Tuesday, August 13
ゾロは、なにか考え込んでいたみたいだったけれど。
もうそんなに機嫌が悪くなるということはなくなっていた。
狩りから帰ったあの日の夜。
その次の日も一日。
僅かに感情は揺れ動いていたようだったけれど、だけどゾロの心がオレから離れていってしまうことは無く。とても穏やかに過ごした。
3日目には一緒に狩りに行って。
少し離れた場所でゾロが見守る中、山鳩を2羽捕まえて、塩を振ってローストチキンにして食べた。
ハナに羽根が付いてるぞ、とかってゾロがオレをからかっていたけれど。
浮べている表情は、始終優しかった。
朝、滝の側で。
昼、木陰の下で。
夜、炎に当たりながら。
夜中、揃ってラグに大人しく包まれたまま。
ゾロとオレは、イロイロなハナシをした。
ペルさんの車のブレーキオイルを抜いたときの話とか。
初めてドクタくれはと出合ったときの話とか。ゾロがしてくれて。
オレは、ジャックおじさんにはじめて教わった呪いのこととか、初めてリィの出産に立ち会ったときのこととか。
冬、スノーボードを滑っていて、うっかり崖から落ちたときのこととかも喋ったっけ。
あとは、思いつくままに訪れた都市の話とか。
マンハッタンの気候の話から、ラスヴェガスのイルミネーションの話。
パリの街並みと建物の話や、ロンドンにいる剃った頭に髪を立てたヒトたちの話。
ぽつりぽつりと、静かに、あるいはくすくすと笑いながら。
穏やかにキスを交わしたり、やわらかに髪を撫でられたりしながら。
そうやって、4日間、過ごしていった。
もちろん他にも、ゾロと一緒に釣りをしたり。
薪拾いをしたりだとか。
ティピの中の掃除とか、森の中の散歩とか。
オレが転寝をする横で、ゾロは本を読んでいたり。
ゾロが転寝をする横で、オレはハーブで薬を作ったり。
一緒に滝壷で泳いだり、またサイアとファラに跨って、あたりを散策したりだとか。
時間を気にすることなく、穏やかに色々なことをしていた
天気は相変わらず晴れが続いていた。
抜けるような青空、遠くにぽつりと白い雲。
それが鮮やかに赤色に染まっていくのも見たし。
真っ暗な闇に数え切れないほどの星が煌いていくのも見た。
一度は並んで、登っていく朝日をみてたっけ。
ゾロといっしょにいれて、オレは幸せで。
ゾロがオレに笑ってくれるから、オレはもっと幸せだった。
時折、ゾロが気紛れにハナウタを歌ってるのも聴けたし。
ゾロとオレの間に広がっていた溝みたいなものが、じわじわと暖かな何かで、ゆっくりと埋められていった。
聖域、パワースポット。
地から湧きあがるエネルギィが集中している場所。
だからオレが自傷した場所、沢山できていたカサブタは。
いつのまにか消えていって、いまはもうつるんとしていた。
真新しい皮膚も、水辺で泳いだ後の日光浴で、すっかり焼けて馴染んでいたし。
ゾロの肩も、まだ万全とはいえないけれど。
皮膚はくっ付いて、ぐるぐると動かすことができるようになってる、ってゾロが言っていた。
最も、まだ動かすと痛みがあるらしいけれど。
時々、ゾロが左腕を伸ばして。ぎゅうってオレを抱き込んでみたりしてた。
リハビリ、ってゾロが笑って言って。
オレも笑って、ゾロを見上げて。
胸元に頬を摺り寄せたりして甘えてたり。
ゾロの胴に腕をまわして、そのままくたりと眠りについたりしていた。
あっという間に4日間が過ぎた。
夜、火の側で、食後のコーヒーを飲んでいた。
空には相変わらず、視界いっぱいに煌く星が散らばっていた。
ぱき、と木が弾ける音。
後片付けは終えてあって。
手もとにあったいくつかの枝を。ぱしりぱしりと折ってから、炎の中に放り込んでみたりしていた。
先ほどまでは、料理の話をしていたんだけれど、今は柔らかな沈黙を愛しんでいた。
コーヒーカップの中に残っていた茶色の液体を最後まで飲み干して。
それから、横でタバコを吸っていたゾロの肩に、こてん、と頭を預けた。
じぃっと見詰めるオレンジの炎。
柔らかく踊る焔は、ひらひらと揺れて、まるでダンスを踊っているみたいだ。
時折舞い上がる火の粉。
