5時間近い距離を走り、ヴェガスの空港へ着いた。マッケラン国際空港。
ふ、と。フェニックスへ着いたときのことを思い出した。ほんの2ヶ月近く前の話のはずが、ずいぶんと遠い。
夏の初めが、終わりに近づいているだけでは無くて。
いまからの「ハント」次第で、生き方の何割かが決まっちまうんだろう。
ここまで来る途中に約束したように、ターミナル1の出発ゲートへ向かう前にリカルドをバーに誘った。
どうせ飲まないだろう、と踏んでいたなら案の定。
ジンジャエール、ときた。
頑固なのは流れる血の所為か、あぁクマチャンの血筋でもあったな。そりゃ頑固だ。
オーダーを告げる様子を半ば眉を引きあ上げて眺めていたならリカルドが不意に目線をあわせてきた。
「しまった、ルート・ビアの方が"らしかった"か」
くく、と小さく笑うのに、軽口で返す。
「うわ、それじゃあおれは"ホワイト・エンジェル"でもオーダーする羽目になるじゃねぇかよ。置いていくネコちゃんを偲んで」
カンベンダナ、とわらう。
そして、アナウンスが搭乗案内をはじめる前にいうべきことがあった。
「世話になった、」
「気にするな、これもなにかの巡り合せだろ」
「じゃあ、おれがいまからすることも気にするなよ?」
「んん?」
「まず。おまえの住所を教えろ」
コースターをひっくりかえして差し出した。
ペンはバーメイドから借り受けて。
「ほら、書く」
さらさらと左手で流麗な文字を綴る。
「あー…そうだ、リカルド、おまえラストネーム何ていうんだ、」
目を文字にあわせながらケイタイをフリップする。
Ricardo Aguila Blanca Quasula。書き出される文字。
「クァスラだ、」
「ふうん」
「もらってくぞ、」
コースターを取り上げ、バーの奥へ移った。電話を一本。
馬鹿が出た。
『もう着いちまったか?!』と大笑いだ。
ありえねぇだろうが、阿呆。
とにかく、この辺りのことは地元のやつに任せるに限る。面倒な手続き云々を抜きにしても。
「なぁ、カー・マニア」
『人聞きが悪ぃなぁー』
ぼやく馬鹿を放っておいて話を続ける。
「オマエが砂漠走るなら何にする、」
目線の先、バーの女がさっそくリカルドに視線を投げるのをおもしれぇから視界に納めたままで聞いた。
『おぉー?なん、ラリーとか?』
「アホウ、普通に走るんだよ」
『普通、ねぇ……いくつかあるな、カワイコちゃん候補』
「ベスト・チョイスの一台、融通つけろ」
『おー?いいけどさ。おまえなーん?NYCじゃいらねぇだろーに』
「おれじゃねぇよ。馬鹿頭。このアドレスにディーラーと車よこせ」
『おや。』
明らかに、いま電話の向こうでにぃいってわらいやがったな。
『オーケイ、ダーリン。ディテールはLAXで聞いてやらァ』
馬鹿笑いしてやがる。まったくこの阿呆は。
「なんとでもホザケ、」
『わははははは!照れてる!!』
「今日過ぎたら死んでいいぞ、てめえ」
これ以上話すと阿呆が移る。
『わかった、わかった。やっとくよ、じゃあな』
ケイタイをジャケットに落とす。
―――――あの従弟は。
まったくもって性質が悪ィ。
席に戻れば、明らかに「迷惑だ」と態度で誘いをシャットアウトしているリカルドがいてわらった。
「なんだよ?一人くらい拾って帰ればどうだ」
「冗談。即物的なのはイラナイんだ、」
にぃ、とわらう。
「なるほど、そういうのからは卒業か」
エライネ、と頭を小突いた。
「オマエもだろう?」
「さあ?」
に、と笑みで返す。
「そうしとけ。猫が泣く」
ミィアオ、と。やけに上手い真似と、ここでも性質の悪い笑み。
肩を竦めて返事の代わりにし。
コースターをテーブルに戻した。
「明日あたり、たぶん」
おまえのところにディーラーが行く、と告げた。
コースターを拾って、ライターを手のひらで持て余していたのがすい、と目線をあげてきた。
灰皿がねぇからな、燃やしちまうこともできないわけだ。持って帰っとけ、それ。
「迷惑料。受け取ってくれるとアリガタイ」
「友情の証かと思った」
にぃい、と笑みで返される。
「モノにしちまうのは味気ねぇし?」
ひら、と手を上向ける。
「ハハッ!やっぱりオマエはオモシロイ!」
「そうかよ。それに、またアレに5時間乗れと言われたら考えモンだぜ」
とん、と肩を小突かれたが。まぁヨシとしておくか?
―――オンナが明らかに。「あら」って顔しやがった。あー、だから。どうしてこうも即物的かな、ここいらの連中は。
当の本人は。ケラケラと機嫌よく笑っている。
搭乗アナウンスが流れ始め。
ふい、と目をあわせた。
「あ、そうだ」
すい、と柔らかなそれが合わせられる。
「次回もお迎えヨロシク」
わらう。
「Sure thing, friend」
モチロンだ、と。
すい、と片手を差し出される。
軽く握って、大きく振る。
「またな、」
「ああ。――――見失うなよ、」
「"Sure thing, friend,"」
同じ台詞を返し。
唇を吊り上げて笑みを刻み、ひらり、と一度手を振ってロビーを反対方向へ歩き出すのをしばらく見ていた。
そうするうちに、徐々に意識が移っていくのを感じながら。
かちり、と。音でもしそうな具合に、ソレが切り替わった。
狩りの再開、おもしれぇじゃねえかよ。
ゲートを通り抜け、ヴェガスのことは忘れた。
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