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 話が漸く本題に入ったかと思えば、ロールスもスピードを緩め始めた。
 見慣れない一角、新しく建てられたビルと古くからの街並が混ざる典型的な郊外。
 その中に違和感無く溶け込んでいる中規模のオフィスビルにどうやら向かっているらしい。
 
 続きは後でってことか。それきり口を噤んでしまったペルを見遣る。
 クルマが正面のドア前で停まり、同じタイミングで中からそれが押し開らかれた。
 「着いたのか」
 「ええ。お疲れ様でした」
 ―――白々しいな、おい。
 
 建物に入れば、いくつかの見慣れたカオ。ペルの部下ドモ。
 揃いも揃って大層優秀、ときた。
 投げた眼差しを、す、と目礼で返してくる。
 「戻った、」
 ロビー奥、エレヴェータの到着音が微かに石張りの空間に響いた。
 
 「最上階までどうぞ」
 背中から子守りの声がした。
 「後ろに立つなよ、」
 「失礼、」
 さらりと空気も動かさずに前に歩き出るとそのまま進んでいく背中に一つ毒づいた。
 正面切って怒鳴られる方がまだマシだな、つくづく。
 
 エレヴェータが上昇を始め、どうやら7階が最上階らしかった。1階から6階までで何がされたか、など気にするだけ無駄だろう。
 あの悪魔が眠りに戻る場所以外でならいとも簡単にシゴトをやってのけることを知っているだけに。
 まあ少なくとも、おれも子守りに今のところ殺されてねぇけどな。
 
 「それで、おれの従弟がどうしたって」
 エレヴェータが開き、言葉にだした。
 すう、と刀モノじみた目線が返された。
 「彼が、元凶ですよすべての茶番のね」
 「バカ共に担ぎだされたか、間抜けだな」
 「その間抜けに、寸でのところで殺されかけたあなたを仰ぐ私など、愚の骨頂、と申しましょうか」
 にぃ、と。
 ペルが口角を吊り上げた。
 
 「さあ、ゾロ。この部屋です、お入りください」
 すう、と。
 重た気な扉が内側から開れた。
 しきつめられたたカーペット、ばかでかい空間が覗いた。
 「ここで大人しくしていろとでも?」
 「まさか。働らいていただきますよ。狩りが始まりますから、漸くね」
 
 「―――悪かったよ、」
 すい、とペルが肩を竦めていた。
 「なんとも心無い言い方なことだ」
 「育て方を間違えたな、おまえ」
 窓際近く、据えられていたソファの背もたれに身体を預けた。
 「詳しく聞かせろよ。もう動けるんだろう?」
 
 
 
 フツウのコドモだったよ、とリトル・ベアが昔の話をしてくれるのを訊きながら、砂漠をひた走った。
 炎天下、陽炎のようにゆらゆらと地熱が立ち昇る。
 
 「この辺りは、メキシコから密入国してきた人間たちが、炎天下の餌食になるところでな」
 近年ほど頻度は激しくなかったが、とリトル・ベアがステアリングを僅かに動かしながら話を続ける。
 「どうにもそういう存在に呼ばれる性質でな。学校から帰ると、砂漠にでかけていく毎日だった」
 
 フツウのコドモ、といわれたところで。オレ自身がフツウから程遠いらしいから、よくは解らないんだけど。
 それでも、学校帰りに毎日砂漠に霊に導かれていくのは、違うんじゃないかな、と思う。
 
 「家庭が安定していなくてな。遺体を発見しては警察に通報して臨時収入に当てていたようなモンだった」
 ―――――うん、フツウじゃないよねえ?
 
