『おまえさ、しばらく死んだままでいろよ、悪いことは言わないから』
LAXのロビーで、搭乗アナウンスが流れ始めてから西のキョウダイ分の言って寄越した言葉。

機内のシートベルト着用のサインがふ、と消えていた。
灯りを落とされたナイト・フライト。シートに乗客の姿はまばらだった。
フライトアテンダントが眠ろうとしない乗客に、オーダーを取りに回っていた。
近寄ってこようとするのを手で制する。

黒く切り取られた窓外。
気休めになる雲も塗りつぶされてただの闇色だ。光を反射するだけで。
ラガーディアに着くのは、朝だな。
9時半あたりか。

『まっすぐに、到着ロビーを抜けて、タクシー乗り場までいらしてください』おっそろしく平静だった声がリピートされる。
『ドライヴァをやらせます。』
オマエは?と聞いたなら。
『勿論、おりますよ。時間が勿体無い』そう言ってきていた。

だから、おれに残された唯一の時間は。この機内だけ、ってわけだな。
気が変わった。
フライトアテンダントを呼んで、モノを頼んだ。
赤い液体。
トンだジョークだ、リカルドの癖でも移ったかね。
ウォッカ抜きのブラディ・マリー。

あぁ、くそ。馬鹿の声までリピートされやがって。
『ゾォロ!!』ってヤツだ。
大口あけて笑いやがって。てめえは10歳児か。

『つか、違うわな。"ロミオ"!良くぞ無事だったな』
にぃい、と。底意地の悪さが透ける笑みをわざと浮かべて。ゲートのあたりで待ってやがった。
サングラスを押し上げて、にぃいいいい、と盛大に笑いやがって。斜め後ろでボディガードが軽くため息をおれに吐いて
みせていた。
ああ、おまえが何を言わんとしてるかおれはわかるぞ、ルーファス。ご苦労なこったな。

『よう、』
『よう、じゃねえっての!おら、てめえ。おれのベイビイどこへやった』
『さあ?バラされたんだろ?ビジンだったのに残念だな』
『お前は?』
『なんだよ』
『ばらされてねぇんだな?』
『みて分かれよ』
『ありゃー。せっかく心配してやってんのにー』

大げさに両手を空ヘむけて上向けてみせ、それからすい、と真顔に多少は戻してやがった。
『こっち、来い』
ラウンジへと進んでいく。確かに、立ち話ってわけにもな。
『おまえ、LAXからでれねぇんだろ?不便だよなァ。泊まってけ』
移動する合間にも、軽口は止まないか、てめえも。ったく。
『おっかねえのがラガーディアで口あけて待ってンだよ。これ以上殺される材料つくりたかぁネエナ』
『おー、すげえ怒ってンぞ。おまえー、下手したらヤラレチャウネ』
『身内にか』
『おうともよ』

に、と笑みを目が浮かべ。すう、とラウンジの扉が内側から開いた。
『ドウゾ、』
『手回しのいいいことで』
『パウダールームでお話し合い、なんざぞっとするだろ』
ああああ、もう。とでも言う顔をルーファスが浮かべてた。ははは、ご苦労っての。

ソファが散らされたウェイティング・ラウンジの中央まで進み、そのなかの一つに座った。
『で、だ。ロミオ。おまえがジュリエットと逃避行中にわかったことが幾つかある、聞く気は?』
『無いとでもおもうか』
『…フン、あんまり気分のイイモンじゃ、ねえよ?』
『いままで、ビジネス絡みでいい気分のモノがあったらそれこそ教えてもらいたいね』

すう、と馬鹿がわずかに首を傾けていた。真意を測ろうとでもするような仕草に違和感を覚え始めたころ、静まり帰った声が
言ってきた。
『死人が、生き返ってきたんだよ』
『――――おい、冗談は…』
『正確には、さっきおまえが言ったことはあたらずとも遠からず。流石だな?おまえのこと殺ろうとしてんの、身内だよ』
身内?と問えば。僅かに肩を竦めて見せていた。
そ、とだけ短く言って。

ひたり、と灰と金の混ざったような目があわせられた。まっすぐに。
『けど、ここから先はおれは言わない。ちゃんと、あのおっかねえヒトから聞けよ』
『ペル、からか』
『あァ、そういうこと。だってさ?』
『…あ?』
『おれは多分、おまえのためには死ねネェもんよ』
『なんだよそりゃ、』
『んー?なんとなく』
にかあ、とわらってやがった。

『だあから、ほかの事は教えてやる。サウスの新しい取引の件、あれは"オシート"が無事に治めたよ』
『フン、』
『おまえによろしくってさ。それからドルトンな?』
ああ、あいつ。そういえばどうした――――?
『おまえのこと、馬鹿だ馬鹿だって100回は言ってたかな。けどディールはまとめてNYCに戻ってる、おまえ、きっと殴られるねぇ』

『まだ、だれも表立っては動いてない。上も、じーさん連中も半信半疑で、おまえが死んだと思ってる』
くう、と目が細められた。
『動きやすいっていえば、動きやすいかねぇ?それ』
『あぁ、だな』
『あぁ、あと』
なんだ?まだあるのかよ。
『叔父貴、』
―――――げ。あのイカレ親父か。
『おれになー?電話してきて。泣いてたぞー、すんげえ勢いで』
『――――はァ?!』

『ひでえのなー、ペル。ほんとのこと教えてねぇの、それが!』
おいおいおい……勘弁しろよ。
『ほら、あのヒトが動揺しねぇとバレバレじゃねぇの。だからさ、おれも一緒になって泣いてやった!』
ゾロォ、すげえだろ?感謝しやがれうら、とかなんとか。
ヒトの頭をごつごつ小突いてくる腕を払いのけて、癪なことに笑っちまった。
『あー、アリガトヨ』
『ウン、いつだってな、言ってきなさい』
にか、とまた惜しみない笑み、ってやつだ。
偶に、なんでこいつが「ビジネス」なんぞに手を染めてるのか不思議に思うことがある。
たとえば、こういう時は。

『頼りになるじゃねぇかよ、おまえ』
『うわ、今知ったって?!フザケロヨ、おれのベイビイ、ゴーカンして捨てやがったくせによ』
前言撤回だ。阿呆めが。

おれの代わりにルーファスが。ごつ、といい音をさせて馬鹿の脳天を小突いていた。
わらって。
あとは、軽口の応酬とちょっとした情報のアップデート。
そして搭乗時間がすぐにやってきた。
ゲートのぎりぎりまで隣を歩いていた馬鹿は、去り際。
『ラインは24時間オープンだから。いつでもデンワしろな』
そう言って、に、と唇を吊り上げていた。
『はン?遺言でも聞きたいってか』
『イエス、ベイビイ』

げらげら、とわらって。手を何度か振って。ゲートに背中から押し込まれた。
『おっかねぇのにヨロシクな』
『あぁ、じゃあな』
進みかけ、声が追いかけて来た。名を呼ばれ。
振り向いたなら、ちょうど手の位置に何かが空中からちょうど落ちてきていた。反射で受け取り。
『念のためー、顔隠しとけ?』
サングラスだった。

じゃあなー、とまた馬鹿が手を盛大にぶんぶん振って。好き勝手に歩き始めていた。
『――――馬鹿だ、』
苦笑する。毎度、気が抜けるアレに会うと。
サングラス、「レイプ」したビジン、それにディーラーの手配諸々、それから空港での「お守り」。
いったいどれくらいチャージしてきやがるかね?我が優秀なる馬鹿従弟は。




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