クマのキョウダイが並んでいる後ろから適当に注文をつけていた。
一体何を持たせる気だ、と言って。
「サンドウィッチだ、」
アタリマエだ、とでもいう口調のクマチャンに、片手で食えるものでそれ以外があれば知りたいもンだと返して。
リカルドが、中身はバーベキューチキンに見える、と追加していた。
想像する、小難しい顔でグリルの前に立つクマちゃんとじじい。
「―――――微妙な絵柄だな」
半分独り言だったが。
クマちゃんがどうやら笑ったらしかった。
「チリドッグもあるぞ、」
リカルドが肩越しにちらりと振り返り、中々うまそうだ、と付け足していた。
「フウン?じじい用に減塩じゃねぇと好いな」
「お望みならハラペーニョを追加するが?」
あのじじいは、岩塩でもマル齧りしてやがりそうだけどな、実際は。
「追加希望、」
「なんだ?」
「テキーラでも」
軽口で返す。
気分が、何か膜を一枚通しでもしたようにどこか浮ついて薄い気がするのは多分。
「ここ」を離れる準備を勝手にアタマがし始めているんだろう。
意識の一つ下の階層に「日常」をゆっくりと仕舞いこんでいく。
ここから先しばらくは、「いままでの暮らし」に舞い戻るわけだからコレは不要だ。
そんなことを考え、一言で言えば「あほか、」そんな顔を作って寄越したクマチャンに向かって、に、と笑みを刻んでみせた。
ほら、とでも言うように淹れたてのコーヒーを……あー、マホウビン?そいつに注いでいた。
「そいつは―――」
コトバの途中で。
サンジが背中越しにぴたり、と身体を寄せてきた。
目を落とせば、腕が交差されていた。
体温が流れ込んでくる。
その手の甲に指さきを何度か滑らせた。
髪の揺れるひどく微かな音がして、背中にネコが頬擦りしていた。
剥き出しの腕が、やはり日焼けしていて。不意に「サンジ」だな、と意識が揺れた。
愛情に違いないもの。
「絞め殺す気かよ?」
コトバを落として。
さら、と腕に掌を滑らせた。
「さあ、できたぞ」
クマチャンの声が届いて、次いでリカルドががさがさ音をたてながら「テイクアウト」を茶色の紙袋に入れていっていた。
正真正銘の、「ブラウンバッグ・ランチ」、ってヤツだ。
「フウン?正統派だな」
「なんならシリアル・バーとリンゴも付けようか」
ひら、と茶色の包みを自慢気に掲げて見せながらリカルドが笑っていた。
「止せよ、スクールバスにでも乗る気か?」
わらった。
できたぞ、ってリトル・ベアの声が届いていた。
ぎゅう、とゾロに回した腕に一瞬だけ力を入れる。
さっき、すぐにでも行く、ってゾロが行ってたから…きっともう、行ってしまうのだろう。
するり、とゾロに回した腕を解す。
する、とゾロが肩越しにオレを見てきた。
「テイクアウト完了」
少し面白がってるような声が響く。
「…どこから行くの?」
フェニックスからかな、ラス・ヴェガスからかな?
ここからだと……ああ、ヴェガスのほうが近いかな?
ゾロ、飛行機…きっとまだ苦手だよねえ?
「ヴェガス」
「ああ、ルート66を上がっていったほうが早いんだ、」
「あぁ。リカルド。オマエ、連中のショウ観て帰ってやれよ、」
そう言って、ゾロがくくっと笑っていた。
オレをみて、そうだな、って笑いかけてくれた。
「ヴェガスからロスまで、乗り継いでNYC、」
声がウンザリしてて笑った。
そっか…長いフライトだ。
家に着いたら…電話とか、くれるのかなあ?
「オレも見送りにいこうか?」
「あのな、」
「うん?」
ゾロの眉が跳ね上がっていた。
「バカか、オマエは」
見送らないほうが、いいのかなぁ?
ゾロの目が笑ってた。
「どうしてそういうことを思いつくんだよ、」
「…うん、なんか…足掻いてるみたい、オレ」
くすん、とゾロに笑いかける。
ゾロと一緒にできるだけ一緒に在るために。
どうやら、オレは足掻いているみたいだった。
「大人しくしておけ、」
「……うん、」
とす、と額を指で小突かれて笑った。
それより…キスがいいのに。
「そういう顔はするな」
からかってくるゾロの声に、また笑う。
「……うん、」
「客間に連れてって喰うぞ?」
ゾロの目が、少し本気の気配を帯びていた。
「…うん、」
「うん?」
に、とゾロが笑っていて、くしゃん、と笑う。
オレを喰ってる間に、片が付いてしまうのなら…それが本当は一番いいんだけどね。
ゾロの苦笑、ますます深まっていた。
けど、そんなこと…ありえないの、知ってるから。
ひとまず、ちゃんと。いってらっしゃいって、言うけど。
「何時のフライト?」
訊いてみる。
「5時台、」
ちらり、と壁にかかっている時計を見る。
ああ、ほんとに…もう行かなきゃいけないんだね、ゾロ。
「もう出かける」
「…うん、」
オレの顔を覗き込んできていたゾロの首に腕を回して。
「イッテラッシャイ、」
言葉を告げる。
「気が利くクマキョウダイだな、」
きゅう、と胸が痛んだけど。気付かないフリ。
すい、って顔が近づいてきた。
自分から、唇を押し当てた。
いつのまにか、リカルドとリトル・ベアの姿はキッチンから無くなっていた。
裏口から出て、車に積みに行ったらしい。
ゾロの目元、優しい笑みが一瞬過ぎっていった。
くう、と腰を引き寄せられて、抱きこまれる。
「…イイコで待ってるよ、ゾロ」
呟いて、ゾロの首元に顔を埋める。
「戻るから。……待ってろ」
そうっとコトバが降ってきて。
す、と顔を上げさせられた。
唇、重なって、深く合わせる。
アナタに、偉大なる霊の加護を。
心の中で祈りを告げる。
外でエンジン音が響いてきた。
行かせたくない…けれど、行かせなきゃ。
次に、進むためには。
唇、甘く噛まれて。
場違いに、ずくん、と胸の奥が痛んだ。
す、と唇が浮いて、口付けが解かれる。
「気を付けてね、」
笑いかけてみた。
本当は、泣きそうだったけど。
目元に口付けられて、また笑った。
一瞬だけ、ゾロの背中を握り締めてから、腕を解いた。
ぎゅう、って両腕に、頭を抱きこまれた。
I love you, and will miss you。
アイシテル、寂しくなるよ。
音にせず、呟いた。
So hurry back to me, Zoro.
I need you to hold me in your arms.
急いで帰ってきて。そしてオレをアナタの腕で抱きしめて。
「サンジ、」
名前だけ呼ばれた。
すり、と額をゾロの胸に押し当てる。
髪に一瞬、ゾロの鼻先が埋められたのがわかった。
口付け、落とされて。するり、と腕が緩まっていった。
に、とゾロが笑って離れていく。
笑って、頷いてみた。
いってらっしゃい、ゾロ。
アイシテル。信じてるから………無事でいてね。
「またね、ゾロ」
サヨナラは、言わない。
手を小さく振ってみた。
外からクラクション、リカルドが鳴らす。
ばく、と一瞬指を齧られて。
「あぁ、」
くるん、と振向いたゾロが、歩き始める。
リヴィング、抜けて。
表玄関…眩しい外の光の中へ。
待ってるから、ずっと。
帰ってきてね…ゾロ。
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