水から上がり、持って来ていた新しいものを着なおし。
一瞬、煙草が吸いたかったが、立ち止まるのも面倒で、そのままティピへと向かった。
サンジに、そろそろ自分の中で準備が整ったらしいと伝えようと思い、そのまま足を進める。
自分の中で切ったリミットは、あと1日か2日だ。

ふと、静かな気配のティピが近づいてき。まだ寝ているのか、と思う。
元からあまりない足音を潜め。すぐ側まで近づけば、なにかが動く気配がしていた。
あぁ、おきてはいるのか。
けれど、特に声も外からかけることはせずに、薄い幕を引き上げた。

すい、と身体を折り、中へ入ろうとした時。
見開かれた蒼と眼差しがもろにぶつかった。
「―――――は?」
サンジの口が、Oの容で開かれ固まっていた。
は?サンジ、おまえなにして――――
漸く、視覚と意識が合致した。
「おまえ、なにしてる―――?」
勝手に声が出て行った。
「……なに、って…?」

伏せた身体を、なかば膝をたて。片手で身体を支え。
Tシャツだけを着ているが、それも背の半ばまで、斜めにかしいだせいで捲くれあがっている。
背中から、踵までぜんぶ晒して。
「だから、―――」

ふ、と。
サンジのもう一方の腕が後ろに伸ばされているのが目に入った。
「んン?」
「なに、って…って…手入れ…?」
入り口から中へ身体をとにかく押し込んだ。

かあああ、とサンジの。
顔といわず肩といわず。
一気に血がさし。
「ハ?」
一層、真っ赤になった顔をみつめた。
そして、ラグの上、転がされた平たいケースを見つけ。
ぎくしゃく、と。イキナリぜんまい仕掛けにでもなったサンジが身体を起こそうとしていた。

「手入れ?」
その背中を掌で抑える。
「んぁ、」
期せずして、という風に。あまったるい声がサンジの唇から漏れ。
身体の奥に僅かに埋めていた指先の存在を、いまになって知った。
さ、とまた日に焼けた背の半ばまで薄く朱がさし。

荷物の中に入っていた、ということなのだろう、ならば。
「クマちゃんかよ」
これは独り言に近いモノだった。
「ク、ゥン、」
仔犬じみた小さな声で唸るようにし。サンジがきゅ、と眉根を寄せていた。
ふうん?クマちゃんか。
サンジの手首をゆるく握り。背中に口付けを落とした。
「辛そうだぜ?おまえ」
「ぞ、ろ…?」

なにいってるの、と。目が問い掛ける。
ことさら甘い声を出してみた。耳元。
「なんでおまえがしてるんだよ?」
く、と耳朶をやんわりと食み、サンジ?と名を落とし込み。
「な、んで、って、手入れ…」
まだ、そうとう驚いて気の周らない様子で、声が揺らぎ。
くう、と息を呑んでいた。

「手入れ?」
「熱、持つか、ら…」
く、と握っていた手首をわずかに押し込むように動かす。
「ん、ン…ッ、ぞ、ろッ…?」
間近で見つめていた瞳が、じわり、と浮かび上がる涙で潤み始め。
びくり、と緩く押さえ込んだ下でサンジの身体が跳ねた。

「なぜ、朝まで待つ?」
目元に口付ける。
「だ、って…、」
「うん、なんでだよ。」
じんわりと手首を握れば。
コドモのような口調で、意識ないもん、と返された。
「体力もないもん、」
じわり、と涙が盛り上がり。ぽろ、と零れ落ちていた。
「バカサンジ、」
「…っ」
ぺろり、とその跡を舐め取る。

「つうか、あのクマ。ソレ、なんでおれに寄越さないんだよ」
ちいさな声で、ぽろぽろと止まらず涙を流しながら、
「朝まで、わかんないもん」
サンジが訴え。
あぁ、ほんとうにコイツはバカだ、と。愛情が溢れた。

「わかんなくさせたくてしてンだからモンダイねぇだろうが」
けれど、勝手に涙声で。
「リトル・ベア、必要な時に使え、って言ってたもん」
嗚咽混じりにサンジが言っていた。
――――ったく、ヒトの話きかねぇバカネコだな。
「サンジ、」
「うぇ…っ、」

ひぃっく、と。
盛大に泣き始めやがった。
「おい、バカネコ、」
手を握りこんだままだったからか、また泣き出してやがる。
「だから、サンジ?」
「んみあああああう」

――――――は??

口を、あん、と開けて。
わけのわからねえ鳴き声だ、つうか。泣き声か??
背中ごと抱き上げ、サンジの胸の前で腕を交差させる。
暴れねェだけ、マシか、とにかく。
「ああああ、もう。泣くな」

肩口に唇で触れ。奥から指を引き抜かせれば、びくり、と身体が震え。
「ふぁ、」
涙声混じりの、かすかな喘ぎを耳が勝手に捕えた。
髪に口付け、名を呼び。
「おまえ、ほんとにわけわからねぇぞ」
カラカイ交じりに本意も混ざる。

「んん、」
「どうせ溶けてるんだから、ヒトに任せておけよ?いいか」
きゅう、と哀しそうなものを浮かべた顔に向かって、ことさらゆっくりと言葉を綴った。
あーくそ。おれはアレか??
ドクター・ドリトルだか、ジェーンだかサリバンだか、ああークソウ。
「だから。ルーティン、もうヒト手間もフタ手間も大差ないんだよ。おもしれえし」

わ・か・っ・た・か、と。
一音一音切り離して発音し。笑いかける。
睫がまだ濡れてるな、しょうがねえな、まったく。
ふい、と目元に口付ける。
「サンジ?」

さらり、と深く呼吸をし始めた胸元を撫で声にだし。
ふう、とサンジが深呼吸を何度か繰り帰し。
ぽそり、と。聞こえないほどの音量で。
「だってゾロにしてもらったら、キモチヨクナッチャウモン、」
零されたセリフが辛うじて聞こえた。
「なっておけよ、」
本末転倒でしょ?と潤んだ目で告げてくるのを遮った。
「ふにゃけたまんま、意識飛ばして寝ちまえ」
額をあわせるように抱きなおす。

ぎゅう、と腕がまわされる。
片手で、放り出されていた平たいケースを引き寄せる。
元から緩くしかフタをしていなかったのか、片手でも簡単に開いた。

「あぁ、熱が出るって…?」
耳もと。音量を落とした声で告げる。
ぴくん、とサンジが声に反応を返してくるのに、かすかに喉奥で笑う。
こくん、と小さく金色のアタマが動き。
「そうか、」
するり、と指でその中身を掬いあげる。
「ということは、あぁ、おれは知らない間に恩恵を受けていた、ってわけだ」
クマチャンサマサマだな、と。からかい混じりに告げ。
どこか必死に、首を横に振るサマにまたゆっくりと笑みが勝手に浮かんだ。
「じゃあ、これからは役割交替だな」

頬に口付け。
ことさらゆっくりと、最奥に指で触れ。
塗りこめながら、また頬に口付け。
ひく、と息を呑んだサンジに。
「緊張するなって、」
やんわりと告げ。
「ちが…っ、」
片腕を、反りかける背にまわし。
シャツの背をきつく握られたのを感じる。

そして、ゆっくりと差し入れ、慰撫することに専念する。
零れる吐息が甘い音を載せるのを、どこか気恥ずかしく感じ。
すこしばかり笑い出したくなった。

熱い息が、肩口に零され。
さらり、と背を撫で上げる。
あぁ、たしかにな。
朝、っていうのは避けた方が良い時間帯だ。




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