ランチを食べ終え皿を片付けてから、兄弟子と向かい合ってお茶を飲む。
師匠は日課の見回りに出かけていて、ゾロも側にいない今。
この場所が、随分と静かに思える。
ランチを食べながら、師匠に色々と"ツッコミ"を入れられつつも、聖域で過ごした時に見た風景や、小さな啓示のことを報告した。
ゾロとのことは、あまり訊かれなかった。
―――――よかった。
だってそれは―――オレとゾロのあの場所に居た精霊や命たちだけが共有するもので。
オレがゾロだけに夢中になってたこと、ゾロだけでいっぱいになってたこと――――それは、うん。
説明するにしても、それ以上に説明しようがなくて。
まぁ、リトル・ベアに最初に。
"ああ、見ていれば解る、わざわざ言わんでもよろしい"って言ってもらってあったけどね。
久し振りに珈琲ではなく紅茶を飲む。
陶器のカップに銀のスプーン。
そういえば、テーブルに着いてゴハンを食べるのだって、久し振りだ。
"こちら側"に戻ってきた事に、何度も気付かされる。
どこにもなんの変わりも無い、ここを出て行ってから。
少なくとも、この場所には。
――――ゾロと出会う前とも、一緒なんだ。
ふいに思い至って笑った。
初めてこの家に来たときからも、ここは変わって無いような気がする。
―――――――オレはなんて変わったんだろう。
流れた時はちゃんと砂時計の砂のように、内に満ちているのだろうか。
戻すことのできない、経験という名の砂。
リトル・ベアが、すい、と見上げてきた。
「狼の親鳥が、次にオマエに会ったら驚くかもしれんな」
すう、と意識が集中する。
ペルさん、やっぱりここに来たんだ……わかってたけど。
「リトル・ベア、あの……親鳥って、やっぱり…?」
「あのミスタ・エヴェレットに喧嘩売るとはさすがだな、シンギン・キャット」
「あ…ちゃあ、――――――怒って、ました…?」
リトル・ベアが、くぅ、って笑った。
「笑顔の割には冷めた目をしていたのが印象的だった」
「―――――はぁ」
リトル・ベアのコメントに、なんて返したものか迷ったら、くっくっく、と笑われてしまった。
「オマエたちがこちらを出発して、1時間経つか経たないかくらいで訪問を受けた。あれはなかなかのハンターだな」
――――う、賞賛されても、ねえ?
「ドアを開けた瞬間に、『ミスタ・クワスラ?エヴェレットです。申し訳ない、こちらに"彼"はおりますか。』と来た」
そうリトル・ベアが笑いながら語り始めた。
その場の空気を思い出しているのか、リトル・ベアの目もすう、と冷たさを纏い。
リトル・ベアがこんなになるんだったら、ペルさんはもっと冷めていたんだろうなあ、と思う。
怒って―――ないわけが、ないじゃないか。
落とした視線をリトル・ベアに戻す。
小さくニガワライを浮べた顔。
「ひとまず、中に入るように促す前に、『ご返答は。』と訊かれた。せっかちなヒトだ」
「…リトル・ベアはなんて応えたの?」
「『ミスタ・エヴェレット、ここを一人で訪れた人間はしばらくおりません』と」
にぃい、と口端がつりあがっていった。
う――――オレだけじゃないじゃない、ケンカ売るの…。
「『外は暑い、せっかく涼しい家の中に砂が入る。一先ず入りなさい』と促した」
目を細めて思い出すようにリトル・ベアが言った。
「『では質問を変えましょう。あなた方にとってはミスタ・ラクロワ、私にとっては逃亡者。いかがです、』そう言って部下の一人を外に待たせて、中に入ってきたよ。茶を飲みそうな雰囲気ではなかったからな、あちらのソファに座るように勧めた」
すい、と指差して、くくっと笑った。
―――リトル・ベアって……こういう人だったっけ…?
