出歩くな、ということは必然的に"こうなる"わけか。どこか体の良い囚人じみている。
テーブルにシルヴァを軽く放り出す。
嫌そうな顔を作ってみせる子守りはいまのところは、いない。
代わりに、融通の効かなそうな、ペルの子飼いの何人かが見張り兼用で7階のこの部屋に残されていた。

「今日のところは」動くことは無い、と釘をさされた。ありていに言えば、「逃げるなよ」、とでもいったところか。
ここへ来てどこへ逃げるっていうんだかな、コイツも。

大体の構造だけからみても、昨日や今日の思いつきじゃない「連中」だろうと判る。
そんな連中に、イキナリ面を晒すほどバカじゃない。
話を聞くうちに、名前とカオの一致する連中が若干名いやがった。―――上等だ。
あと何日か、知った風な顔でもしているがいいさ。どうせ長くない。

計算する、今日を引いて大体何日の「ゲーム」なのかを。
結果、出てきたのは。4日がいいところだ。

手回しの良い連中だ、実に。おれが半ば死んだと思って相当アタマにきていやがったか?
お飾りの間抜けの居場所だけは、最後まで苦労したらしい。連中もまるっきりのバカじゃあない。隠しだまがすぐにわかるところでうろついているのも問題だしな。

おれの従弟、とやらはそもそも身内の、それも限られた人間しか存在を知らなかったらしい。
「こっち側」にかかわりを持とうとしなければ、生き残るチャンスもあったかもしれないのにバカな男だ。

「もうよろしいのですか」
低い声がしやがった、ドアから。―――いつ戻ってきやがったんだよ、だから。
「あぁ、」
「飛行機キライまでは治りませんでしたか、"休息"をなさっても」
―――コイツは、ひょっとしてクマちゃんとの勝負が引き分けになったことを根に持っていやがるのか?
思うだけで、口には出さずにいた。毒殺されてもおもしろくねぇしな。

「そう簡単にいくかよ」
返事を前提としない言葉を投げる。
4日というのは、微妙な線だ。
ひとつの組織化されたものならともかく。見えない糸で繋がった二義的な連中のアツマリ。

先に問い掛けて答えを得られなかったソレを繰り返してみた。
おれの従弟はどこにいるんだ、と。
おれの右斜め前あたりに立った姿が、微かにわらった。
「賢くてらっしゃるのか、逆なのか」
―――うるせぇよ。

「南が一時期騒がしかったことがありましたね、」
諭すよな口調にわざとスイッチしやがる。
「サウスにいたわけか」
「いまは目と鼻の先に、さすが従弟殿ですね妙なところは豪胆でいらっしゃる」
「間抜けと同格かよ、フザケロ」

に、と。ペルがわらった。
「さて、」
フン……?
「まずは一人目から。出られますか」
「当たり前だ、」
すい、と手で制してきた。
「別の小熊があなたに会いにきているのですよ」
これは笑うべきか微妙な線だ。いまのはジョークか?

「"オシート"かよ、何の用だ?」
「ゾロ、彼はあなたの無事を自分の目で確かめないことには梃でも動こうとしない、まったくどこの小熊も頑固で困ったものです」
これには、わらった。
おもしれえじゃねえかよ。



怒りが。
体内の深いところでグラグラと沸き立っている。

どうにか必要な物の荷造りを終え、車に積み込み。
それから砂漠の陽炎の中を渡って帰ってきても。
それはマグマのように奥深くに潜んで、絶えず熱を孕んでいた。
コトバにならない。

リトル・ベアは、けれど。
こんな風に怒りまくっているオレを、じぃっと穏やかな目で見据えて。
それから一言、
「オモシロイ」
とだけ呟いていた。

―――――――む。
オレはちぃっっっっっっっとも!!!
面白くなんかないのに。

オレがムっとしたのが解ったのだろう、兄弟子は、僅かに口端を引き上げて。
「シンギン・キャットはもしかしたら、クラウよりはナラウィラリスなのかもしれないと思っただけだ」
そう言ってきた。

――――――Kurau?
―――――――Narawiraris?
ポン、とワラパイではなくポーニー語を聞いたことで。
意識が少し怒りから隔離された。

「――――――オレがメディスンマンよりはウォリアだってこと?」
「そうだろう?怒りだけで、オマエにトーテムが降りる」
「―――――でも、あれは狼の鳴き方だよ?」
「そうか?オレの耳にはクーガーに聴こえた」
オマエのトーテムだろう、"キャット"と。
静かに訊かれて、目を細めた。
うううううんんん、オレはアレで群れの中で暮らしてきたのになァ?

