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 また、とんでもなくでかい笑い声が風呂場まで響いてきていた。
 クマチャンが何でもない風に持ってきた着替えは、ここにアレが来ていたことを完璧に主張していやがった。
 礼もそこそこに着替える。あっちぃからタイは勘弁しろ、と思ったなら。――――嫌味のつもりか偶然か。
 ノータイでもモンダイネェのを選んでいたわけだ、優秀なる子守りは。
 
 顛末をきく羽目になるのかどうか、微妙なところか?
 ここから空港まで行って、どこかでトランジットだな、多分。
 あぁ、もしかしたらLAX辺りか、そこからラガーディアだな。
 ロスの連想からバカの顔が浮かんだ。――――会っておくか、相談事もあることだしな。
 
 連絡を、と思ったならポケットにケイタイが突っ込んであった。
 フン?
 用意のよろしいことで。
 
 風呂場から出たなら、こんどはサンジがなにかわあわあ言っている声だ。
 賑やかだなこの家は相変らず。どうせサンジが、じーさんからセクハラ言動でもじじい得意のネタでも振られて騒いでいるんだろう。
 流れる空気が、澄んでいる。あぁ、いまなら判る。この感じは、あの場所に近いのか。
 道理で、居心地のよさと、決まり悪さが混ざった気分になるわけだ。
 
 居間に戻れば、じーさんがテーブルで何食わぬ面をしてタバコを咥えているその向こう側、サンジとクマちゃんがなにか話している風だった。
 そして、相変らずのバカネコぶりを目撃した。
 
 ふにゃ、とした笑みを浮かべたサンジを風呂場に追いやってから、クマチャンに何件かデンワを入れると告げた。
 「どうぞ、」
 静かな動作で部屋の隅のデンワを指していたが。ポケットからケイタイを取り出した。
 「おっかねぇのの置き土産」
 「ああ、なるほど。用意周到だな、あれは」
 「鳥獣対決のライブが見られなくて残念だぜ」
 
 にぃ、と笑って寄越したクマチャンの背中に言った。どうやら、クマチャンはいまから昼の仕度でもはじめる気だ。
 じじいは、にぃいいと口の両端を吊り上げていた。あぁ、あんたはそれをみていたわけだな?クソろくでもねぇジャッジじゃねェかよ。
 
 客間へ向かいながらメモリを見れば、まさに同じ分類で笑っちまった。
 ディスプレイに「Stuido(バカ)」の文字。呼び出す。2コール、どこかへ転送される間合い、そしてまた2コール。
 「よぉ、血管切れてねェかオマエ?」
 子守りへまずデンワ。
 
 
 
 
 シャワーを浴びると、ヒトになった気分になるのは。きっと、それがいつもオレが森から帰ってくる度に繰り返してきたことで。
 何時の間にか、一種の儀式、みたいなものになってしまったからだろう。
 真っ白い泡が排水溝に消えていくのを目で追いながら、溜め息。
 もうすぐ、ゾロ、行っちゃうんだよね…。
 
 滝壷の側、聖地で過ごした日々は。大切な時間として、特別な区切りを持っていた。
 逃げる、というのもヘンだけど。
 ひとまず、ゾロと二人きり、ほんとうに二人きりであることを半ば強引に許してもらったわけだから…
 「もうワガママ、言ったらだめだよね、」
 落ちてくる水滴を浴びながら呟く。
 
 水を頭から浴びて、思考を止める。
 時は流れていて、ゾロも、オレも。本流に戻らなきゃいけない時が来たことを。
 …もう少しだけ、気付かないでおきたかった。
 ムダな努力、なんだけどね。
 
 オレは…どうしようかな。
 ひとまず、ゾロからがオオケイが出るまで、多分…うろうろしない方がいいんだよね。
 デンヴァのレストランの駐車場で狙われたんだから、フォート・コリンズにいたって安心とは限らない。
 かといって……ヴェイルの家にいるのは…ダメだし。寂しかったらつい、群れの中に戻れちゃう距離だから。
 
 砂漠の家、もう何日帰ってないだろう?
 バイト、休むって言ったっきりだし…。
 今年の夏休みはもうすぐ終わる。
 契約してた期間は、あと2日で過ぎてしまうし。
 …行けません、って言ったほうがいいのかな?
 後でリトル・ベアに相談しよう。
 
 うん、戻るなら、砂漠の家、かな?
 砂の中の一軒家。
 歩行で来るのはまず無理だし。
 車で来たならば、一発で解る。
 ああ、でも…そしたらオレ、逃げる場所がないか。
 わざわざ家の中まで入ってこないで、火を点けられたらきっとあっけなく燃えちゃうだろうし。
 ……かといって、街のホテルじゃ……ダメ、なんだよねえ。
 オレ、どこにいればいいんだろう?
 ここ?
 師匠とリトル・ベアを、巻き込んでしまわないかな…?
 
 身体中をくまなく洗って、新しく手渡されていたタオルで拭いた。
 バスルームをシャワーで流してキレイにし。
 それから、手渡されていたオレの服に着替える。
 ここに置いておいた物、デニムとTシャツ。
 
 鏡の中の自分を見た。
 日に更に焼けて、髪が明るくなってた。
 伸びて顔の周りに流れていて。
 
 ……知らない顔、してた。
 オレの顔のはずなのに……少し、オレも痩せたのかなあ?
 なんか…ちょっとだけ、セトに似てる。
 目を細めてみた…あ、セトがよくする顔だコレ!
 ふうん?面白いねえ…。
 あ、しかも。
 「背…伸びたのかなぁ?」
 記憶に残ってたのより、ちょっとずつチガウ風景に、漸く納得がいった。
 
 うん…オレ、やっぱり。前のまんまじゃないんだね。
 だったら。
 泣かずに、ゾロを見送れるかな?
 ゾロは…オレが泣くのはキライだっていうし。
 うん、頑張ろう、オレ。
 記憶にあるなら…やっぱり笑った顔がいいだろうし。
 
 「よし!」
 パンパン、と顔を掌で挟んで気合を入れた。
 「泣いたらアウト!」
 言い聞かせてバスルームを出た。
 
 ゾロは、あとどれくらいで。
 オレの側から行ってしまうんだろう…?
 
 
 
 
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