終わりが見えたからといって、別に感情に変化の起こるはずも無く。
そもそも、この「聖域」での時間の方が異質であったのだと感じる。

多分、二度とは訪れる事は無いにしても、水辺の匂いであるとか、滝音、陽射しの色、そういったモノは
自分の中のどこかへ仕舞い込まれて行くのだろう。忘れられることは無く。
何となく、ではあるが。
そういったものの集まる場所のまたさらに底の奥、あの「ちび」がいそうなが気がしていた。

フン、ちび。
精々、大人しく眠っていやがれ。

約束通り、トルストイを30分読ませ。
木漏れ日を眺め。
話は追わずサンジの声のトーンだけを耳が追いかけ。
「ラストはオマエが一人で読んで泣け、」
「ええええ?」
幹に背中を預けたままで言った。
サンジが膨れっ面を作っていた。

そんなカオをしても却下だ、と。そういったような軽口を言い。また空に目を戻していたなら。
サンジが。なんだよそれ、としか表現しようのないカオをつくっていた。
「べつにいまからずっとおまえがそれを一人で読んでいても構わないんだぜ?」
「…んー……イイ、」
そう告げて、腕を伸ばし身体を寄せ。
サンジの髪を手で掻き混ぜた。

どこか、じわりと感情が傷むような笑みをそのカオが過らせたのを目が捕えていた。
一瞬目を閉じる。
なにをするにしても、どうやら人生には極端な選択が多いらしい。
例えば、いま在るこの場所を出て行けば。おれが動きだすのは、まず第一に「粛清」だ。
目を光らせておれの帰りを待っているのは猟犬なんてカワイイものじゃなく。ギリギリまで撓んだ熱を溜め込んだサメに
近い。回遊でもして気を紛らわしているんだろうか、あいつら。
それにしても極端な隔たり。―――――おれに限るのか?




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