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 例えば、明日死ぬって解ってたら。
 ヒトはこうやって過ごすのかもしれない。
 
 穏やかに、ただ穏やかに。
 話をして、触れ合って。
 美味しくゴハンを食べて、また触れるだけ触れ合って。
 交わす口付けも柔らかく。
 触れる指は、甘く優しく。
 いくつもの激しい情交を重ねてきたけれど、いまはただ優しくひっつきあって。
 数少ない荷物などを纏め、翌日、最小限の仕度でこの場所を後にできるよう、片付けた。
 
 そして、夜がやって来る。
 太陽と共に甦り、闇が来るたびに死ぬ、という、そういう考えを持った種族のことを話してくれたのは、兄弟子だ。
 一日、一日を新しく生き。
 夜は闇に委ね、安寧を求む。
 
 今日、この夜。
 多分、オレは一度死ぬんだろう。
 実質的にではなく、精神的に。
 
 偉大なティラワ(太陽)がオレを甦らせ。
 明日には新しい"サンジ"として歩いていくのだと感じる。
 脱皮する蛇の気持ちに似ているのかもしれない、と。ゾロの横で星空を見上げながら、そんなことを思った。
 
 死んでいくオレは、多分。
 ゾロの中で眠るジョーンに近い存在なのかもしれない。
 きっと誰もがどこかで通り抜ける儀式。
 人生という道の中で、何度か繰り返し行われること。
 
 明日からのオレは、ゾロの真横にずっと在れるわけじゃない。
 けれど、ゾロと一緒に歩いていくから。
 すう、とゾロに抱き寄せられて、身体をその腕に委ねた。
 だから、死んでいくオレを、ジョーンに残していこう。
 彼はオレが最初に愛した、魂だから。
 
 「ゾロ、」
 囁きを闇に滑り込ませる。
 「アナタを愛してるよ」
 穏やかな気持ちで、身体を預けた。
 ふ、とゾロがオレの顔を覗き込んできた。
 闇を溶かし込んだ瞳が、そこに在った。
 「愛してるよ、誰よりも、なによりも」
 
 手を伸ばし、ゾロの頬に触れてみた。
 「誰とも分ける気はないぞ、」
 呟きに近い声。落とされて、笑った。
 「全部、アナタのだよ、オレは」
 目を瞑り、闇に解けるように意識を研ぎ澄ます。
 
 森のキョウダイたちのことも。
 家族のことも。
 他の全てのことも、全部、この瞬間は、消え失せて。
 "サンジ"だけになった意識を、ゾロの前に差し出す。
 
 「たとえ、おれ自身だとしてもソレは我慢ならねェな、」
 続けられる声に、暗にジョーンのことを言っているのだということに気づく。
 聡いね、ゾロ。
 でも、彼も。アナタの一部なのに。
 アナタの核心を象っているものなのに。
 嫉妬、してくれるんだ。
 
 「あいしてる、って言って」
 強請る、言葉を。
 音にされなくても、感じ続けていることだけど。
 何度も口にしてくれた、言葉だけれど。
 「その言葉は好きじゃない、」
 す、と目を細めたゾロを見詰める。
 「じゃあ、アナタの言葉で」
 
 狂おしいくらいの熱が、不意に内に宿った。
 泣きたくなるくらいに、苦しい程の熱さ。
 「おまえのいない場所では死なない、」
 「…うん」
 聞き取り辛いくらいに低められた声に、微笑む。
 「おまえの在る場所で生きる」
 もっと低められた声。
 さらり、とゾロの頬に指を滑らせる。
 「…嬉しい」
 「愛しているよ」
 
 祝福でも、呪いでも、なんでも。
 心に刻み付ける、音にされた全てと、無言で渡された全てを。
 冷たい冴えた光が、暗い双眸に煌いた。
 「…ゾロ」
 
 クルオシイ、という感情を、不意に理解する。
 死にいくコドモを焼く炎。
 冷たい指先が、唇に押し当てられて。
 目を閉じて、その指先に口付けた。
 
 オレは、アナタが好きです。
 優しいトコも。
 厳しいトコも。
 傷付いたトコも。
 闇に包まれたトコも。
 そのままの容のアナタを、あいしてるよ。
 
 「戻れば。狩りの再開だ、血が流れる。それでも、おれはおまえの頬に汚れた手を押し当てる、」
 先を見据えているゾロの声。
 今宵、死ぬのはコドモのオレだけじゃない。
 ゾロも、多分。
 「おれの愛情なんざ、そんなモノだ。バカサンジ」
 
 目を開けて、押し当てられたままのゾロの指先を舐めた。
 柔らかく舌を滑らせ、口に僅かに含み。
 牙を立てる。
 
 オレの愛情は、多分。
 獣の性質のモノだ。
 ヒトの理に括られない、ただ湧き上がるままの感情を。
 オレはそのまま、ゾロに差し出すだけ。
 
 じっと見詰められて、くちゅ、と吸い上げた。
 愛情を食って生きられるのなら。
 オレは4つ足の獣になって。
 アナタの愛情だけを食べていくのに。
 血塗れでもなんでも。
 それが、アナタがくれるものならば。
 
 「それでもおれは。おまえだけをいとおしい」
 目の先で、ゾロが口許を歪め。
 「そう、心の深くから思う」
 
 ぺろり、とゾロの指を舐めてから、口を離した。
 「アナタだけだよ、ゾロ、オレが番うのは」
 最初にゾロを好きだと気付いた日から、今も変わらない想い。
 ゾロの眼に、また光が過ぎっていった。
 「他の誰も、何もいらない」
 
 ゾロが少し、息を吐いた。
 溜め息に近いソレ。
 「はやく朝がくれば良いと思う、」
 僅かに苦笑した顔を見詰め、笑った。
 「けどな?」
 見詰めたまま、首を傾げる。
 
 さら、とつめたい指先が頬を滑っていき。それから髪の一房に絡めていた。
 先を待って、闇を含んだ緑を見上げ続ける。
 「いまこの瞬間、ここが海底に沈めば良いとも思うぜ?」
 キツイ眼差しのまま、言葉を音にし。柔らかな笑みを口端に刻んだゾロの唇を、舌先で舐めた。
 
 
 
 
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