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 顔を洗って、火を焚いて。
 コーヒーをゾロのために沸かして。
 朝食のコンソメスープを火にかけたところで、ゾロが顔を洗いに背後を通っていった。
 その間にフライパンに油を敷いて、トウモロコシのパンを焼く。
 あまり沢山の量は持ってきてないからねえ、今日あたりは狩りに行かないといけないねえ。
 ゾロ、元気にならなきゃいけないし。
 オレも、体重はほぼ戻って。傷も全部、カサブタになってるけど。
 やっぱり、体力戻しておかないといけないしねえ。
 
 ドップリと頭から濡れたゾロが、こっちに戻ってきていた。
 …頭、拭いてあげたいけど。ゾロ、きっとまだ嫌がるだろうし。
 ちゃんと拭かないと風邪引くぞう、とかって思ってたら。
 濡れて重くなったTシャツをがば、ってオレの頭に被せてきた!
 「にゃあ!」
 「フン」
 抗議の声をあげてみたけど。ゾロは上半身裸のまま、すたすた通り過ぎていく。
 
 「なんなんだよもぅ!?」
 ヘンなゾロー。
 なにがそんなに気に入らないんだろうね?
 オレなんか、ゾロに甘えっぱなしなんだから。頭抱えて寝てたくらい、どってことないだろうに。
 …それとも、オレじゃあ役不足…なのかなぁ…。
 
 ……………………ちぇ。
 なんだよう、も〜〜〜〜。
 ヘンなゾロ。
 そんなことを思っていたら。
 パンを焼きすぎてしまった。
 そしたらゾロがティピから戻ってきて。
 「焦げ臭い」
 ぼそって言ってた。
 
 むか。
 鼻に皺、ゾロが寄せてた。
 思うんだけどゾロって。時々オレよりずっと年下だよね。
 それこそジョーンと同じ年くらい。
 むぅ、とか唸ってたら。ゾロがとんとん、ってオレの頭を叩いて。
 「それ、おれに寄越せな」
 そう言ってきた。
 
 「…ムリして食べることないよ?」
 「や、別に無理してない」
 「…鳥にあげちゃってもいいんだよ?」
 …確か、こげこげしたのって。発癌物質が多く含まれてるんだよねえ…?
 に、って笑ってるゾロを見上げた。
 「不味いと思うよ?」
 「いや、どこかからじじいが湧いて出たらかなわねェだろ」
 …その"じじい"って。多分師匠のことだよねえ…。
 愚か者めがナニを無駄にしておるか!!とかさ、って軽い口調で言ってた。
 
 「…半分コずつして食べる?」
 「いいから、」
 「…ごめんね、美味しく焼いてあげたかったのに」
 とて、と額を突かれた。
 さすさす、とそこを撫でる。
 すると、ゾロはまた、に、って笑って。ポットからコーヒーを注いで呑み始めた。
 ……ぐあ。
 …まったく…オレもなにしてるんだろ…。
 はぁー……。
 
 「…じゃあ、せめて。晩ご飯にはおいしいものを食べさせてあげるね!」
 握り拳で立ち直ったフリ。
 「転んで怪我するなよ」
 ゾロはしれっと言ってたけど。
 「大丈夫!転びなれてるから!」
 プルプルっと頭を振って気分を入れ替えた。
 「とりあえず、朝食にしよう!」
 「まあなぁ、」
 そう言ったゾロの笑みは、すう、と深くなってた。
 「人生最大のスッコロビした後だもんナ、オマエ。」
 ゾロの言葉。
 ……あう。ちょっと痛いぞソレ。
 
 来い来い、って腕を広げたゾロ。
 ぽふん、っと頭をゾロの腕に埋めに行く。
 「よくもまぁ、立ち直ってここまで来てくれたよ」
 ぎゅう、って抱きしめられて、むぎゅう、って抱き返した。
 いてッ、って言われて、慌てて腕を浮かせた。
 うわ、ごめん!!
 「嘘ダヨ、」
 けらけらって、ゾロが笑い出した。
 「…にゅー…」
 …ゾロの、いじわる……。
 でも……でもでもでも…スキだけど。
 
