聖さを、忘れ給うな』

古いポーニー族のウタ。夢の中で聴こえていた。
無意味なことは、何も無い。
役割のないものは、存在しない。
そして、馴染んだ歯車のイメージ。
精密時計の中身のように、複雑に噛み合って回っていた。
恐れても、時は流れ。
その瞬間はやってくるのだろう。
それまでは、ずっと……。

ふ、と意識が浮いた。
腕の中の重み。
ゾロの頭を抱きかかえて、オレはどうやら眠っていたみたいだ。
夢の中で決意したこと。
するり、と記憶から滑っていく。
だけれど。
もう一度決意しなおす。

オレはゾロを。オレにしかできないやりかたで護っていくことを。
オレはゾロより弱い生き物だけれど。
腕力とか、そういうことじゃなくて。
…んん、どういうことなんだろ。
上手く言葉にできないけれど。

…ヘンだね。
昨日あんなに甘えたのはオレなのに。
どうやってその結論に達したのかよくわかんないけど。
…でもオレは、そうすると決めていた。
夢の中で、オレは何を考えていたんだろうね…?

スリ、と抱え込んだゾロの頭に頬を擦り付けた。
柔らかく口付けを落として、ゾロに乗せていた足を下ろした。
ティピの外は、もう明るいのだろう。
年代モノの革の幕を通して、明かりが染み込んで来ていた。

ゾロの肩が、ぴく、と動いていた。
さらり、とゾロの髪を撫でる。昨夜、寝るまでゾロがしてくれてたこと。
気持ちよくて、安心できたから。
嬉しくて、幸せになれたから。
だからゾロに、お返し。

何度も繰り返し、そうやって撫でて。ゾロが目覚めるのを待つ。
く、と伸びをした腕の中の愛しい人。
どうやら、ゾロ、起きかけているみたいだ。
オレがゾロより早く目覚めるのは…久し振り、かな。
そうっとゾロの頭に口付けを落とす。

「……だ?」
寝起きの、少し掠れた低い声が、何かを言っていた。
「…おはよう、ゾロ」
なんだ、これ?と呟いたゾロに、頬擦りをする。
「起きたらこうなってたんだ」
ゾロは低血圧だ。
その上、まだ薬が抜け切ってないのだろう。
僅かにぼんやりとした声は、なんだか戸惑っていて。
じわ、と愛しさが湧き上がる。

しばらくそうやって、目を瞑ったままでいたら。
サンジ…?って、僅かに拙い口調……ダイスキなジョーンが言ってたようなカンジで名前を呼ばれた。
「うん、おはよう」
さらり、と耳のあたりを撫でる。
「よく眠れた?」

ゾロが、僅かに身じろぎして。
それから、ぱち、っと覚醒したみたいだ。
「―――オマエの顔が上にあるな?」
「うん、そうみたいだねえ」
憮然、とした声に、確認される。
きっと眉が寄っちゃってるんだろうなあ。
「腕、離せ、なんだよこりゃあ?」
最後にゾロの頭の天辺に口付けを落としてから、そうっと腕を解いた。
「寝てる間に、こうなったみたいだねえ」
「だねえ、じゃねェよ」

上体を起こす。
ゾロはまだまだ、憮然としているみたいだ。
…そんなこと言われてもねえ?
「オハヨウ」
ゾロの唇にちょん、と口付けてから。ラグの下から抜け出した。
ゾロは僅かに頷いてた。
…そんなに嫌なのかなあ?

ゾロががば、と起き上がっていた。
…低血圧ってホントかなあ?
でも、眠そうだから、そうなんだろうな。
ぼーっとしてる、まだ。

洗濯してしまっておいた物の中からタオルを出す。
Tシャツだけ着替えて。穿いていたデニムはそのままで。
「顔洗ってきて朝食の支度にするね」
そうっとティピの入り口を開けてみた。
透明がかった青空。今日も快晴。
ゾロは中で、ひらひら、って手だけ振っていた。
ゾロが動けるようになるまでもうちょっとかかるかな。




next
back