田舎道から、ハイウェイに乗り。
またスピードを上げながら話される顛末、ってヤツを聞いていた。

その場に、リカルドとじじいも居合わせたらしい。
怒り心頭のアイツに直に会って、「行方不明者」がゼロ、―――フン。新記録じゃねぇか?
流石、というべきかやはり、というべきか。クマ連中の毒気にあてられたかネ?アレも。
―――と、いうより。ただ単に、クマちゃんの提示条件がぎりぎりの線で呑めた、ってだけなんだろうけどな。

クマチャンは、よっぽど腕の良い弁護士にでもなれたろうにな。アイツ等よりよっぽど。
襲撃の後、サンジの家へ行ったヤツ、あの若いの……あぁ、マクファーソン。
アイツより、よほど向いてるよな、多分。
女子供用のヤツではあるけどな、それにしても。クマちゃんの方が好かれそうだ、なにしろ小熊チャンだから。

ペルも、茶のみ友達が出来て良かったじゃねえか。
考えただけであのカオが歪むのが見える。ははは、ざまぁみろ。

「で?おまえの感想は、」
ちらりと横へ目線を投げた。
「同席してたんだろう?」
「なんの?オマエの―――部下?それとも鳥獣戦争のか?」
「―――ハ!」
思わず、笑う。にぃいい、と実にヒトの悪い笑みを浮かべていたリカルドに。
「じゃあ、まずは"部下"」
道は長いしな、と付け足した。

「同じトーテムを持っているが―――馴れ合う気にはなれんな。よくあんなおっかないのの側でまっとうに育ったな、ゾロ」
「"まっとう"?」
笑っているような、感心してでもいるような微妙なトーンに返した。
「妙にお堅いのか、やたらやさぐれた人間に育ちそうじゃないか、」

「精々、こんなモンだろ」
「オマエはおもしろい、」
「そうか?おれにしてみれば……」
少しばかり目を細めて―――これはもしかして褒められてるのか?
「おまえたちの方が余程おもしろいけどな」
ひらひら、と片手を上向けて見せる。
「上が、アレだとタイヘンだろうに」
くく、と喉奥でリカルドがわらった。
「色々ある、」

「―――あー、だろうな。想像したくもねぇ」
うえ、と顔を顰めてみせれば。
「反発したくなるけどな、アレは公平だ、嫌になるくらい」
返された言葉に表情を引っ込めた。
「オトウトだからといって、容赦が無い―――取引材料に値しないからって、殺されるかもしれないってトコでオレのことを捨て置きやがった」

言葉とは裏腹に、挑みかかる顔でわずかに口端を引き上げていた。―――なるほどな。
「現時点では、だろう?」
確かに、クマちゃんらしい。
「もちろんだ。いつかアルトゥロに―――いや。アルトゥロを追い越してみせる、」

「ますます、殺されてなくて良かったな」
まぁ、巻き込んじまったのはおれの不覚ではあるけれども。
「追いつく」のではなく、「追い越す」と言い直していた。
妙なことに巻き込んじまったけれど、確かに何かのキッカケにはなったのかあのおっかねえ訪問者が。
に、と笑いかけた。

「鳥獣対決に至っては―――ナマで怪獣映画が観れるとは思ってなかった。ヘタな映画より肝が冷えた」
げらげらとわらって。
ハンドルから片手を離し、額の汗を拭う仕草。
「いい席だったみたいだしな、何しろ本物同士だ」
「"オサ・メノール"(小熊ちゃん)なんてどんなシャレで付けた名前かと思った。アルトゥロ、グリズリーより怖い、」
げらげらと盛大に笑い始め。
「帰っていった後に、何事もなかったようにハーブで薬を作ってたところが尚怖い、」

「薬じゃなくて、鳥除けかもしれねぇぞ」
「ハハ!かもな!!」
目をあわせれば、にかり、とわらった。
「あのおっかねえのは、まあ……長い付き合いだから。おれは、アレはな実際、」
相当、面白がっていたとみたね。と付け足した。
「へぇ?―――さすが」

「おい、リカルド」
くう、と楽しそうにまた笑みを深くしたリカルドに釘をさした。
「なんだ?」
「あのおっかねえのは目標にする必要はねぇぞ。勘弁しろ、頼むから」
ふン、と笑って返しやがった。おまけに。
「山は一つ越えてから次を見据えろ、だもんな、」
「―――だぁから。見なくていいって言ってるだろうが」

「案外一つ超えたら飛べちまうかもな?」
「あー、そうしろ。いつまでもたらたら地面走ってンなよ、腕にいるやつが泣くぞ」
くぅ、とまた笑みが刻まれ。
そういえば、と思い当たった。

「トーテムが同じ、と言ってたか…?」
あっさり、あのおっかねえ子守りが「鷲」扱いなのはすんなり納得しちまって疑問にも思わなかったが。
す、と目を細めたリカルドに窓外から視線を戻す。
フン。訊いてみるか。
「オオカミ呼ばわりは返上した。おまえは?」

「"アグィラ・ブランカ"」
頭の中で。
スペイン語といえばすぐにリピートされる声が勝手に翻訳した。
「ホワイト・イーグル」、「白い鷲」。
戻ってくる前に見た、白頭鷲が飛ぶさまを思い出した。
空に描かれた線。
迷いのない風にのるスピード。

