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 Tuesday,August 20
 快晴、とまでは言わないが。とにかくは空が見えた。
 窓から眺めた。
 
 取るに足らない用事は自分たちで済ませる、と至極あっさりと言い切ったペルが出て行ってからしばらく経つ。
 昨夜、オシートの訪問を受けたあとでまた見えなかった糸だか輪だかの一つが見えた。
 ミ・ロード、ヒトは愚かな者だな、と言い残して陽気な皮肉屋はまた行き先も告げずに出て行った。オシートの「土産」のリング、あれはペルが引き取っていた。処分なり何なり、するつもりなのだろう。
 取るに足らない用事、それはいわば、見えてきた輪、その一つを摘み上げて言い切ったみたいなモンだ。
 
 僅かな苛立ちを覚える。すぐにでも、走り出したいのを抑えられてでもいるような微かな揺れが自分の内で興るのを感じ取っていた。
 いつがおれの出番だって言うんだよ、まったく。
 
 待つのは性にあわない、よくこんなところで大人しくしている、と我ながら感心する。
 まあここを出て、遠慮なく子守りに殺されてやる義理も無いから、精々今日のところは動かないようにしている心積もりで窓辺から離れた。見物していたものからもしばしのお別れ、ってやつだ。
 
 わらった。通りの見えない角あたり。
 見張りをご丁寧に残してやがる。
 「信用ねぇなぁ、おれ?」
 
 ドア口から低い声が、まったくですね、といって寄越してきた。
 声の主はまだ初夏の頃おれの代理を無事に勤めたドルトンで、その口調にまたわらった。
 「自分から戻ってきたんだぜ?」
 「―――もうあと1日お戻りが遅ければ、ネイションで無用な血が流れたでしょうよ。軽率はお慎みなさい」
 どいつもこいつも、―――説教好きだ。
 くそう、あの大ネコ共や、馬鹿従弟でさえ懐かしい気がしてきたぞ。
 
 「待つのは性にあわない」
 「獲物が、輪の中に飛び出てくれば後は誰も止めませんよ」
 「精々そう願うな」
 「残念でしたね、あなたが亡くなったことになっていなければ、もう少し最初から動けましたが」
 「自業自得、っていいたいわけだな、おまえは要は」
 「―――さあ、」
 
 すう、と声に笑みが刷かれる。
 「少なくとも、南の連中があなたの側ににあることだけは確かめられましたから、五分五分ですか」
 「これが済んだら亡命するぞおれは、ボーダー越えだ。"アデォス、アミーゴス"」
 おまえらがここまで嫌味ったらしい連中だとは知らなかったよ、と付けたしタバコに火を点けた。
 
 「あぁ、それも一興でしょうね。そうなると、未開の王国は誰のものに?」
 「てめえらが勝手に山分けしろ」
 「ご冗談を」
 ドルトンが、に、と口元を吊り上げた。
 「そんな面倒はご免こうむります」
 
 口を開きかけたとき、胸元から電子音がした。
 取り出し、確認する。相手は―――わが懐かしの馬鹿従弟、ときた。
 どっちがマシだろうな?
 
 しばらくディスプレイを眺め、通話ボタンを押した。
 『ゾォロ!!おれの部下が殺されかけたぞ、おい!!』
 開口一番、コレだった。げらげら上機嫌な笑い声付き。
 「―――ア?なに言って……」
 『おーい、ンな凶暴なコがいるってオマエ、一ッ言も言ってねぇじゃねえかよー』
 コイツは何が言いたいんだ…?
 
 「コーザ、てめえの話はいったい全体なんのことだよ?」
 『ミスタ・クァスラにおれのお気に入り届けに行かせたんだよ、したら―――』
 あぁ、読めた。
 ………おまけに頭が痛いぞおれは。
 『がああう!ってなあ、イキナリ喉笛噛みつかれてンだよ、なんだありゃあ!』
 
 ――――おい、ちょっと待て。
 「ディーラがか?」
 『おれの部下って言っただろうが。聞けよちったァヒトの話をよ』
 ―――サンジ、おまえ。いったい何してんだよ?
 
 「そいつが余計なモンでも持ち出したんじゃねぇのか?」
 『ただ用心に付いていかせただけだっての』
 「観に行かせた、の間違いだろうが」
 
 だってジュリエット見てぇじゃねえの、と馬鹿が笑いやがった。
 『でなぁ?そのジュリエット。巣を荒らすがどうとかって言ってお怒りだったらしいんだわ』
 巣……?あぁ、あの砂漠の家のことか?
 ペルがクマちゃんと対決を仕出かす前か後か、おそらく前だな。あの家に寄りでもしたんだろう。なにをしたかは大体見当がつく。
 「おれ」のいた形跡を一切、無くしやがったか。
 多分、あの家にはもう指紋一つも残っていないだろう。
 
 『ペルか…?』
 「だな、過保護な子守りだ」
 後ろで、ドルトンがわらっていた。
 こうしている間にも、狩り出された連中は走り始めているんだろう。
 生きていれば、の話だけどな。
 
 『なあ、手。足りてるのか』
 ふ、と声が硬度を増して聞こえた。
 「いまのところは、」
 『フン、じゃいいや。またな』
 イキナリ、切れやがった。
 
 あの馬鹿の頭の中は理解し難い。
 どうせ次の面白いことでも見つけたか。
 女の一人でも顔をだしたか、いずれにしろ。あそこまで自分中心に周るのも一種の才能だ。
 
 おれの顔をしばらく面白そうに見ていたドルトンが、声にもその調子を掠めて言いやがった。
 「血は争えませんな、」
 放っとけ。どうせならイカレ親父に言えよ。
 
 
 
 
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