 はぁ、と一つ溜め息。
 「スキだよ、」
 「…早くよくなってね、ゾロ」
 ちゅ、とキスをされて。浮かした腕で背中の布地を握り締めた。
 早くよくなってね。オレが精一杯しがみついても、大丈夫なように。
 
 
 
 抱き込まれて眠るのは、好きじゃあない。はっきり言って、嫌悪するモノの一つといってイイ。
 イメージするものは「庇護する腕」であり。
 薄膜の向こうにいるほど朧な輪郭しか残していないジンブツの、持っていた腕と重なる。
 イラナイ、と切り落としたものが周りに残されでもしたかのように、現れるのは悪趣味だ。
 庇護されるコドモは、「要らないもの」だと自分で決めて以来、酷くそういった腕を疎ましく思うようになった。
 だから、朝。
 サイコウに気分が悪かった。
 
 ほわり、と微笑むものの気配に眠ったままの意識が弛緩した。
 穏かな心持でそのまま眠り込みたくなり。
 それと同時に、意識の底で糸が張り詰めた。オキロ。
 目覚めてみれば、サンジが髪に口付けていた。
 
 イメージが繋がっていく。
 タオヤカな庇護する腕、朧に立消えるもの、庇護しようとする腕は消えていくもの、―――アウト。
 サンジがティピを出て行き、自分も着替える。
 あー、クソウ。頭が痛ェ。
 
 おれの致命的な欠点は気分のムラだとペルは言う。
 あんたの機嫌だけはおれたちもわからねぇなあ、と。笑ったのは大猫どものどちらかだ。
 今朝は、目覚めた途端から。
 何もかもが忌々しいぞ、クソ。
 魔女の寄越した痛み止めの錠剤をポケットに捻じ込み。ティピを出て。
 火の側で何かしているサンジが目に入った。
 
 …あぁ、アレがサンジでなかったなら。後ろを通り過ぎざま蹴り倒してやる。
 けれどなるべく視界に入れないように、通り過ぎ。
 思い切り、後ろ頭でも平手で張り倒していきでもしたら、おれが気分が悪い。
 アレは、ネコだ。ネコが鍋の前で何かしてるだけだ、オーケイ通り過ぎろ。
 
 滝まで行き。
 しばらくアタマを文字通り冷やした。
 悪意があってしたことでも、まして本人の弁を借りれば「なんでだろうねえ?」な状況にいつまでも苛立っていても埒もない。
 そこまで譲歩するのに、水の中でおれは窒息しかけた。―――バカゲテイル。
 気がつけば、上半身は水浸しだ。
 「バカバカしい、」
 口に出した。
 が、気分は収まらない。
 タブレットを飲み込み。
 せめてシツコイ頭痛が引くのを待つ。
 ―――7、6、5、4、3……―――効かねェじゃねえかよ。
 
 クソくれは。なにが10セカンドだ。
 おれは1分近く譲歩してるってのに。
 「すげえ気分が悪いぞ、おれは!」
 クソウ。
 
 水を含んで重くなったTシャツを脱ぎ。とりあえず戻ることにする。
 また、視界にサンジの髪がキラキラしているのが入り込む。
 絵に描いた様な「朝の風景」に、気分が悪くなり。
 通り過ぎるとき、サンジのアタマに濡れたTシャツをひっ被せて行った。フン、勝手に何か言ってろ。
 そもそもオマエが原因でおれはアタマが痛いんだ。
 無自覚っていうんじゃ、怒りようもないしな。
 
 薄明るいティピの中で。適当にシャツを引っ張り出し羽織る。
 少しの間目を閉じてみる。
 ……効果、未だナシ。
 諦めて、外に出た。
 そして、焦げ臭い匂いに気付き。
 少しばかり苛立ちが伝染ったらしいサンジが何かを焦がしたのだと知った。
 