パッと上がってすぅっと消えて。
とてもとても綺麗だ。
すい、と髪にキスを貰った。
「火が映ってみえる、」
そうゾロの柔らかで低い声がした。
手、持ち上げて、前髪を一房摘んだ。
…随分と、伸びたなぁ…。
いままで気付かなかったのがおかしいくらいだ。
ふい、とゾロを見上げた。
ゾロは、こっちに戻ってくる前に。どうやら理髪師さんに切ってもらったみたいだ。
オレは、最後に切ったのは……ゾロに出会う二日前だ。
随分と前のことのように思える。
あの頃、オレは。
何を思って、毎日を過ごしてたのかなぁ…。
火の側で、時おり立ち上がる火の粉だとか、どこまでも暗い空に散らばる星だとか、そういったものを見ていた。
同じ「森」でも、おれが前に行った場所とは酷く違うな、と。
ちらりと意識に掠め、けれどそれはすぐに追い出した。
肩口に、ゆったりと預けられている存在がある。
ほんの、2メートルにもみたないぼんやりとした灯かりの中にいてもなお。周りの、押し返せそうなほどの暗がりを背にしても尚。
黄金に磨き上げられた鏡に映りこむように、火影がサンジの髪に溶け込んでいた。
唇で触れ、思ったままに言葉にする。
夜の密度の濃い暗さ、朝の穏か過ぎるほどのヒカリ、この「聖地」に満ちている意思を持ったような静寂、そういったモノに
おれは苛立っていたのだといえば、あまりにコドモじみている。
我ながら、呆れる。
何の悪意も無い環境、ってモノが。これほどまでに居心地が悪いとは知らなかった。
いまは、どうにか。
それに折り合いをつけた、のだろう。
砂漠の家では、ここまで自然に対峙することもなかったし、最中にある事を自覚もしていなかった。
それに、あそこには辛気臭い客ども、それこそ悪意のカタマリどもが始終カオを出していた、そういえば。
対峙するモノがなければ、自分の内側を暇に任せて覗き込み。おれは、多分。
勝手に一人で機嫌を悪くしていたのだろうと思う。
サンジとおれとの決定的な差は。
サンジはこの場所に溶け込み生きていくこともできるだろうが、おれにはハナからそれが不可能なことだろう。
静謐すぎる、穏か過ぎる、―――そして。
狩るべきモノがいない。
すう、と。
サンジの腕がそっと回され。薄くわらう、
おれはこの場所とは相容れなくても、それを自然に取り込み自由に息をしているオマエのことは、何よりも欲する。
預けられた身体を両腕で抱きしめる。胸元、わずかに。額が押し当てられた。
あぁ、あれは。たしか3日前か?思い出した、不意に。
深く口付けたなら、涙で潤んだ眼で見上げてきた。
それをムシして、また味わえば。僅かに髪を引かせて唇を浮かせ、舌先で擽った。
漏れ出す吐息を奪い、引き寄せ。指先が、背中に縋るのを感じ。差し出される濡れた熱さを取り上げる。
引き際を探しながら、触れ合わせ。
目を覗き込めば。
ゆらりと現れた蒼は、またほんの一瞬閉じられ。
「がまんできなくなっちゃうヨ、」
ほんのりどこか困った風に唇が笑みを模り。腕が、回された。サンジ得意の「むぎゅ」ってヤツだ。
そして、引き起こされた波が引くまでおれに張り付いていた。
この一件以来、宥める程度の口付けはしても墓穴を掘る真似はおれも止めにした。
だから現にいまも。
腕に抱き、体温を感じ。
ほわほわとしたサンジの機嫌の良さを感じながら。
髪にだけ口付け。別に何を話すでもなく、火の側にいた。
「明日は、」
ふ、とサンジの気配が変わった。じっと聴いているらしい。
どう時間を過ごそうか、と話し掛けた。
少し、どころか。随分と伸びた手触りの良い金を指で掬いながら。
「…泳ぐ?」
「水が温まってからだな、」
「ん」
口許まで届きかける前髪を持ち上げて、額に唇で触れる。
く、とまた笑みが刻まれる。
微かに、唇を掠めて言った。
「オマエ、水が好きだなそういえば?」
コロラド川でも、確か。サンジが満面の笑みで浅い水に浸かっていたことを思い出す。
「水中から見上げたとき、キラキラするのがスキ、」
「フウン?」
「ぷかん、と水面に上がる瞬間の感覚もスキ」
ひどくうれしそうに笑みをうかべていた。
「山と水辺なら?」