「良い名前だな、」
「いまはそう思う、」
穏やかな笑みを浮かべていた。―――たしかに迷う時期にいれば、重い名前でもあるな。

「あぁ、もし、だぞ?」
に、と笑い返した。
「兄貴が「リトル・ベア(小熊チャン)」だぜ、」
なんだ?と目線で返してくるリカルドに向かって続ける。
「弟が"踊るうさちゃん(ダンシング・ラビット)"ってのもありだったろうに」

ぶふっ、と。盛大にリカルドが吹き出し。
「一番適性に一致した名前を貰ったのがサンジだな、」
ひとしきり笑い終えて。にやり、としやがった。
「―――まぁな?」

「キレイな声で鳴くんだろう?」
柔らかな口調で聞かれ。
サンジがどれほど慈しまれていたのか改めて知る。
そしてその度にどこか深くで僅かに起こるのはどうあっても拭い切れない罪悪感の欠片じみたもの。
それを、敢えて無視して唇を引き上げた。
「あァ。他には聞かせねぇけどな」



持ち帰っていた兎の皮。
きれいにして、伸ばして、乾ききったもの。
それが3枚、目の前にある。

「―――毎度のことながら、上手く狩るな」
リトル・ベアに言われて笑った。
「狼仕込みだからね」
キョウダイたちの顔が思い浮かぶ。
遠くなったコロラドの森の中。

皮の処理の仕方を教えてくれたのは、ジャックおじさん。
兎の毛でミトンや帽子やブーツの中敷を作った。
これは、でも―――どうしよう?

「そうだ、リトル・ベア。お願いがあるんですけど」
なんだ?と言った風に、ハーブを粉にしていたリトル・ベアが見上げてきた。
「これとトレードして、オレに銀細工の作り方、教えてもらえませんか?」
「別にトレードしなくても構わないが…いいだろう。それは町で卸してくる」
「はい、よろしくお願いします」

「ほう!」
師匠が笑った声が響いた。
視線を向ける。
「キャットよ、オオカミを繋ぐ鎖でも作るのか」
酷く嬉しそうなカオだ。
「繋ぐ、のかなあ?―――繋がれてくれると思いますか?」
「ならばわしが呪をかけてやろうぞ」
「うわ!」

ゲラゲラと大笑いしている師匠に、リトル・ベアが苦笑していた。
「どんな呪ですか、師匠?」
にぃいいい、と酷くヒトの悪い顔をして師匠が笑った。
リトル・ベアが、ああ、やっぱり、って顔してた。
―――――どんな呪ですか、師匠?なんとなく…その方向性には想像付くけど。

「アレがオオカミでなくなる呪に決まっておる」
「…オオカミでなかったら、何になるんですか?」
オオカミじゃないゾロなんて、想像つかない。

「Alter,であったかの、リトル・ベア」
なんという、と兄弟子に向かってにぃいって笑った。
「生殖機能を手術によって取り払った愛玩動物、ですか」
「左様!!」
「……へ?」
セイショクキノウを…ああ、それは解るけど…。
「―――――――――ええええええ?そんなのヤだ!!!」
思い至って思わず声を上げる。

「おまえの元に戻らねばいらぬであろうて」
師匠がまたゲラゲラと笑っていた。
「ゾロ、オレとじゃないとしないって言ったもん」
リトル・ベアが、オーマイガッ、って顔で空を見上げてた。
―――何度か兄貴にもされた仕種だから、解る。
あ、あと、サンドラにも。

うーヤッパリ。師匠はゾロには意地悪だ―――でも仲がいいんだから不思議。
「――――でも、師匠」
ふ、と浮かんだ想い。
「オレは、うん。そんな風にゾロを繋ぎたいんじゃないんだ。オレがいつも―――ゾロに選ばれていたいと思うんです」

すい、と見上げれば。
師匠がやれやれ、って顔をしてた。
「あめりかん・じょーくに決まっておる」
リトル・ベアは、もうハーブの調合に移ってた。
アメリカン・ジョーク?ってことは――――――

「―――え?本当に出来るんですか?そんなこと??」
オレなしじゃゾロが―――誰も抱けなくなることなんて。
して欲しいとは思わないけど。
呪にそんな強力なものがあったっけ???

師匠、そ知らぬ顔でタバコを蒸していた。
―――むむぅ。
それもジョークか。

リトル・ベアがコーンオイルを取り出していた。
見覚えのある色。
ふ、と鼻腔に立ち上る、知っているニオイ。
――――――――もしかして?

「あの、リトル・ベア?」
「なんだ?」
「や、あの…今作ってるのって…?」
にぃ、ってリトル・ベアが笑った。
「シンギン・キャットはこれがスキか?」
――――――――うううう、ヤッパリ。
「"シーヴァ"」

「作ることはないと思ってたんだが、丁度いい。銀細工を習う前に、自分で作れる様になりなさい」
……うっわあ!!!!
「り、りとる・べあ…?」
「知っていて損はないだろう?なに、今照れなくてもよろしい。さあ、覚える準備はいいか?」
うわあああん、そんなの…照れるに決まってるじゃ―――
「ほう!!」
師匠がまた大喜びしてた。

「まずはハーブの種類からだ」
リトル・ベアが粉末になったものとか、オイルを抽出したものとか、指差し始めた。
ええええ?ちょ、いきなり…!
「ローズ・ヒップ。野ばらの実だな。南から輸入してもいいが、育ててみろ」
うわ、ええと―――――――
「次。セント・ジョーンズ・ワート、これは――――」
淡々と兄弟子が続けていく。
うう、知ってた方がいいとはいえ――――今からですか、リトル・ベア?




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