「すぐにでも、」
いついくのか、と聞いてきたサンジに告げる。その声が微かに揺れるようだったのを気付かない振りをした。
そして、クマチャンとリカルドがキッチンへと向かう背中に目をやったままでいた。
隣りの、すぐ側にあるサンジの気配がまた少しだけ気落ちしたモノに代わっていたけれども、そう、と答えて視線を落としていた。
「おい、オレら昼メシなし?」
リカルドの顔がキッチンから覗いていた。目をあわせて、わらう。
「クマちゃん特性のテイクアウトでも頼もうぜ」
「アルトゥロ!聴こえたか、今の?」
燻製の鮭はご免だけどな、と軽口を追加する。
けらけらと笑ったリカルドに返せば、クマチャンの声が聞こえた。
「人使いの荒い仔犬だ」
わざと溜め息のオマケ付き。
「あぁ、使えるものはクマでも使うぞおれは」
ざまぁみろ、と笑う。
「少しはオトナになったかと思いきや、仔猫だけだったか」
「アルトゥロも言うな!」
「お生憎様、おれは忙しかったんでね」
リカルドの笑い声も混ざってキッチンから聞こえる。
「はは!狼、自慢か!!」
じじいが、テーブルから声に出さずに『横を見ろ』と言って来ていた。わかってンだよ、うるせえな。
く、と。腕を引かれた。
視線を漸く隣りに戻した。
ひどく小さな、聞き取れないほどのサンジの声。
「オレはどこにいればいい……?」
まだ、俯いたままで言葉を、どうにか、といった風に洩らしていた。
くしゃり、と俯いたままの頭に手を乗せ、そのまま髪を掻き混ぜた。
「ここにいろよ、」
「迎えに…来るまで。ここに、いるよ…?」
「あぁ、信じて待ってろ」
「…ゾロ、」
さらり、と髪を撫でてから手を浮かせれば。ゆっくりと顔を上げたサンジが抱きついてきた。
背中に手を休め、細い身体を受け止める。
酷く必死な様子でサンジが腕の力を強めていた。勝手に笑みが浮かぶ。
「ほら、離れろ。押し倒すぞ、」
「ヤダ…もう少しだけ、」
こうしてる、と多分続く残りのコトバを押し込め、揺れる声のままに必死にサンジが涙を留めてでもいるようで。
休めていただけの手を項から柔らかな金色のなかに差し入れる。
そしてまだ微かに水を含んでいる髪に口付けた。
「ワガママ、」
笑い声混じりに言って。
髪を軽く引いて顔を上向かせる。
潤んだ蒼が揺れていた。見つめる。
「なァんだよ、泣き顔拝めるかと思ったのに、」
目元に唇で触れた。
ぽろり、と。涙が零れていった。それを啄み、ふわり、と柔らかな笑みを浮かべたサンジをゆっくりと抱きしめた。
「ゾロのいじわる、」
「今更、」
耳もとにコトバを落とし、軽く口付ける。
「I love you so much,」
アナタをアイシテルよ。
潤んだままの眼差しをあわせ、またふわりと笑みをのせてくる。
頬に掌を添わせた。ゆっくりと涙の零れ落ちていった線を辿る。
「ナルホド、」
そのまま、頬を少しだけ指先で摘んだ。
「泣いたっていいぜ?痛かったら」
わらって、ハナサキに口付けてみた。
痛かったら泣いてもいい、って言ったけど。
…痛いけれど。
泣かない、って決めたから。
「…Kiss me before you leave me, Zoro」
行ってしまう前に、キスして、ゾロ。
囁きを落とす。
ゾロが、むに、とオレの頬を抓って。
そのまま、に、としてキッチンに行ってた。
…ゾロ、絶対に、だよ?
なにか、いろいろとキッチンでゾロが言ってるのが遠くに聞こえる。
アタリマエな、風景――――"フツウ"ならば。
すぐにでも座り込んで、泣きたい気分だ。
やらないけど。
ゾロがすぐ側にいないだけで、もう寂しくなっている。
「…なかないもん、」
呟く。
言い聞かせるみたいに。
じっとゾロの背中を見詰める。
ゾロの相手…狩りのエモノ。
誰、なんだろうか、オレには見当が付かない。
解っているのは…ゾロは向こうに帰っても。独りじゃないだろうってこと。
それだけで……。
テーブルから師匠が見上げてき。
「シンギン・キャット、ムリをしておるの、」
って笑われてしまった。
細く長く、煙が吐き出されている。
「いまが…頑張るときだから、」
師匠に笑いかけて、その隣に座る。
「やっぱり……覚えてて欲しいのは、オレの笑ってる顔だし…?」
暫くの沈黙を挟んでから。師匠が、
「リトル・ベアを手伝いに行かぬか、」
って言ってきた。
「…行ってきます」
頷いて立ち上がる。
最も、キッチンにはリトル・ベアとリカルド、そしてゾロが行ってるから。
中に入るよりは、そとからゾロにハグ、かな。
でもそれって。手伝ってるって言わない、かな?
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