 さっきまで、ほわほわとしていたサンジは、見るも哀れな有様に近い程度に意気消沈、ってヤツだ。
 一頻りからかい終えて気付いた。
 そのしょげ具合は、表層となにかその奥にあるもの、両方が原因のようだったが。
 表層だけでも取り去ることにした。
 
 サンジがしょげていると、気分が悪い。
 これだけ、感情が表に現れるやつは初めて見た。
 突付けばすぐにみゃあみゃあ鳴きだすし、抱き上げれば目を細める。
 …あぁ、おれは。
 なにを「バカネコ」相手にハラを立てていたんだろうな?
 「サンジ」じゃねえか。話にならねぇよ。
 
 だから、とりあえずの元凶をなくすことにした。バカネコ、おれに感謝しやがれ。
 その焦がしたのを自分に寄越せ、といえば。
 蒼目がくう、と細められた。
 あぁ、だから。そんなシンパイそうな顔するな。
 無理をして食べる事はない、とか言ってきたのを、雷魚のじじいを引き合いに出して返した。
 鳥にやるとか、半分分けようとか言っていたが。気にするな。
 苛立ちを被せて行ったのはおれなんだから、まあいいさ。
 
 コーヒーをカップに注ぐ。
 それに。
 魔女の特性のクスリってヤツは相当キツイらしく、まだちょっと舌がバカになってるから大して関係ない。
 これをいうとまたみゃあみゃあうるせえから、黙っておくが。
 熱い液体を胃に流し込む。
 
 そして、明らかにサンジの意識が別の方向に向かってなにやら「高揚」しているらしい、と見当をつけた。
 ふうん?なにか思いついたか。
 キラキラと目にヒカリを乗せて、言ってきた。
 狩りにいってなにか美味しいものを採って来る、と。
 精々気を付けて転ぶなよ、と返した。
 そうしたなら、転びなれているから平気だとわらった。
 …バカが。そんなモンに慣れてどうする。
 
 つい、口を付いて出た言葉に。
 オマエは人生最大のスッ転びをしたばかりだしな、と。
 そうしたなら、キラキラとしてた風情が。
 しょげ返った。
 「哀しげ」に眉根が寄せられ、ほんの数瞬で涙の膜が蒼を隠し。
 唇を噛み締めていた。
 
 …ン?
 ……あぁ、違う風に取りやがったか。おれは、メンドウなモノに惚れてオマエもバカだったなといった程度の軽口で
 返したつもりだったんだけどな?
 バカサンジ。こっち来い。
 言葉の代わりに差し招く。
 オマエ、ホンモノのバカかと偶に思うぞおれは。
 抱きしめた。
 
 勘違いするな、アホウ。
 だから何度も言ってるだろう、あの襲撃はぜんぶ。おれの未熟の招いたことだ。
 オマエにはなんの咎もあるはずもないだろうに。
 ぎゅう、とコドモのバカヂカラで抱き返され。
 肩が僅かに引き攣れ。
 角度が丁度悪かった所為で、かなりダメージを食らった。
 
 途端、サンジがいっそ死んじまいたい、ってくらいの顔で。手を放した後両手をあげて固まった。
 痛いと言ったのはウソだとわらってみた。
 ホラ、そんな顔するな。
 気がついてみれば、頭痛と苛立ちのセットは。なりを潜めていた。
 それより、サンジのバカが。
 痛そうな顔をしている方が参る。
 
 自分のうちを過った感情を言葉にした。スキだよ、と。
 脈絡もなく。
 ふ、とサンジが。表情を緩め。
 背中、シャツの布地を両手で掴み、縋ってきた。
 おれの気分のムラも相当かもしれないが。オマエのアップダウンも相当だな?
 とんとん、と背中を撫でた。
 
 
 
 
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