どちらがスキだ、と問えば。
「両方」
「却下、それじゃあ島になる」
おれは島に住む気は無い。
「海で泳いだことないから、海辺はいやだな…森があって、小川がある山がいい」
「フウン?」
嬉しそうな声に、ついからかう気になった。
「じゃあ、山とオオカミ、」
どちらだ、と追加する。
「…それって、生活の場所と仲間じゃない。選べないよう」
「人生に選択はつきものだ、それも理不尽な」
くすくすと笑うサンジに返す。
「…じゃあゾロは」
サンジが、一瞬考えている風に言葉を途中で止めた。
「服を脱がせるのと、服を着せるの、どっちがスキ」
そう続けられた。
「あぁ、決まってる」
キラキラとヒカリを弾いた眼が見上げてきた。
「ただし、その前におれの質問への返答が先だな」
「…じゃあ…狼」
「オーケイ、脱がせる方。じゃあ、……オオカミとおれだと?」
「…ゾロ」
蒼を見つめ返す。
「アナタがスキ、」
ふんわりと笑いかけられる。
「フウン?2年後も同じ返事を期待する」
そう言って、目元に口付けた。
「…二年後?」
「そう。本格的に迎えに行くから」
する、と首に。熱が過りサンジの両腕が回されていた。じ、と蒼が覗き込む。
「ん?なにか不満でも?」
腰を僅かに引き寄せる。
「…きっとオレの答えは変わらないよ?」
「まぁ、おれも死んではいないだろう」
額をあわせながらサンジが穏かに言葉にしていた。
「オレね?」
あぁ、なんだ、と返事をする。
「ゾロがいない世界で生きる気はないんだ、」
だけど、生きることはスキだから。諦めちゃヤダよ。
沢山の時を、アナタと一緒に過ごしたいから。
そう、ふわふわと柔らかな声が告げてくる。
けれど込められているものは真実に違いないのだろう。
「約束は出来ない、」
それもまた、真実で。
「約束は、しなくていいよ。…ただ…覚えていて。ソレはオレがずっと願い続けることだってことを」
ただ、おれは諦めが悪いんだ、と付け足した。
「うん、」
頷いたサンジを、また引き寄せた。
するりと。膝に体重が乗せられる。
両足をぶらぶら遊ばせでもしそうな気楽さで、ヒトの足を跨いでわらっている。
「イッパイ愛を交わそう、」
言葉にしながらふんわりと微笑むサンジに、口付けの距離で告げる。
「無理言うな、」
現状では未だ微妙、と。
わらう。
「どして?生きてる間中、頑張ればいいじゃない」
くすくす、と上機嫌にわらうバカネコがいる。
「サンジ、あのな、」
溜め息の振り。
「クマチャンに早めに弔辞を用意するようにおれは電話したいんだが。ケイタイ貸してくれ」
オレはずっと、アナタに愛されていたい。身も心も。
そう言ってきたサンジの額を押しやりながら返せば。
「持ってないよう!」
身体を仰け反らせたまま大笑いしてやがった。
「そんなコトは知ってる、」
仰け反らせた背はそのままに、胸元を軽く歯先で穿つ。
上げた目線の先、残っていたカサブタがキレイに取れてわずかな線を残すだけになっていた。
その線も、やがて溶け込んでいくのだろう。
く、と喉元が動き。息を呑みはしてもまだ。シアワセだ、と眼が言ってくる。
喉元に口付け。
そのまま、滑らせる。耳もとまで。
ひくん、と細い身体が揺れていた。
「アイとやらを交わしてみようか?」
声を落とす。
さ、と。目の端。サンジの頬が色を刷き。
それでも、頷いていた。どこか拙い仕種で。
すう、と。抑えていた渇きが
姿を現し始めるのを感じていた。
囁きが返される。
「しよう、」
く、と反らされた喉元を舌先でたどる。
「ふァ…」
ひく、と微かに震える肌にまたじわり、と飢えが引き起こされる。
「眩暈がする、嬉しくて、」
耳に届く音。
「―――煽るな、加減忘れるだろ、」
抱き上げ、外と僅かに隔てられた内へとサンジを連れ戻す。
縋るように回された腕と、項辺りを食んでくる柔らかな感触に薄く笑みが零れる。
外を隔てる薄い革の膜に、火影が微かに透けていた。
「さて。脱がせるか」
わざと軽い口調で告げて、口付けた。
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