今日は、リカルドに客が来るのだと聞いていた。
リカルドが住んでいる家は、師匠の住んでいる場所から1時間も離れてはいない場所にあるのだけれど。
オレとゾロが出会って。
コロラドで別れて。
もう一度再開する前から、この家にずっと世話になっているんだ、って笑っていた。
途中何日か帰ったみたいだけれど、聖域から戻ってからは、リカルドは帰る気がないみたいだ。

「見届けたいだろう?アイツは友達だし」
にか、と笑ったリカルドは。
そろそろアリゾナのこの辺りに留まっているのがつまらなくなってきた、と言っていた。
「だから、見届けたら観にいこうと思う」
「何を?」
「世界を」
「世界を?」
「そう。オレにしか見えない風景があると思うから」

そんなワケで。今借りている部屋を引き払って。
その先は、定住しないで数年、過ごすつもりなのだと言っていた。
「だから来る客は、ここでいいんだ。住所を借りるから」
「ふぅん?」

リトル・ベアと、リカルドの両親は。お母さんだけがまだいらっしゃるそうだけど。
あまり仲が良くはないみたいで。
いま、お母さんは再婚して、別々の生活をしているんだと言っていた。
「アルトゥロはグレート・サンダー・フィッシュの養子になったわけだけど。オレは居候って形でここの住所を借りるんだよ」
ふぅん?

洗濯物を干して。
ハーブを育てている庭の虫取りをしていたら。
リカルドの客が来る車の音が聴こえた。
ああ、あの音は乗用車と……うん???

聞きなれない、ヘヴィなエンジン音。
タイヤが鳴る音も、どこか重い。

庭を回って、前庭を覗いてみた。
ああ、セダンが1台と、おおきなトレーラだ。
……リカルドの客って、誰なんだろう…?

庭に戻って、出しておいた虫取り用の道具とかを片付ける。
バタン、と2回車のドアが閉まる音。
―――――――ん?
なんだろう……首の辺りが…微妙に毛が逆立ってる。
敵対心があるわけじゃないけど…警戒してる、のかな?
……でもヒトだし。
ああ、でも。とてもウキウキとした感じもある。
…リカルドの客って。本当に、誰なんだろう……?

彼ら、多分男性二人、が。ドアをノックする前に、リカルドがドアを開けて挨拶をしていた。
「ミスタ・リカルド・クァスラ?はじめまして」
柔らかで人当たりの良い男性の声。
「はじめまして」
リカルドの声、嬉しそうだ。
「ジャック・ハーストです、どうぞ私のことはジャックと」
とても柔らかな雰囲気。
にこにこ、としているのが感じられる。
芯があるけど、柔らかい。
うううん……研究員のアーチーみたいだ。

「ほんとうは、お渡ししたくないんですけどね」
「それは申し訳ない」
にこにこ、と笑ってそうな声だ。ジャックというヒトも、リカルドも。
「遠いところをようこそ、どうぞ中へ」
リカルドが家の中に招きいれたのだろう、声が僅かに小さくなる。

「ですが、この景色をみて気が変わりましたよ?実にイイ、しっくりきますね。私のショウルームにいるよりも喜ぶでしょう」
「あとでひとっ走り一緒にどうですか?折角手放していただけるのだし」
……ううん、車のディーラーかな?
じゃあ友達、ってわけじゃないんだ?

「ああ、ぜひ!実はね―――」
じゃあ警戒してるのも、頷けるかな…?
「ジャック、」
少し固い声の人が、柔らかな声を押しとめた。
……ううん?このヒト……なんのヒトだろう?
お店のヒトっぽくないけど……ううううううんんん????

「あぁ、失礼。ミスタ・クァスラ、こちらはミスタ・アレックス・アーサー、紹介者の代理です」
…ふうん?って。盗み聞きは悪いかな?
でも聴こえちゃうんだけど……。

「ああ、ミスタ・ヴァリアルドの」
リカルドの声が、少し笑っていた。
「ミスタ・ヴァリアルドがあなたによろしく、と」
滑らかだけど、硬質の声。
あんまりよろしく、って感じじゃないね。
なんか……なんだろう?
ダディの知り合いの、銀行のヒトみたいな感じ。
警戒心がいっぱいで。

ジャック、ってヒトが笑って言っていた。
「コーザ、おっと失礼。ミスタ・ヴァリアルドが絶対あれを譲れと言って聞かないんですよ、私も最初はね断わったんですが、」
「ああ、オレに"ピッタリ"がある、ととても嬉しそうだったからついつい頷いてしまったんだが…」
リカルドが笑っていて、そこへリトル・ベアの声。
「どうぞ、中へ」
「ありがとう、」

足音。
続いて、家の中へ入っていく人達。
「…うううん、なんだろうねえ?」
少し不思議。

消え行く声が。
「ペーパーワークはさっさと片付けてしまいますか。試乗なさりたいでしょう?」
わくわく、としていた。
ジャックさんの声。

けど。
うん、何かが引っかかった。
………"コーザ"?
―――――――――ゾロが苦笑して、その名前を言ってたっけ。
ううん、っと……?

「ミスタ・クァスラ、気をつけた方が良いですよ?ハンドルはジャックに握らせないように」
少し笑い気味のアレックスってヒトの声。
…楽しんでるみたいだね?

パタン、とドアが閉まる音。
気配だけが残って、ヒトの声は聴こえなくなった。
じりじり、と太陽が照り付けてくるのを肌で感じる。
「……コーザ、C,O,Z,A。ううううん…」
いつ聞いた名前だっけ…?

コーザ、というヒトについて思い出そうとしながら。
じわじわと気温を上げてきた外から逃げるために、家に戻った。
手を洗いに行って、鏡に映った自分が砂を被っているのに気付いた。
「……あっちゃあ」

砂塗れ。
砂浴びした狼じゃあるまいし。
や、これは寧ろオレのトーテムの…クーガー?
「シャワー、浴びなきゃ」
今は、そう。
ヒトであることを選んだんだし。




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