 「クレイジィ・ドッグ――――グレート・サンダーフィッシュの息子だな。その時彼はまだ、オマエが住んでいる砂漠の家に住んでいてな」
 ああ、クレイジィ・ドッグ…何度か写真で見た。
 「シルヴァ・コーム、彼の妻だ、と一緒に、よくあの辺りをうろついていたオレを、家に招き入れてくれていた」
 ざざ、と砂がタイヤの下で鳴る。
 小さな家がぽつんと見えてきた。
 
 「"リトル・ベア、オマエには声が聴こえるのか"と訊かれてな。"風の声にも、雨の声にも。彼らの叫びを聞く"と応えたならば」
 すう、とリトル・ベアが小さく笑った。
 「"ヴィジョンがあるのならば、輪を回す者になれ"と言われて。グレート・サンダーフィッシュの元に連れていかれた」
 
 近づく砂漠の小さな家。
 気配が違うのが見て取れる。
 「弟子入りし。彼の元から学校に通うようになって、今に至る」
 見上げると、リトル・ベアが笑った。
 「オマエにも"眼"が備わっているのにな。狼に攫われた」
 
 「攫われてはいないですよ?」
 「……ブリーズ・イン・ザ・メドゥからオマエを最初に預かった時に言われていた。"スキディのものだ、ワラパイにはならぬ"と」
 ジャックおじさんの顔を思い出す。
 ポーニー族のメディスンマン。
 「承知で預かっていたのだから、気にするんじゃないぞ」
 
 家が間近に迫って、スピードが落ちた車がゆっくりと停車した。
 巻き上がる砂埃に、チーフの姿が見えた。
 「オマエにはオマエの役割がある。オマエにしかできない――――しっかりやりなさい」
 
 声に押されて、一歩踏み出す。
 開け放しの窓から吹き込んでくる風に当たっていたときとは大違いの、照り付けてくる陽射しに肌が焼ける。
 見遣る、木で出来た小さな家を。
 一見、どこも変わりなく見えるけれど、混じりこんだ気配が慣れ親しんでいないものを含んでいた。
 シャープで、苛立って。
 "掻き回していった"のだ、と見る前から知る。
 
 扉、鍵を開けて一歩踏み入れる。
 薄っすらとした埃もなにもない――――そういえば、リカルドがまだ掃除に来てくれているのは知っている、けど…。
 どこかが違う。
 森の中、グリズリーが這い回った後みたいだ。
 
 神経を尖らせて、ゆっくりと見回していく。
 侵入者、数名――――目的をもって入ってきて探し尽くしていったみたいだ。
 なにもかも片されたキッチンからソファの辺りに目を遣る。
 ゾロが買ったテレビやDVDは残されている。
 金目のものが目的じゃない…。
 
 いないとは解っていても、足音を忍ばせて、ベッドルームへと向かう。
 ラグ、マットレス、リネン……この家を出て行った日には、確かに綺麗に整えていったけど……おかしい。
 なんか……ホテルのベッドみたいに見える。
 リカルドは、こっちには入ってこないって言ってたし…。
 
 奥のスタディに入る。
 本棚は、――――うん。減ってない。
 ノート類…あ、持って帰らないと、コレ。
 ゴミバコ……うん?
 ゴミ、捨てていってないよ……?
 空っぽだ……。
 
 「うーーーー」
 ふわ、と毛が勝手に逆立つ。
 なんだろう、この気配。
 目を細めて、更に見遣る。
 引き出し…何も取られていない。
 どこも欠けていないように思える…けど。
 
 「うぅぅぅぅ」
 アラート・サイン。
 巣に立ち入った何かがいる。
 通りすがりの霊じゃなくて、実体を持った数名、確実。
 
 ベッドルームに戻って、ゆっくりとクロゼットを開けた。
 入れっぱなしのオレの服。
 新しく買ってあったセーター。
 けれど。
 一緒に買ったゾロのジャケットが無い。
 最初に着ていた、麻のスーツの上下も。
 
 引き出しを開ける。
 ゾロのために買っておいたシャツやTシャツやデニムや。
 箱に入れておいておいたゾロの靴が無い。
 来たのは―――――
 「ペルさんたちだ」
 ぐううう、と。
 赤く一瞬視線が染まる。
 
 ふ、と思い当たって、リヴィングに戻る。
 ウッドの壁、貼ってあった筈の一枚の絵。
 ジョーンが描いたもの。
 ピンと、その周りに僅かなペーパの繊維だけを残して、持ち去られていた。
 
 ぷちん、と頭の中で、スゥイッチが入った。
 怒りが膨れ上がる。
 言葉に置き換えられないほどの感情。
 ぐうう、と背中を丸めてから、空に鼻先を向けた。
 「―――――――うぅぅぅぅぅううううああああうっ」
 
 
 
 
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