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 とうに正午を過ぎて、「朝食」を取った。水で冷やされていた赤い実を幾粒か、これが奇妙な味だった。
 野性味豊か、って言うのか?それから、フィッシュブロスがベースのリゾット「風」のモノ。
 あまり口に運ばないでいたなら、サンジの目線とぶつかった。
 味が悪いわけじゃない、と一応断りを入れておいた。
 元来、起きてすぐはモノを食いたいと思わないんだ、と言っておいた。
 たべたいものがあるのかとそれでも半ば心配そうな顔で訊いてくるのに、別に無いと答え。
 また赤い実を摘んだ。
 
 「面白い味がするな、これ」
 「そう?…ああ、フツウマーケットじゃ売ってないかもしれない」
 顔に笑みが戻っていた。
 「甘味より酸味が勝ってる、確かにな」
 家じゃ食ったことが無い、と付け足した。
 「ふつうは干して、薬にしちゃうものだしね」
 「―――フウン?」
 コーヒーを飲み。―――――あぁ、コレとはアワねェな。
 「―――苦い、」
 「コーヒーが?」
 「や、イキナリ渋みが」
 
 ―――――盛大に不味い。
 ハチミツ、貰ってこようか、とか。カフェインに反応したんだ、とか。言いながらサンジが笑っていた。
 上機嫌な声だ。
 「笑う前にヒトコト言っておけよ」
 「ゴメン、オレも久し振りだから忘れてた」
 苦笑した。放っておいてもまだのこる渋みのせいで顰め面だ、どうせ。
 ちゅ、と口付けられ。
 「たかだかキスで誤魔化せると思うなよ?」
 軽口で返した。
 ひどく嬉しそうにサンジがまたわらっていた。
 気恥ずかしくなるくらい、長閑とした「朝」だった。
 
 
 
 ゆっくりと朝ごはんという名の昼ごはんを食べ。その片づけをし。
 それから、少し離れた木陰の下に座り込んで、一休みだ。
 
 「ゾロ、まだ少し辛い?」
 肌に触れながら訊ねると。
 「少しナ、」
 僅かに溜め息混じりの応えが帰ってきて、それからゾロが少し驚いたような顔をしていた。
 
 「アタマ、膝に乗せる?」
 トントン、と膝の上を叩いてみた。
 「―――いや、イイ」
 「そっか」
 に、といつもの笑みを浮かべたゾロの額に口付けを落とした。
 ああ、確かに…まだほんのりと熱いね。
 
 ゾロが持ってきていたアンナさんを、ゾロに差し出した。
 「読むの?」
 す、と手許に視線を合わせ。それから、緑の眼がオレの眼を捉えた。
 「にゃ?」
 すると、その眼がゆっくりと笑みを浮べつつ。
 とても柔らかい声で、
 「読んでくれよ。オマエの声で聞きたいから」
 そう言ってきた。
 「わかった」
 朗読下手だけど、いいかな?
 「何ページ?」
 ゾロが応えてきたページを開いて、こほん、と一つ咳払いをした。
 
 膝の上に本を置いて、アンナさんについての本を読み始める。
 こて、と腰の辺りに、ゾロの頭が体重をかけてきた。
 くすんと笑ってから、構わずに先を進める。
 
 途中で、ゾォロ!この展開シンジランナイ!とか。
 なんでこんなこんがらがってるのこの文体?とか。
 思ったままにコメントを差し込み。
 ロシアの文豪に向かって失礼なヤツだな、とか。
 オマエの兄弟子の愛読書だぜ?とか。応えてもらいながら。
 本を60ページほど読み進めた。
 
 「…ゾォロ、アンナさんおもしろくないよう」
 本から視線を離し、さらさら、とゾロの短い髪を撫でて、額に口付けを落とす。
 「おれはオマエの声しか聞いてないから別にイイ」
 「む〜」
 「おら、続き読め」
 そう笑ったゾロに、わざと溜め息を吐いてみせながら、またさらに60ページほど読み上げた。
 
 1時間ほど朗読したところで、水袋に入れておいた水が無くなり。
 上がるばかりの気温に喉がカラカラし始めたところで、ギヴアップ宣言をした。
 すい、とゾロの腕が伸びてきた。
 本を木の横に置く。
 
 「アンナさん、強敵だよ…」
 途中から読んでるのも、ワケがわからない一因だとは思うんだけどなあ、と呟いたところで、す、とゾロが身体を擡げ。
 くい、と項を引き下げられた。
 唇が触れ合う直前、ゾロが、アリガトウ、と囁いて。
 「トルストイを1時間もぶっ通しで"読んで"寝なかったのは初めてだ、」
 そう言って、笑っていた。
 
 「…んん、やっぱり寝る本なのかコレ…」
 す、と押し当ててきたゾロの唇を軽く噛んで。
 「でもアナタが楽しかったなら、それでいいや」
 ぺろりとその跡を舐めた。
 
 ふ、と笑ったゾロの髪を、何度か指で梳いて。
 柔らかく唇を繰り返し押し当てて、それからそっと離した。
 
 「ゾォロ…眠い?」
 ふわり、と柔らかな笑みを浮べたままのゾロに訊くと。
 「微妙、」
 微妙な返事が返ってきた。
 「眠る?」
 「どちらでも」
 「んん…じゃあもうちょっとオレ身体倒すから…オレ、ちょっと寝たい…」
 「オツカレサマデシタ。」
 
 アンナさん、強いよ、と呟きながら、身体を少し起こしたゾロの横に、するすると身体を下ろした。
 胸の上、ゾロの頭を乗せて。
 ゾロの胸の上に、手を預けて。
 それから、柔らかな水音に、とろりと意識を滲ませた。
 柔らかな虫の羽音が、夢の中までおいかけてきた。
 
 
 
 
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