陽射しが砂地を照り返してなにもかもが陰影をくっきりとさせていた。
リカルドはとうにクルマに乗り込んでいて、クマちゃんがその傍で何か話しでもしている風だった。
じじいは、見当たらない。
ティピにでも潜り込んで昼寝か?随分興奮してやがったからな、死んでねぇといいな、ハハ。

感傷、ってわけじゃない。ただ、妙に印象に焼け付く風景だった。
さくり、と乾いた音、ついで靴底を砂粒が滑っていっていた。クマちゃんがひょい、とクルマのそばから振り向いた。
「待たせた、」
言ってみた、一応は。

荷物など、ゼロで。ただ、まあ。
ケイタイとカード、キャッシュが幾らか、それからID.そういったモノが増えただけだ。
クマちゃんが僅かに笑ってみせ、リカルドも。眉をいくらか跳ね上げて、やっと来たか?って顔で笑いやがった。
ひらり、と手を振り返す。
ちょっと待ってろ、言うなればそのジェスチャー。

ロマンチストキョウダイがそろってあきれ顔を作ったのを目の端で捕らえ。に、と笑いかけてからドアまで一足で戻りまた中に飛び込んだ。
えらくビックリした顔のバカネコが、いつの間に座り込んだんだよ?ぺったり床に懐いていて。
泣いていたんだろう、濡れた頬のままで見上げてきていた。
「……ぞ、ろ、」

あぁ、馬鹿が。やぱり泣いてやがる。
腕を掬って引き上げ、抱きしめて口付けた。
「…ん、」
熱を弄って取り上げ、穏やかさとはかけ離れて乱して。サンジの両手がジャケットの端を握ってきたのをどこかで知覚した。
柔らかな金に手を掛け、一層に引き寄せ。

「ん、ん…っ、」
漏らされる声に、どこか強請るような響きが乗せられていたのを知る。
何度口付けても、渇きは収まらないのだとは知っていても。細い身体を両腕に抱きしめた。
サンジの頬を涙が零れて伝い。
きつく絡めていた舌をやんわりと食んで唇をたどり、浮かせて。その零れた跡にも口付けた。
「く、…っふ、」

頭を抱きこみ、名を一度だけ呼ぶ。
「ぞ、ろぉ…っ、」
あぁ、泣くな。連れて行きたくなっちまうから。それはおれが何に変えてもしない、と誓ったことなんだから。

嗚咽が漏れ、背中がこわばる様に、切れ切れに上下する。
その背を腕に抱き、鼓動を重ねながら抱きしめ言葉にせずに語る。
すきだよ、と。

ジャケットの端を握り締める手が、ますます力を増していて、わらった。
あぁ、―――――ったく。
ガキ。
ぼろぼろ泣き出しやがって。
これじゃあ、泣かせに戻ってきたみてぇじゃねえかよ。

顎に指をかけて顔を上向かせれば、泣き顔のままで、それでも。
からかうように目を覗き込んだなら、ふわりと笑みを浮かべていた。
蒼と眼差しとを絡ませる。
フゥン?――――上等。

泣いたな?そう言ったなら。返されたのは口付けと、言葉。
いってらっしゃい、だと。
頬を指先で愛撫した。ゆっくりと描く線を辿って濡れた肌を味わいながら。
「あァ。みゃーみゃー言ってンなよ?」
笑いかけてから、最後に唇を啄ばんで。
頬を摘んでから、身体を離し今度こそドアを抜けていった。
まぁ、これで。
当面、なにがあっても後悔する要因はゼロ、だ。


「悪い!」
並んだクルマに寄りかかるようにして腕を組んだクマちゃんに呼びかける。
あれは、怪しいポーズだ、何かの一撃を狙ってやがる。
とはいえ、近寄らねぇとクルマに乗れな――――――うわ、てめえ。
頭を掴まれて、揺すられた。
文句のひとつも言う前に、にこやかな顔ってやつにぶつかる。

「心残りは無いか?」
「当座はな、」
リカルドがサングラス越しに、にぃ、としてやがった。
あぁ、てめえ。あとで覚えてろよ?運転代わってやらねぇぞ。

「脳挫傷になる前に、手ぇ放してくれねぇか?クマチャン」
すい、と。
眉をリトル・ベアが跳ね上げ。それでも低い声が聞こえた。
「オマエに偉大なる霊の導きがあらんことを」

――――あんたたちの「霊」がもし、勧善懲悪がお好みならおれはきっとここに戻ってこれねぇけどな、そんなモンもらっちまったら。
まあ、いいか。いまのところはまだ生きてるし。
どうやら、そういうのとは別次元のオモシレエ働きをするみたいだしな。
貰っといてやるさ、アリガタク。

「あぁ、アリガトウ」
クルマのドアをあけて乗り込んだ。
「あンたも。美味しい蜂蜜みつけられるとイイナ」

笑ってリカルドがアクセルを踏み込んだ。
ハン。さすが、良いタイミング。
クマチャンジョークはお互い聞き飽きたよな?

ちらっとリカルドが目線で、ミラーを見てみろ、と言ってきて。
写っていたのは、首のところを親指でトン、と打っているクマチャンだった。
サングラス越しに視線が合い、カーステレオからの音に負けずに、リカルドと二人して馬鹿笑いした。

いまは、前へ。
要は、そういうことだ。ハントダウンが始まっている。
その前に、子守りに殺されねぇようにしないとな。




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