ピーチスプリングスまでの道標が窓の外を過ぎった。
「長いな、」
半ば独り言めいた。ヴェガスまでの大体のルートをアタマの中で探り直し。
まあ1時間くらい、この田舎道だな、と。リカルドがわらっていた。

ハイウェイを確か2回か?乗り継いでやっとヴェガスだったはずだな、と。
そんなことをアタマの隅で考えた。
ピーチスプリングスまでの荒れた道が既に目に慣れたモノになっていて、内心笑った。
―――まったく、あの子守りも同じルートでキヤガッタんだかな。

す、と動く気配が左側からした。目をやる。
リカルドが片腕を伸ばし、ダッシュボードに突っ込んでいた。その先には、あぁ、赤いパッケージ。

「フン?心境の変化、でも?」
「なにが?」
ぽん、とハードパーッケージを放って寄越しながら言ってきていた。
二の腕から、肩間際にかけてまだ真新しい鷲が居場所を見つけていた。
とん、とジブンの腕を手先で軽く叩き。1本取り出した。
「タトゥ」
あんたたちには、それも意味があるんだろう、と。
火をつけコトバにする。

「ああ…いや。金が溜まったから。おかげさまで」
ほらよ、と差し出したパッケージから自分も1本取り出して火をつけながら言っていた。
「―――ハン。そんなモンか」
くぅ、っと笑みを浮かべるのにそのまま返した。
クマちゃんのオトウトは。サンジに言われるまでもなく「気持ちの良い人間」で、切れ味は良い癖にそれが表に出ない。

「まあ―――今なら飛べそうな気も、少しはするしな、」
前を向いたままの眼差しが少しばかり柔らかだった。
生きていく、てのは難しいのだろう。ジブンの在り様と居場所の折り合いをつけるまでは。ソレは別にヴェガスだろうが、施設だろうが、小さな集落だろうが変わらない。
「そうか、」
ヨカッタナ、精々レンジャーに保護されねぇようにな。

笑ったまま、窓の外に灰を落としアクセルを踏みつけていた。
「じゃあ、記念して。一杯だけヴェガスで付き合えよ。フライト前の景気付け、おれは飛行機がキライなんだ」
がたがたいう窓を引き降ろす。
「気が重いか、狼は空をとばないものだしな、」
僅かに頷いて、にぃ、と笑みを貼り付け目線を投げてきた。

「あぁ、ムカシな、」
灰を風に流した。
「飛ぼうと思えばきっと誰よりもそうできちまいそうだったモノが落ちて。それ以来だな、」
薄白い筋が窓の外へ消えていっていた。

このまま捨てちまおうか、と吸殻を持て余し。不意にサンジのカオを思い出した。アシュトレイ行きだな、オーケイ。
目を戻せば。
「コレが重かったんだろう、」
リカルドが自分の肩をとん、と軽く突いていた。

――――あぁ、多分。
絡み合った糸だとか、思惑、流れのようなもの。本人の意思とは関係なく。
「重かったのかもなァ、」
目を空に戻した。
蒼。
半球を描く線が見える気がする。

「なぁ、」
不意に聞いてみたくなった。
あんたたちの住むところは他とどこが違うんだ、と。
「さぁ?」
穏やかに返される。
「なにがどう違うと思ってるかにもよるな、」

「境界線が、見えそうで見えねぇな。滝から戻るときにも感じた」
「時間と一緒だ、近すぎると見えない。見るには距離が必要なんだ」
ナルホドネ。

「リカルド、実に妙だと思わねぇか?」
はン?とでも言う風にちら、と視線を上げたやつに返す。
「本当なら、こういうハナシはシャーマンとするんもんじゃねぇのか?」
あのじじい、ヒトをみればいつもイキナリ殴りかかりやがる。どうかしてるぞ、まったく。

「You have to make do with what's in your hand,」
手の内にあるもので対処するしかない、ときた。
「――――フン」
「だから思わぬ幸運の訪れには、素直に感謝できるんだ、」
幸運、―――じじいが最初に寄越した言葉でいうなら、それはおそらく。黄金の鳥。
おれの"眼を射抜いた"ソレ。

「おもしろいことに。インディアンであることを止めようとしたら、近付いちまった気がする」
そういって笑っていた。他意のない笑顔、ってやつだ。
「まったくな。ブランバッグ・ランチ付きでする話にしちゃ、実が多すぎる」
わらった。

「けど、」
ひら、と手を窓の外に出した。
「あんたもやっぱり、クマチャンのキョウダイだな、アンナ好きって点のほかにも」
寄越された視線に、に、と笑みで返し。
ガン、と。腕を拳で突かれてまたわらった。

「まあいいや、人生イキテミルモンダナ?妙なところでダチ拾っちまった」
器用にタバコを咥えたままリカルドも笑っていた。
「必然か、偶然か。繋ぐ糸はあるらしいからな、」
「…フン。上等」

ああ、そうだ、と付け足した。
「なんだ?」
「オオカミ呼ばわりは止せよ?ちゃんと名前がある。ゾロ、だ」
どうせおっかねぇのがバラシテルダロ?と軽口と混ぜあわせる。
「この世の終わりか、ってくらいに慇懃無礼なヤツ」

にぃい、と。
えらくヒトの悪い笑みを浮かべ、頷き。腕のタトゥをリカルドが指し示していた。
「――――鷲?」
あぁ、確かに。アイツ、猛禽類じみてるな、そういや。

「ハッハ!世紀の対決かよ」
「ふン」
「おまえもお仲間か?もしかして」
「同じトーテムを持つ者同士、どっちを味方したものやら迷ったよ、」
「ふぅん?」
おもしろそうじゃねえの。
「で?どっちについた、」

「シンギン・キャットとメイトのウルフ」
「ハ!」
リカルドがしたように、同じタイミングで拳で鷲の下を突いた。

「顛末や如何に」
にぃいい、とまた笑うヤツに聞いた。
「引き分けかな、」
肩を竦めながら、少しばかり残念がる口調。
「あー、そいつは……観客としては微妙な線だな」
親指を床に向ける。

リカルドも吸殻を灰皿に押し込み。
「で?途中結果はまだ面白かったか?」
「アイツら、オトナだからな、」
「ふん、期待薄か。聞かせろよ」




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