「『生憎ながら、ミスタ・ラクロワの訪れは受けていない。ましてや、逃亡者などはな。――――弟弟子のインディアンは来たがな』と応えてみた。どうやらよほどせっかちらしい、椅子にも座らなかったぞ」
「…リトル・ベア…」
くう、と目を細められて、返答に困った。
せっかちって問題じゃないと思うんだけどなぁ…?
「『弟弟子、ですか。その方はヴェイルご出身でいらっしゃいますね、』と確認してきたから、頷いて返した。あれは学校の先生になってたら相当嫌われたぞ」
…ううん、なんでそんなに楽しそうなんだろう、リトル・ベア…?
「『ならば、彼は私にとってはミスタ・ラクロワでしか在り得ません』と目を細めてたな。いい目だ、立派な戦士になったことだろう、目付け役でなければ」
「それで、…なんて?」
「『そして彼が一人の筈もない』と。ふふふ、他4人と一緒にしばらく居たぞ、と言ってみた。どこまで見通しているのか、試してみたくてな」
そうしたらな?噛み付かれた、とリトル・ベアが笑った。
「『ミスタ・クワスラ、あなたの遊びに付き合っている時間は残念ながら持ち合わせていないのです、』と目をぎらつかせていた」
くっくと笑って先を続ける。
「よかったな、アレはヒトだ。ヒトである限り対等に渡り合えるぞ、シンギン・キャット」
「…リトル・ベア!」
「ああ、悪い。けれど、オマエが思っている程、できた人間ではないぞ、アレは」
にぃっこり、とリトル・ベアが笑う。………ええっと、それってどういう意味?
「『4人で現れた、と仰る。女性たちと一緒であったならば、それは私共が探している人間です』とまた気を無理矢理納めていた。あの鷹はなかなか面白い」
…気に入られたんですか、リトル・ベア…。
「『探してどうする?手負いの獣を』と訊けば」
すう、とリトル・ベアが目を細めた。
「あれは、目を合わせてきてな。暫く睨みあったさ」
―――――う。こ、怖い…。
「それで…?」
「『死を畏れないものには無意味か。くだらん、』と、短く吐き捨てていたさ」
―――死を畏れない?…誰が?
その回答にたどり着く前に、兄弟子が続けた。
「『殺しますよ、返答如何では。彼は私の主ですから』だと。とうに巣立つ時を過ぎた雛を守っている親鳥かと思えば、主、ときた。あれも面倒な立場だな」
「あの、リトル・ベア…笑い事じゃないですよ…」
「ふン?……ふふ、」
くう、とリトル・ベアが笑って。また先を続ける。
「『貴方にとって、彼は主かもしれんが。オレにとってはかわいい弟弟子の伴侶だ。それがどういう意味だかお解かりだろう?』そう言い返した」
……うわ。
なんだか、場違いに――――嬉しい。
いや、そんな場合じゃないんだけど。
「『愚かな選択です、お止しなさいとあれほど諭しましたのに。ならば愚挙の結末にミスタ・ラクロワも異存はないでしょう』と。あれは相当頭に血が上っていたらしいぞ」
「―――――それって」
くう、と心臓が痛くなる。
リトル・ベアの焦げた茶色の目を見詰める。
「『殺すのであれば捨て置けばよかろう?ただ、ここは幸い、我らが部族ワラパイのネィションだ。あなた方のルールはもちろん、米国合衆国のルールも場合によっては適用しない』」
きらり、とリトル・ベアが目を光らせた。
「『狼の一匹、受け入れる場所はある』と言った」
―――――リトル・ベア、それは…。
「『ご好意は有り難い。ですが、お渡しするわけにも参りません』と、まあ―――責任感が強い親鳥だ。それだけ狼にかけているものがあったのだろうな」
ちら、と視線を跳ね上げて。リトル・ベアが笑う。
「『オレと我が師、グレート・サンダー・フィッシュ。他、このワラパイ・ネィションに住む者たち殆んどが、弟弟子を溺愛していてな。あの子が泣く様は、見たくないと誰もが願っているのだよ、エヴェレット氏』」
――――リトル・ベア…。
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