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 NYCまで戻るフライトの手筈を整えさせて、デンワを切った。一切の詮索も、お小言も現時点ではゼロ。
 と、いうことは、やはり怒り心頭、ってことだ。
 デンワ口などで言うことじゃないとも思っているんだろう。あの声のトーンは、裏に含むモノが多すぎる時のだしな。
 まず第一声が。
 『やっと御目覚めですか、ゾロ』
 これだった、相当嫌味なヤロウだ。おまけにあの妙に耳の居座る「美声」っていうんだから始末が悪い。
 
 とにかくヴェガスからの便で戻るなら、乗り継ぎはLAX。丁度良い。
 あのバカにあって、おれが『遁走』してからのフォローを聞いておいた方が賢明だ。手ぶらでペルに会うなんてサイアクの事態は避けねェとな。
 
 2件目。
 これも転送されて、5コール。内心で毒づき始めた頃に妙にキレイなイントネーションでバカが出た。
 『お?ロミオが生きてる』
 イキナリそれかよ、てめえ。
 
 LAX、まで来られるかと聞けば、すう、とからかいまじりの陽気さが声に混ざった。
 『いつ?明後日とか明日とかかよ。もうコッチにオマエ帰って来るンだ、』
 今日だ、と告げれば。大げさな感嘆詞の連続。
 ジュリエットが泣くとかなんとか、――――相変らずこれは頭がイカレてる。
 
 「だから!オマエは来るのか来ないのか、どっちなんだよ」
 『行ってやるよ、乗り継ぎ時間寂しいンだろ?』
 「気が変わった。ルーファスだけで良い」
 『ありゃ―』
 けらけらと大笑いしてやがった。
 
 構わず便名と到着時間を告げれば、わかった、と若干声のトーンを戻して言っていた。
 『ゲートまで行ってやる。メンドウでも外まで出てこいよ?』
 「あぁ。ここ2週間ばかりの動き。ざっとでいいから聞かせてくれ」
 『ふゥン?いいぜ。あ、でもオマエの駆落ち話はしてくれなくて良いからさ』
 「アホか、」
 『まあまあ、そう言わずに。じゃあ、大体あと7時間後か。会おう』
 
 ぱつ、とコールが切れていた。相変らず、なマイペース振り健在とでもいったところだ。が、ペルに言わせれば、まだコイツの方が「遥かに行儀が良い」そうだ。
 ケイタイを掌の上で放りながら、客間を出た。
 あとは、ヴェガスまで行くだけだ。
 
 廊下で、ふ、とエンジン音が耳についた。
 ―――――ん?
 あぁ、これは。
 フォードのピックアップの音だ。砂漠の家で何度も聞いた。
 リカルドだ、丁度良い。デンワする手間が省けた、あぁ―――まぁどうせクマちゃんあたりの差し金だろうけどな。
 
 居間に戻ったのと同じタイミングで、扉の叩かれる乾いた音がした。律儀な弟なわけだ、これは。
 
 
 
 扉を開けて出た瞬間。遠くで聴こえてた車の排気音。
 びく、と一瞬足が立ちすくむ。
 けれど。
 「よお狼」
 聴こえてきたのは、リカルドの声で。
 ほっと気持ちが落ち着いた。
 誰かがゾロを連れに来たわけじゃないんだ。
 リヴィングに抜ける扉を開けた。
 
 リカルドが、ゾロと握手していた。
 「悪かったな、いきなり消えて、」
 ゾロが笑っていた。
 そしてリカルドも。
 「驚いたがな、まあそういうこともあるだろう」
 
 ふい、とオレに気付いたリカルドが、すい、と手を挙げてくれた。
 「ビジンになったな、サンジ」
 ……はい?
 誰がなんですか?
 
 「すっかりオトナの顔になったな」
 そんなことをゾロに言ってた。に、って笑ってるし。
 …リカルド???
 
 「あぁ、まだ中身はガキのまんまだぜ?」
 ゾロもにぃ、って笑ってた。
 「歌が上手くなったと聞いておる」
 「し、師匠…?」
 誰に聞いたの、そんなこと?
 
 「言ってねぇよ、」
 ゾロが苦笑していた。
 「まぁ健康そうでなによりだ」
 リカルドが、く、と笑って。
 ひょいひょい、って手招きされた。
 ん?なんだろう?
 
 ゾロの隣に立ったら。
 すい、とリカルドの腕が回された。
 ゾロの首にも、同じ様に回して。
 ワラパイ語で呟いてくれた。
 『偉大なる霊の導きがあるように』と。
 ゾロがすう、と眉を引き上げていた。
 
 うわ、リカルドに祝福を貰っちゃったよ!
 しかも、めったに口にしないワラパイ語で!
 「リカルドにもね」
 笑いかけると、にこ、と笑ったリカルドが離れていった。
 
 「なんだ、今のは」
 オレとリカルドを見てるゾロに、リカルドが笑って、
 「お節介」
 って言った。
 「祝福をくれたんだ、ゾロ。アナタとオレに」
 ゾロの肩にこて、と額を押し当てた。
 「――――――フゥン、」
 それがゾロの応えだった。
 …リカルドから貰うなんて…ほんとはすっごいことなんだよ?
 
 「リカルド」
 「アルトゥロ」
 キッチンから顔を覗かせたリトル・ベアに、リカルドがひら、と手を振って。
 「相変わらずの的中率だな」
 そう言って笑っていた。
 …ん?てことは、リトル・ベア、啓示があったのかな…?
 
 「デンワだろ、」
 そうゾロがオレに言ってきた。
 「電話?」
 電話…誰から誰へ?
 「ゾロ?」
 ハナシが読めないよ…?
 「クマちゃんから弟クマに、バカが帰ってきたから来いとでも」
 言ってたんじゃねぇの?とゾロが言葉を続けた。
 「ああ、そっか」
 うん、そうかもしれない。
 
 居心地のいい部屋の中。
 ここになじんでいる魂が2つと。
 ここに留まろうという魂が2つと。
 飛び出していこうという魂が一つ。
 ゾロの気配、外に向かって広がっていってる、もう。
 「…いつ、いくの?」
 
 
 
 
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