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 鳥が頭上で鳴く声で、眼が覚めた。
 ククククク、と鳴くのは、山鳩だ。
 水音は相変わらずやさしく、ゾロの吐息は静かでリズミカルだ。
 
 「ふあ…!」
 ゾロの頭を動かさないように気をつけながら、大きく欠伸をした。
 「―――オハヨウ」
 「ン。オハヨウ」
 起きてたんだ、と笑った。
 「ゾロは眠らなかったの?」
 「目を閉じてた」
 「ふぅん…ヴィジョンは見えた?」
 さらさら、とゾロの髪を梳いた。
 「―――残念ながら。ココは聖地らしいからな、連中もちょっかいを出せないんだろう」
 半分冗談、半分本気のような応えが返ってきた。
 
 「んーそうか。オレも夢見なかったよ」
 するする、とゾロの髪を梳く。
 いい手触り。
 「でもね、アンナさんで一杯になってたのは、どうにか消えたみたい」
 固めの文章の羅列はきれいさっぱりと消え失せていて。
 変わりに、ふわふわとやわらかい感情で埋められていた。
 すう、とゾロが眼を細めていた。
 
 「にゃー…いい天気だねぇ」
 青空を見上げながら、ゾロの髪を梳く。
 熱を含んだ風は穏やかで、甘い水の味がする。
 「あぁ、そうだな」
 穏やかな声がゾロから返ってきて。
 嬉しくなって笑みを零す。
 手に触れるゾロの髪が、若草のようで。
 ここに長くいたら、早く伸びるのかな、と想像した。
 
 「ねーゾロォ、」
 さらさら、とこしのしっかりとした髪を指の間を通す。
 目が、なんだ、と言ってきた。
 「オレの髪、切ったほうがいいかなぁ?」
 襟足が、肩についちゃってるもんなあ…。
 「それとも、いっそのこと。リトル・ベアくらいに伸ばそうか?」
 「あー、それは……」
 むう、とした顔になった。
 「止めておけ」
 「長いのはイヤ?」
 クスクスと笑う。
 
 なんだか、思案顔のゾロの耳のピアスに触れた。
 「悪くないだろうが、」
 「ウン?」
 「……特に見たいとも思わないな、」
 「ンー、そっか。じゃああんまり伸びないうちに、どっかできらなきゃね」
 空いてる方の手で毛先を弄びながら、笑った。
 「ゾロ、切る?」
 まぁ"いま"がいつでもイチバンだろう、とゾロが言ってたのが。は?って顔になってた。
 「オレの髪、切ってみる?」
 
 金色の毛先を、ゾロの目の上のところでフイフイ、と動かした。
 にっこりと笑って見下ろすと。
 「気が向いたなら」
 にっこりと、オモシロソウダ、という顔をしながら、僅かに苦笑も浮べてゾロが言った。
 「ウン、そうだね」
 クスクスと笑っていたら、ちゅ、と下から口付けられて。
 何度も柔らかく唇を押し当てあってから、とろん、と柔らかく舌を絡めた。
 
 「…あまいね、」
 ふわふわと笑いっぱなしだ、オレ。
 ゾロの頬をそうっと撫でる。
 「おまえ、さっきから、」
 ウン?とゾロの目を覗きこんだ。
 く、とゾロが片眉を吊り上げ、きら、と目を光らせた。
 「にゃあ?」
 「ヒトの顔だとか髪だとか。さんざん触ってないか?」
 「うん、触ってる」
 にこお、と笑った。
 「キモチイイの、手触り」
 「フウン?――――料金」
 「料金…?」
 にぃっとしたゾロの翠の目を見詰める。
 「あァ、毎日トルストイ30分だ」
 
 「やぁだよう!」
 良かったな、精々クマちゃんと語り合え、って言ってたゾロから視線を離して、笑い声を上げた。
 「あぁ、あとな?リカルドも混ぜてやれ」
 「もっとやだあ!」
 ケラケラと笑って天を仰ぐ。
 熱心にトルストイについて語り合う、リトル・ベアとリカルドの姿を想像して、また笑いが込み上げてきた。
 「カンベンして、ゾロ!オレ死んじゃうよう!」
 「似た物兄弟だ、アイツラ」
 「うわあああ!!」
 想像するだけで、退屈で死ねそうなオレ。
 その横で、延々と語り合うキョウダイたち。
 「まだ数学の本の方が解りやすいよ!」
 ああ、アンナさん。アナタがオレが初めて嫌いになる女性になれそうです…!
 
 「ゾロ、まけて!」
 「だめだネ。おれは高い」
 「やぁだよう!」
 にかっ、と笑ってるゾロに、むぎゅ、と縋りついた。
 「もうちょっと、なんか、短い方がいい。ゾロ、お願い!」
 「じゃあ、20分だな。これが最大限の譲歩だ」
 とくとくと刻まれる心臓の音を間近に聞きながら、ゾロの胸にヤダ、と顔を埋める。
 「ゾロと一緒なら構わないけど、他はやだよう!」
 「選択肢が、アンナしかねェんだからしょうがないだろ」
 笑ってるゾロの胸に顔を埋めたまま、アンナさんは嫌いだ、とダダを捏ねてみる。
 「まだキス30分とかのほうがいいよう…!」
 
 「じゃあ、昔話で手を打ってやろうか?」
 「…うん、」
 「オマエのコドモのころの話でも、キョウダイどもの話でも」
 はふ、と息を吐いて、漸くゾロの胸から顔を上げた。
 「ウン、そっちのほうがイイ」
 「時間制限は、15分な。オマエ延々と喋りそうだ」
 「オレ、時計持ってないからゾロ、測ってね?」
 にぃ、と笑ったゾロに、イイ、と歯を剥いてみた。
 「さあ?どうせ途中で寝るから責任持てないな」
 「ひっどー!!!」
 
 うわあ、と空を仰いだ。
 くに、と鼻を摘まれて、むが、と抗議の声を上げる。
 「いまのキバ剥いたカオ、ブッ細工だったぞ」
 そう言って。ちょん、と頤辺りに口付けられた。
 「あう」
 くすん、と泣きまねをしながら、ゾロの頬に口付けを落とした。
 
 それでもどこまでも心はふんわりと甘いまま。
 ほわほわとした気持ちを抱えたまま、午後を過ごしていた。
 こういう日常がやってくるなんて、思ったこともなかったから。
 ゾロと一緒にいれて、本当に嬉しい。
 
 ふう、と笑いを納めて、最後に息を吐いてから。
 そうっと呟きに乗せる。
 「ゾロがスキだよ」
 
 
 
 
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