水辺に立った。
服のまま、足をいくらか浸した。
ゾロがオレに気づいた気配。
「オハヨウ」
ひらりと手を振ってみた。

すい、と近づいてくるゾロ。
笑って近寄ってくるのを待つ。
「服きたままで泳ぐのが得意になったぞ、」
「もう溺れることないね」
ゾロの軽口に軽口で返した。

水から上がったゾロは、上半身裸で、下はデニムを履いていた。
にっと笑った顔を見上げる。
視界の端で、銀のタグが煌いていた。

忘れていないよ、ジョーン、あなたのことを。
あなたを愛したことも。

不意に頭上、音がした。
高い場所、太陽に近いそこ。
旋回する影、甘く空気を慰撫するような鳴き声。
白頭鷲のソレ。
ゾロも同じ様に空を見上げてた。

「…ゾロ」
「鷲だな、」
「アナタ、すごい運がイイ」
くうっと目を細めたゾロに視線を落とした。
少し首を傾けるように、ゾロがしていた。
「最近、あまり見ないよ。彼らを、この辺りでは」

すぃ、と影がまた頭上を横切った。
ゾロがゆっくりと腕を伸ばし、オレの頬をまだ濡れた指で撫でた。
「砂漠でもまえに見た、って言ってたよな。おまえ」
ゆっくりと穏やかなゾロの声。
「うん、アナタに出会った日の朝に」
笑ってゾロに告げた。

濡れた手をゾロがわざと振って。水滴を顔に飛ばして来た。
クスクスと笑う。
にぃっとゾロが笑った。
とても機嫌が良さそうに。

「サンジ、」
「…行くの、ゾロ」
笑ったまま、訊いてみた。
「あぁ。」
軽く頷いたゾロに、うん、と頷いた。
「――――オーケイ、上出来」
「天上の彼も教えてくれたし…さっき、レッドも教えてくれたから」
すい、とキスを貰った。
「解ってるから、ダイジョウブだよ、ゾロ」
緑の目を見詰めて、囁いた。

「ブッ細工なツラしなかったな、」
そう言って、ゾロがとても優しい笑みを浮べていた。
「うん、いまのところはダイジョウブ」
ふにゃあ、と笑ってみた。

「…いつ、行くの?」
すい、と横切った影は。
一瞬高度を低くしたみたいだけれど、またよりいっそう高く舞い上り。
ゆっくりと遠のいていった。
すう、とゾロの目線も空に移っていっていた。
「今日?明日?明後日?」
影を追うように暫く見ていたけれど、また不意に視線が戻された。
「まだ、アンナが残ってるしな、」

にっこりと笑ったゾロに、手を差し伸べる。
「アンナさんはイイ」
「明日だな。精々朗読に精出してくれよ?」
「ヤダよう」
手を取られて、クスクスと笑った。
「ヤダは無し」
「やぁだ」
「それも却下」

ゾロの首に、空いた腕を絡めた。
くう、っと抱きしめて、じわ、と冷えた身体に体温を移す。
「ヤ」
ぎゅう、とゾロに縋りながら、吐息を首筋に落とした。
「フウン?それもちょっとはそそられるが、無し」
くくっと喉奥で笑ったゾロに、やァ、と甘い声で講義する。

唇を、濡れた肩口に落とす。
「ダメだね、」
ぺろり、と耳朶を舐められた。
「ん…やぁ…っ」
クスクスと笑いながら、肩口に歯を立てた。
ちゅるっという音と共に吸い上げられて、また笑った。
舌先で水滴を捕らえ、飲み干す。

「…ゾロ、」
くう、とまた抱きしめられて、笑った。
「色仕掛けは効きません」
からかっているゾロの声に、ケチ、と小さな声で講義。
ザンネンデシタ、と言っているゾロの声を聞きながら、舌先をそっと滑らせる。
ゾロの真新しい疵の上に。
ここに、オレの心を置いていこうか?
少し動いた肩に少し笑いながら、舌で辿る。
ぺろり、と全体で舐め上げる。

「んん…」
目を閉じて、僅かな皮膚の痕を辿る。
「なんだよ?」
優しいゾロの声が訊いた。
「愛してる」
疵の上に口付けを落とした。
言葉をそこに封印する。
「あぁ、」
とても静かなゾロの声。

ゆっくりと顔を上げて、ゾロの緑の目を見上げた。
「覚えておいてやる、」
「うん、」
今日見た風景を。
ゾロと一緒に今日まで見てきた風景を、忘れないように。
記憶に仕舞い込んで、ゆっくりと笑う。

ゾロの両腕が、オレの頭ごとぎゅうっと抱きしめてくれた。
ゾロの背中に両腕を回して、きゅう、っと抱きつく。
「忘れるかよ、」
耳に届けられた呟き。
「…ウン」

誰よりも、愛してるよ、ゾロ。
誰よりも、深く。




next
back