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 ふ、と意識が浮いた。
 何時の間にか着いていた眠りからするり、と抜け落ちる。
 
 目を開いた。
 暗闇。
 体温がどこにもない、
 鼓動が聴こえない、
 吐息、すら…。
 
 「――――ゾロ?」
 呼んでみる。
 どこにいったんだろう、さっきまでいたのに――――チガウ。
 あれは…夢だ。
 
 二人で寝たベッドに、今は独り、だ。
 ゾロはオレを置いていって。
 オレはゾロに置いて行かれて。
 それをヨシとしたんだった。
 独りでもダイジョウブだと言ったんだった。
 
 だけど。
 「…っく、」
 ニオイがしない、
 気配がない、
 熱がない、
 ホントに独りだ、
 胸が痛む、
 喉が痛む、
 寒いわけじゃないのに、震えが止まらない。
 「ふぇ…っ、」
 
 暗闇の中、思い出せるイメージは鮮明なのに。
 闇に目を凝らそうとすると、ぼんやりと薄れて、ディテールが消えていく。
 「…ぞ、ろぉ…っ、」
 なんでオレいまひとりなの?
 どうしてゾロがいっしょにいないの?
 独りきり、もし置いていかれたら…
 「うー…っ、」
 
 ソンナコト、アリエナイ。
 ゾロがオレをおいていくわけがない。
 あんなに一緒に居たのに、腕を伸ばしても何もない。
 オレは一人でいままでどうやって生きてきたんだろう?
 
 寂しいよ、
 淋しいよ、
 「ぞ…ろぉ…っ、」
 声が聴きたいよ、
 ねえ、いまどこにいるの?
 ダイジョウブだよね、だいじょうぶ。
 だってオレの狼だから。
 オレだけの――――
 
 「…キャット?」
 扉が開いて、覗き込まれる。
 明るい廊下に浮かぶ大きなシルエット。
 リトル・ベアの長い髪が下りていた。
 「う、ぇ…っ、」
 「ああ、泣いていたのはオマエか」
 
 開け放したドアから、シルエットが近づいてくる。
 「ご、め…なさ…っ、」
 ゴメンナサイ、起こしてしまった。
 『夜は眠る時間、泣いていたらダメよ、寝かせてちょうだい。』
 小さい頃に聞いたマミィの声が帰ってきた。
 
 「ごめ…なさ…ぃ、り…っ、べぁ…、」
 きぃ、とマットレスが鳴り。
 リトル・ベアが腰掛けていた。
 大きな腕が伸びて、抱きこまれる。
 トントン、と背中、撫でられて。
 「――――いままでがずっと一緒だったからな、」
 「ふぇ…っく、」
 柔らかい声が聴こえた。
 「急にまるっきりいなくなったからな、ショウガナイ」
 「ふ…ぅ、」
 
 ぎゅう、と抱きしめられて嗚咽を飲み込む。
 ぽんぽん、と背中、また軽く叩かれて。
 リトルベアの肩口に、顔を埋めた。
 「り、…ル・ベ、ア、」
 「なんだ?」
 柔らかい響き。
 「ど…したら、い、たいの…、なくっ、な、るの?」
 「痛い?」
 「さ、みし…って、む、ね…がい、ったい、」
 
 ふ、とリトル・ベアが柔らかく笑う音が聴こえた。
 「無理に閉じ込めようとしないで、とことん淋しい思いを味わいなさい」
 「―――っへ?」
 「側にいないと、どれくらい深い気持ちを持って接していたのか、解るだろう?」
 「―――――あ、」
 
 それは深く、ゾロを愛してるけど。
 ―――――ゾロっていう魂の存在が。
 こんなにもオレの中で大きくなっていた、なんて、確かに――――
 
 「寂しさを味わって。涙を零して。今だから解ること、考えられることを考え抜きなさい」
 さら、と頭を撫でられた。
 「眠れないのなら、お茶を淹れてあげよう。キッチンにおいで」
 すい、と腕が離れる。
 
 「寂しいなら泣きなさい。それは恥ずかしがることじゃない、当然のこと。けれど、オマエが泣き顔を見られるのが恥ずかしいと思うなら。顔を洗っておいで」
 「―――――ハイ、」
 「先に行っている。眠れるのなら寝てしまってもいいぞ」
 「あ、お茶、いただきます、」
 くす、とリトル・ベアが笑った。
 「それではおいで、シンギン・キャット」
 
 大きなシルエットが遠ざかっていく。
 けれど開け放たれた廊下からは、オレンジのヒカリ。
 暖かな、ヒカリ。
 ―――――オレは一人だけど。
 独りじゃないじゃないか。
 
 ベッドの空いたスペースを見る。
 暗闇。
 ゾロは闇を持ったヒトだけど。
 それに飲まれてるわけじゃないから。
 闇の中で、ゾロが見えなくても、
 
 「――――泣かなくてもいいじゃないか、」
 ぽこん、と意識が浮いた。
 ず、と鼻を啜ってから、温まったリネンから抜け出る。
 
 ゾロがいなくて、寂しい。
 寂しいから泣く。
 ―――――でも、オレが泣くと。
 ゾロが嫌がるよね?
 
