窓外を流れる風景が違っている気がしたから、どこへ向かっているのだと始めに聞いた。
初めて目線をあわせてきたペルが、く、と眉を顰めて見せた。
あぁ、これは――――
「ゾロ、」
ほらな。すげえ怒ってやがる。
「亡くなったんですよ?あなたは。まさかご自宅へ戻れるとでも思ってらっしゃいましたか」
あー、ハイハイ、悪かったな。

「ハヴァスパイで?それともデンヴァでか?」
目に見えない線が、ペルの唇の辺りで動いた。笑ってやがる。
「パーキングでは辛うじて生きてらっしゃいましたが、その後亡くなられたようですね」
「―――フン、」
おもしろくねぇな。
「表向き、あなたはハヴァスパイで行方不明になっています。父上にはカリフォルニアで亡くなった、とお伝えしてありますが」
ハナシが繋がった。それで、あのバカのところに親父が電話を寄越しやがった訳だな、「泣きながら」。

「で?」
どこへ行ってるんだ、ともう一度問い直す。
「誰より中立で、一番性質の悪い男があなたのことを好いているようですね」
ハン?
ペルの表情が嫌味を8割増にして返してきた。
「悪魔に魂でもお売りになられましたか?私の存ぜぬ間に」
まあ、アナタに売るだけの持ち合わせがあれば、ですが。と付け足していやがったが。

「―――アレか?」
光を暗がりでも遷した金の色を思い出した。
「好きに使えばいい、と笑っておりましたよ。ただ、余計なモノも付いてくる、と例の調子でしたが」
「珍しいな、おまえがアイツの口車に乗ったのか?」
「ええ、カレは完璧に自由ですからね」
「当たり前だ、悪魔だぞ」
笑う。

「私の手の内は、使えないのですよ、相手が古い身内なもので」
イキナリ、話の核心が投げ出される。
「相手、」
「ええ。今回の首謀者ですよ」
に、と。初めてペルが片頬に笑みを刻みつけた。
―――参ったことに、ロールスの中の温度が5度は下がった。



リカルドは。朝ごはんを食べ終わったら、さあ、と車で出かけていってしまった。
リトル・ベアも、少し行ってくる場所があると言っていなくなった。
師匠はティピの中に入っていって、瞑想の時間だ。
に、と笑って。
「コドモの名を考える」
そんなことを言い残していった。
――――だぁから!
オレは産めないんだってば!!

そんなわけで。オレは箒を片手に師匠の家に取り残されている。
「郵便が来ても出る必要はないぞ」
そう兄弟子が出て行き際に言っていった言葉が、どうにもひっかかる。
「――――ナンデデスカ?」
訊き返せば、返って来たのはにやり、という笑いと、鏡を見ろ、の一言だけで。
「――――オレがいるだけじゃんね?」
箒に語りかけるのは、正直――――返事を期待できない。

リズムに乗せて箒を上下させながら口ずさむ古の歌。
トランス状態に入らないで、ただ記憶をリプレイする。
ワラパイの物語ではなく、ポーニーズの神話。
偉大なる狼、我らがトーテム。

ここは狩場とは程遠い―――――砂漠の中の家。
思い起こす、森林を走るキョウダイたちの姿。
雪を踏み、大地を駆け抜ける足音のリズム。
身を潜め、辺りを窺い、気配を探る仕種。

ゾロと聖地を訪れてから、レッドが側にいない。
オレがゾロだけに意識を向けていたからなのか、ずっと側にあった気配が感じられなくなっている。

オレを守ってくれていた兄弟は。
安心してくれたのだろうか。
オレはもう、大丈夫だって。
奥深くに眠りについてしまったのだろうか。

「――――迷ってないしね」
請うべき案内はない。
道標、行く先。
道程はわからないけれど、目指す場所は知っているから。

迷っていないから、レッドは。
暫しの休息に入ったのだろうか。
「―――――もしかしたら、ゾロについていったのかなあ?」
そういえば、オレ。
ゾロのことをお願いしていったきりだったしね。

ううううううううんん。
ゾロとあぁんだけイッパイ、抱き合ってたの――――レッド、知ってるよねえ。
見ないフリ、しててくれたかもだけど。呆れたかなあ?

