多分、とても楽しかった。
あの、最後の夏休みといっしょくらい。何を見ても、なにをしても。ぜんぶが、たのしくて。
一々どんなことも、ぜんぶ魔法がかかってるみたいに。
だからかなあ。
お別れなのかなぁ、って。とつぜん。思ったんだ。

馬にも乗った。
サウスハンプトンの家にも、馬がいて。ああ、こんな鹿毛だったなあ、って思い出してた。
エースは灰色と白の斑模様の駿馬が気に入ってたな、って。
クルマを降りるときに、サンジに。スケッチもしたいから紙とペンかして、って言って。
いいよう?ってサンジがにっこりした。

お昼を食べて。水の流れる音がとっても気持ちよかった。
日陰でお昼寝してから水浴びしようね、ってサンジが言って。うんそうだね、って言ったんだ。
風がさああって吹いて。気持ちよかった。
でも、くっついて寝たら。ぼくが起き出したときにサンジまで起きちゃうから。少し離れて。眼を瞑った。
それから、すぐにサンジは眠っちゃった。
起き出して。水辺に岩が出っ張ったところがあったから。ノートとペンを持って。そこまで行った。
陽射しが水を跳ね返して。キレイだった。

何を書こうかな、と思った。
金曜日から日曜日まで、たったの3日だけど。
書ききれないくらい、いろんなこと考えたし。
サンジから、たくさんの気持ちと言葉をもらった。
「ぼく」に教えてあげるの、ちょっと癪だったし。
ぼくは、忘れない、って約束したから。それだけは守ろうと思うし。

金曜日から今日までの日付を書いて、思ったんだ。ぼくのことなんかはいいや、って。
ただ、ぼくがいまいろいろ覚えていること、それを書いて上げようって。
楽しかった夏休みのこと、毎日何をしてわらってたのか、庭でしたバスケットボールのこと、教えてもらった歌や、
どんなことを話したのか。そういったことや、最後に空港でした約束も。
オトナのぼくに。エースのこと、二度殺さないでね、って書いた。忘れてしまわないでください、と。
「ぼく」はこの3日、とてもシアワセで楽しかったことも、書いた。
手紙は、4枚くらいになってた。
5枚目に、見える景色をスケッチして。サインした。
「ぼく」の知ってるぼくの名前。

それから、また岩とか、水の回りとか。いくつか描いて。ぼく、絵は先生に褒められるから。
フン。オトナになってるからもっと上手かと思ったけど?あんまり変わらない。
ぼく、絵も描くのやめちゃったんだね。ちょっと、目の奥がつんつんした。
あーあ、サンジ。
だいすきなんだけどなあ。
ぎゅう、と眼を瞑った。

背中、陽射しがあたってた。ああ、このじりじりしてる感覚、覚えてるよ。
砂の道を歩いて山を下ってたんだ、「ぼく」。ものすごく怒ってた、ぜんぶに。
手紙5枚分、ノートパッドから切り取って。畳んで、どこにしまっておこうかな、って考えた。
これは、サンジへの手紙じゃないからサンジには渡せないし。
だから、シャツの胸ポケットに入れておいた。
宛名、なんて書いていいかわからなかったから。ぼくへ、とだけもう一度取り出して書いた。
家に帰ったら、サンジに聞いて、最初に着てた服のポケットにいれておこう。

それから、また傍に戻って。今度はサンジにくっついて眼を閉じた。
目が覚めたら。泳いだり、わらったりして。たのしかったな。
描いたスケッチもみせてあげた。すっごいねえ、って。目がキラキラしてた。
ほんとは、あなたのこと。描いてみたかったけどね?
それは、「またこんど。」



帰り道も、なんだかぜんぶが。
馬にお別れして。クルマでまた家まで戻って。帰り道まで楽しいから、ちょっと嫌になった。
きっときょうは、最後まで楽しくていい気分なんだろうな、って思ったから。

美味しい夕食をとって。ポーチでデザートを食べて。
種、一つ飛ばしてみたら、どこまで跳んでいったのかぜんぜんわからなくて。
けらけらわらった。「だめだねえ。」って。
だから、別のゲームした。チェリーの細い茎をくるん、って口の中で結ぶヤツ。
サンジ、ぜんぜんできなかったんだ。
なんでだろうね?簡単なのになあ。いくら教えてあげても。「むにゅ、」とか「むにゃ」とかおっもしろい声で挑戦してて。
でも、ぜんぜんだめだめだった。

「へたくそ、」
「…なんでできるの?なんか、口の中で、舌がつりそうになっちゃったよ」
むう、って。少し膨れてサンジが言ってた。
なんだか、わらった。
それってキスがあんまり上手じゃないんだってよ?って言って。ちょん、ってキスしたら。
もっと膨れちゃった。いいもん、ヘタでも、って。それでも言ってた。

「上手な方が人生たのしいって?」
「どうして?」
「だって、気持ち良いじゃない」
きょとん、ってサンジがしてた。
「…そうかなぁ?」
「赤ちゃんだなあ!」
オレは苦しいと思うんだけど、って。サンジがぎゅう、って眉を寄せちゃって。難しいカオになってた。
くるしい?キスしてて?へんなの。ってぼくはわらった。

「サンジがへたっぴなのか、ガールフレンドがへたっぴなんだね」
にい、ってしてみた。
「…うーん、よくわかんないや」
だから、わらって。キスして。
つるん、ってチェリーの茎結ぶみたいにサンジの口の中舐めてみた。
「ね?くるしくないでしょ。こうやって結ぶんだよ、茎」
サンジの目が。もっと大きくなっちゃって。かちん、って音がしそうに固くなっちゃった。

「サンジ?どうしたの?」
「…予期して、なかったから…ビックリした…!」
「ビックリ?」
「ビックリ」
「なんで?」
暗くっても。サンジのかお。真っ赤になっちゃってるのがわかった。
「よく説明、できないよ」
「ふうん?でも覚えた?人生たのしくなるといいねぇ」
ふーって、深呼吸してるサンジに言った。
そしたら、うみゅう、って。またおもしろい声で唸ってた。かわいいよね?




next
back