 うん、寂しさを味わうのもいいかもしれないけど。
 ゾロのために、泣く事をガマンするのも、いいかもしんない。
 うー。
 いま、ゾロには、
 オレのことを考えている余裕はないだろう。
 だけど、オレにはあるから。
 ゾロのことばかりで埋め尽くされていられる余裕があるから。
 ――――ゾロがオレを想えない分。
 オレがゾロの分の寂しさとかを味わおう。
 でも、泣かないでいなきゃね。
 うん、チャレンジすることができたね。
 
 オレはなんて、幸せなんだろう。
 安全のことを考えずに、大好きなゾロのことを想っていても許される場所にいる。
 側にいなくて寂しいと、打ちひしがれるのを許される場所にいる。
 
 ひたひた、と明るい廊下を歩いてダイニングへ。
 ―――――あれ?リカルドも起きてる。
 ……あ。ソファで寝てたんだ。
 って、オレ、起こしちゃったかな…?
 
 「……キャット、」
 リカルドに呼ばれた。
 「ごめんね、リカルド。起こしてしまった?」
 「ん?平気だ、アルトゥロに起こされたんだから」
 くいくい、と手でも呼ばれる。
 近寄る。
 
 「それってオレがお茶をお願いしたから…?」
 ひょい、と腕が伸ばされて、抱き寄せられた。
 「チガウチガウ。アルトゥロ、昔から夜中に一回は起きて、水飲むんだよ」
 だから毎度のことだな、と言ったリカルドの腕の中に納まる。
 ソファの上。
 
 「寂しいのか?寂しいだろうな、」
 「―――――うん、」
 頷くと、頭をくしゃくしゃ、と撫でられた。
 「ゾロ、飛行場でいい顔してたぞ、」
 「――――――うん、」
 「そんでもって、オレに惚気ていった」
 「…え?のろけ…?」
 
 くは、と欠伸をしたリカルドが、ふにゃ、と笑った。
 寝起きの動物…鷲が柔らかく首を伸ばしているような優雅さで。
 「オマエがイイ声で鳴くの、誰にも聴かせないんだと」
 「…な?」
 鳴く??
 
 「それってオマエを独り占めしてやる、って宣言だろう?」
 「―――――――うわ、そ…っかな?」
 「少なくとも、オレはそういう風に言われたと思った」
 くくっとリカルドが笑って、すい、と腕を離される。
 「寂しいなら、胸を貸そうかとも思ったが。怒られそうだから止めておく」
 「……そ、んなことで、怒るかな…?」
 「ん。怒るな」
 
 リカルドを見詰めたら、たすたす、と頭を撫でられた。
 「だから、明日。オマエにプレゼントやるな、」
 「…ほぇ?」
 「抱き枕とヌイグルミ、どっちがイイ?」
 「…ほええ?」
 
 こと、とリトル・ベアがダイニング・テーブルにカップを置く音が聴こえた。
 うんん?抱き枕?ヌイグルミ??
 「犬とかでもいいんだけどな、そしたら手放せなくなるだろうし」
 「…なにするために?」
 「んん?オマエ、抱き枕もヌイグルミも持って無かったのか?」
 リカルドの黒に近い瞳が見詰めてくる。
 
 「枕はあったけど…ヌイグルミは、飾ってあったよ…?」
 「なるほど。いや、寂しい時に抱きしめて寝るためだよ」
 リカルドがにか、と笑った。
 「オレたちだと、きっと怒られるからな。ヌイグルミか枕だったら、さすがに怒りはしないだろう」
 
 ヌイグルミ…は動物の形をしてて。
 でもどうせそんな形になっているのなら、ホンモノが欲しいし…。
 「じゃあ、枕」
 「わかった。明日買ってきてやろうな」
 にかあ、と笑ったリカルドに、ダイニングテーブルの方に押し進められた。
 リトル・ベアが笑った。
 「枕に嫉妬したなら、それはそれでオモシロイ」
 …いくらなんでも、枕には…ねえ?
 
 
 
 
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