「でも、何度でも欲しくなるんだよねぇ」
うにゃうにゃ。
なんだか照れるぞ、なんでだろう、独り言なのに。
「――――不思議だねえ」
あんなに息するのも大変なのにね。
ゾロがほしい、もっと欲しい、って思う気持ちはなにものにも変えがたくて。

ふわ、と一瞬。
ゾロの懐にいる時を思い出した。
くっきりと、体温からニオイから抱きしめてくれる腕の強さまで。
ホシイ、って言ってくれてる緑色の眼の強さとか。
少しキツそうに寄せられた眉根とか。
ぽた、と落ちてくる汗の雫の容までも、鮮明に思い出せる。

「―――――にゃあ」
うわあ、どうしよう。
火照ってきちゃったぞぅ。
うずうず、はしないけど。
「照れるなぁ」

すい、と見上げた先。
小さな鏡があった。
中のヒトと眼が合う。
「――――あれ?」
うわ、眼、潤んでる?
ほほ赤いし。
唇までなんか………紅い。

―――――――ってこれオレじゃないかッ!!!
うーわーあー!
どこの誰かと思った!!!
なんか、なんか!
熱病にかかってるみたいな!
ちょっと強すぎるトブクスリで浮いてるみたいな!!
でも、意識クリアだし!
つうか―――――うわあ!

「――――――ひゃあ…」
これは―――――不味いかなあ?
なんていうか、うん。
発情期、ってバレバレ??
前にセトに送られてた"ふにゃとろ"写真より数倍―――なんていうのかな、ヤバイ?
ええっと…毒が強そうっていうか。
「――――"甘い"???」

ううううううんん。
新たな自分の一面発見――――って暢気にしてる場合じゃなくって。
「………ゾロにいっぱい愛されたからこうなったのかな?」
それとも。
ゾロを待ちわびてるから、こんな顔になったんだろうか?

『あんまり積極的になられても、オトコとしては引くよなあ』
兄貴が言ってた言葉、オトコとオンナの関係第何十話目か。
『まあ、素直なのはいいけどな?要は駆引きってヤツ』
オスとメスの間の追いかけっこみたいなもの、と認識してるソレ。
『オレとしては乗っかられても、仕種で誘われるくらいがいいかな』
舌なめずりされてちゃ、ちょっと頭から食われそうで怖いよなァ、って。
セト、ケラケラ笑ってたっけ。

「笑ってたってことは、そんなに悪いことじゃない?」
うううん、でもどうだろう。
もう一度鏡を掲げて見詰めてみる。
「舌なめずり…してそうかなあ?」
実際にぺろり、と唇を舐めてみる。
赤い舌、翻る。
ううううううんんんんんんん………。

「ゾロがしてたら、ドキドキして大変なことになっちゃうけどねえ」
自分がやってもなあ?
……あ!
でもだからといって。
こればっかりは師匠とかに確認してもらったら―――――ヤバいことだよねえ。

「アブナイアブナイ」
発情してる顔なんだから。
対象は一人ダケ。
「――――今度ゾロに訊けばいっか」

ああ、でも確かに。
うっかりこんなカオしてたら、ヤバいよねえ。
「確かに、郵便屋さんとか、出ないほうがいいよね」
だって、うん。
どうやってこのカオ引っ込めたらいいかわかんないしね。

「…謎は一つ解けた!」
どうだ!一つなんとかなったゾ。
「にゃははっ」
って浮かれている場合じゃないや。

「さぁって。どうやってこのカオ引っ込めればいいのかなあ?」
一先ず、掃き掃除も終わったことだし。
鏡とにらめっこでも、してみようか。




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