第11章
Sunday, August 18
出発をしたのは夜中で。
星と、サイアとファルたちの知識をもとに、帰途に着いた。
コロラド川を浅いところで渡り、まだ滑らかで足元が固まっている崖をゆっくりと上っていった。
深い木立を抜けて、すう、と闇から光へと空気と空が済んでいくのを感じながら。
目指すのは、師匠の家。
約2週間ぶりに、ヒトの輪の中に戻っていく。
オオカミたちの声が、不意に懐かしく思えた。
ゾロはずっと前を見詰めたきり、何を言う事もなく黙々とサイアに揺られていた。
日に焼けて、少し引き絞られたような印象がある。
いくらしっかりと食べていたからといって、いいダイエットじゃなかったし。
少し、痩せちゃったかなあ…?
木立の間から、光が広く見え始めた。
もうすぐ森を抜けてしまう。
ふいに、空気が変わる。
ヒトが集まっている気配がし始める。
「サンジ、」
低い声で呼ばれて振り返った。
「もうすぐだよ、ゾロ」
笑って返した。
「戻ってきたな、」
そう言って、ゾロが少し笑った。
「うん、戻ってきたねえ…」
この瞬間は、いつもどこかが痛む。
森の一部になりきれない自分を鮮明に感じとるから。
「ちゃんと、順応しろよ?」
からかう口調のゾロに、笑いかけた。
「大丈夫、ちゃんとヒトだから、オレ」
木立が切れた場所から数メートル進んで、崖を上りきる。
「キャンパスで兎を狩るな、ダッキーと池で泳ぐな、ああ、あとは、」
ゾロがからかってきている。
ああ、アナタも。
オレと離れるの、寂しいと思ってくれているのかな…?
「実験用のマイスも食べないよ、大丈夫」
ひらひら、と手を振る。
「―――――そうか?上等」
ゾロこそ――――――
ああ、告げる言葉がないな。
シマッタ、今から泣きそうになってどうするの、オレ。
空を見上げた。
明けきって眩しい太陽。
キラキラと煌いている。
白い雲が少し滲んだ。
ハ、と息を吸い込んだ。
深呼吸、ゆっくりと瞬きを繰り返して。
視線を下ろす。
遠く、家が立ち並んでいるのが見え始めた。
ゾロがじいっと見てきてたのを感じて、横を向く。
「…リトル・ベアが、戸口にいるよ」
涙を飲み込んだ声だった。
視線をあわせて、その所為で少しばかり掠れたそれが告げてくる。
視線を先へ投げる前に、柔らかくそれでも笑みを浮かべていたのを捉える。
集落のハズレにある家が見えた。随分と遠くに。そして確かに、入り口あたりに人影。
「待っていられても、別にナ?」
「わは!!そぉ?でも誰も待っててくれてないと…サミシイヨ?」
サンジの声が、すこしばかり元のトーンに戻っていた。だから、気付かない素振りでいた。
「そういうものか?」
おれは、誰もいないときがあればガキながらえらく嬉しかったけどな。
ほんの2−3分でも。
「ウン…一人だとさ、戻れないから、ヒトに」
あぁ、そうか。コレは野生児だった。
「聖地」での何日間のことを思い返した。もう、ひどく遠いことのように思える。
記憶の壁の一枚向こうにしまいこまれてでもいる感じだ。
「最初にコトバが出てこないんだよ、」
そうサンジが笑っていた。
フゥン?挨拶がオオカミ語にでも?そうからかうより先に。
「変わりに。"ウワォアン"って言っちゃうの」
そう笑っていた。
「フウン?じゃあ。"オカエリ"は?」
「"アゥフ"」
軽口で返しながら、それでも頭のどこかで。じぶんはきっと、あの場所へ戻る事は無いんだろう、そう確信にも似て思った。
記憶の底へ潜っていけば、あの静謐が待っているわけか。
ゼンだかニューエイジだかのフィロソフィみてェだな。ラシクモナイ。
あのバカ。ニューエイジ連中の本拠地に住んでいるキョウダイ分。アレにだけは何があっても言えねェぞ。
死ぬまで笑いやがるだろうから。
サンジの笑っている声が意識に届いた。
あぁ、機嫌が浮上してきたか?ヨシ。
「それで顔中舐められて、地面を転がるんだよ」
「ふうん?じゃあおれは――――」
「ウン?」
「オマエが口を"A"に開いたらドアを閉めるぞ」
笑った。
あー、くそう。
クマちゃんの影がはっきりしてキヤガッタ。
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