けれど。
そんな質問を提示されたことで。
オレの中の怒りは、コントロールを失うことなく内に押し止められて。
オレの内に、"コトバ"が戻った。
唸る、吼える以外に怒りを発散する方法。

砂漠を渡り終え、帰宅したら時刻は5時を過ぎていて。
リトル・ベアが簡単に晩ご飯を仕度している間に、オレはシャワーへと送られて、更に頭を冷やすことになった。

頭を冷やしても、やっぱりやられたことは理不尽で。
む、とした感情を抱えたまま、リヴィングに向かった。

食卓に、師匠が座っていた。
キッチンからは、リトル・ベアとリカルドの声。
ううううううう。

つっかつっかと師匠のところに歩いていき。
ぎううううう、と抱きついてみた。
「師匠〜!!聞いてくださいよう〜!!」

腕の中で、師匠がごそごそと動いていた。
どうやらタバコを取ろうとしていたところだったみたい。
「離れぬか、」
優しい声が聴こえた。
「うーーーーー……ハイ、」

最後にぎゅう、って腕に力を篭めてから、離れた。
「煙管が折れたぞ」
そのままとすん、と師匠の隣に腰をかける。
師匠のからかう声に、テーブルに突っ伏してみた。
「だって、ひっどおおおおおおいんだもん……っ」

「鳴いておるわ、」
「うううううううーーーーー、」
勢いよく煙管から師匠がタバコを吸っていた。
横目でちらりと見上げる。
「ししょーお、もー…信じられないです、」
しっかりと見下ろしてくる黒い瞳を見詰め、溜め息混じりに言う。
「ふむ」
「オレの巣、無断で入り込まれた挙句、泥棒までされてました」
「用意がいいことだの」

ううううううううう。
悔しいっ!!
「オオカミのいた痕は残さんのだろうて」
師匠がからっと笑って、オレはダンッとフロアを蹴った。
「狐だって卵を全部持っていかないのに!!」
がば、と起き上がって師匠に向き直る。

「あのもの共は群れではあるが、都市のものであろうて」
「家の中、徹底的に漁った挙句!髪の毛の一本まで持ち帰ったんですよ!?」
すうーっと煙が師匠の口から立ち昇っていく。
「せっかく!ゾロのニオイが残ってるシャツとか持ち帰って!!こっそり抱いて寝ようと思ってたのに!!!」
うわあああん、悔しいようっ!!

ダンダンッとフロアを蹴って感情を分散する。
「抱いて寝るか!」
「そう!!ゾロの変わりに足からませて、ぎゅうっと!!!」
抱きついて、寝ようと思ってたのに!!
楽しみにしてたのにっ!!

「寝るだけかの?のうリトル・べア!」
「――――――なんですか?」
「キャットが代用品を盗まれたと鳴いておる」
僅かに呆れたような声のリトル・ベアが、キッチンからカオを出してきた。
「ええ。暫く吼えてましたよ?」
「オオカミを抱いて寝るつもりであったらしいがの」

盗られた、と言っておる。そう言って師匠が大笑いした。
「だぁって!寂しいもん、いきなりベッドで一人だし!広いし!!!」
「―――――立ち直ったようでなによりだ、シンギン・キャット」
リトル・ベアが溜め息とともに言って。
背後でリカルドが爆笑している声が聴こえた。

「ならば好きにするが良い」
「―――――好きにって?」
師匠を膨れっ面で見上げてみる。
すっぱああ、と煙管から煙を吸い上げている師匠の腕を突付く。
「たとえば師匠と一緒に寝たりとかしてもいいんですか?」

「断る」
「えええええ?」
師匠に即答されちゃったよ。
―――――――むー……
「発情したクーガには近寄らんのだ」
「うぁあああう、」

大笑いしている師匠の応えに。
もう一度テーブルに突っ伏す。
「――――――しかもですよ、ししょお、」
声のトーンを落とす。
「リトルベア!リカルド!!来んか!」
「世界で唯一、もう二度と手に入れることのできない大切なものまで、持っていかれてしまったんですよう…」
うじうじ、とテーブルに懐いていると。
後ろからトン、と何かが当てられた。

視線を上げると。
おっきなパッケージが押し当てられていた。後頭部に。
真横から、師匠がじっと見詰めてきていた。
パッケージに手を伸ばす。
リカルドがくっくと笑っていた。
「よかった。じゃあコイツで間に合う」
さらん、と髪を撫でられた。
うん?なんだろう…?

「―――――開けてもいいですか?」
三人に聞いてみる。
リカルドは笑って頷き。
リトル・ベアは小さく首を縦に振り。
師匠は、
「子は産めんかのう」
そう残念そうに言っていた。
「――――――だから、オレ、オスですってば」




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