着替えをベッドルームまで取りに行って。
それから、冷ための水でシャワーを浴びた。
頭を洗って、すっきりしたら。
ふい、と名前に思い当たった。
"コーザ"。
「ゾロのイトコの名前じゃない」
ふーん、リカルド。ほんっとうにゾロと仲がいいんだねえ!
「コーザ、かあ……って、あれ…?」
コーザって、ゾロのイトコで。
ゾロの家は、ジョーンが言ってたこととゾロが言ってたことを思い出すと。
確か、みんな、"ビジネス"ってヤツに関わっていなかったっけ………?
ぞわ、と産毛が逆立った。
さっきの気配、知らないわけがない。
オレをコロラドの家まで送り届けたドライヴァさんとか、家を見張ってた人たちとかと一緒。
それってつまり―――――――――――――
ふわ、っと怒りが舞い戻る。
「ペルさんの手下だ!」
オレの大切なものを勝手に持ってった巣荒し!!
濡れていたはずの髪の毛まで、逆立っていくような気がする。
血が沸き立つ。
「うぅーぅぅぅぅぅ、」
コトバに出来ない怒りが、全身を乗っ取る。
ぶわ、と溢れた。
静かにドアを開ける。
四足にならずに歩いていけるのが不思議なくらいだ。
薄暗い廊下を抜ける。
ドア、リヴィングへ抜けるそれを開け放ち。
――――――――居た、ソファの上。
ヒトの視線を受け止める。
3組。
一人、笑い顔がぽかん、ってした。
アレハ敵ジャナイ。
アッシュブラウンのヒト。
ぴし、っとしてるニンゲン。
ひた、と視線が合った。
――――――危険ダ、時間ヲ許スナ、飛ビ掛カレ。
「ギャウゥゥゥゥゥゥッ」
「うわ、こら、サンジッ!!!!!!」
ダン、と押し倒して喉元に食らいつく。
牙ヲ立テテ、最後ノ一滴マデ血ヲ――――――
「キャット!!!!」
「ンガゥッ?」
ほえ?
「キャット、戻りなさい」
―――――――――――ほえ?
あ、リトル・ベア…?
「うわ、おいアレックス!」
あ、ジャック、とかいうヒト。
「ンガガッ?」
んあ、あの、顎掴まれてる、って……うっわ、うっわあ!?
「サンジ??」
あ、これはリカルドの声だ。
「んぁー、」
目線をあげてリカルドを見遣る。
「ああ、戻ったみたいだな」
すい、と。
熱い掌が退く感触。
ゆっくりと、食い破らずに、それでも食い込んでいた牙をゆっくりと浮かす。
喉元、そうっとそうっと、傷つけないように。
「一体、―――――」
ビックリした声だ、アレックスの。
うーわ、うーわ、うううううわああああああ……!!!
「ミスタ・クァスラ?――――あぁアレックスあんた平気か!」
ジャックってヒトが。心底びっくりした、って声を上げていた。
ばくばく、と心臓が走ってるオレも、びっくりしている。
ゆっくりと、けれど力強く押し遣られて。
ソファに押し倒していたアレックスが、半身を起こしていった。
「どうにかな、」
喉元抑えて、低い掠れた声。
ぽたん、と場違いに涼やかな水音。
濡れた髪からの水滴。
そして、ふわ、と僅かな血のニオイ。
噛み切ってはいなかったけど……引っ掻いた…?
「うわ、ご、ごめんなさいっ!!」
頭を下げる。
「敵の巣荒しだと思ってしまいました!同じニオイがしてたので!!」
「ハ?」
「ゴメンナサイ、ほんとうにゴメンナサイ、痛かった?痛い?痛いよね?」
ジャックがきょとん、としたまま見上げているのが解った。
リトル・ベアが、救急箱を取りにゆっくりとした足取りで室内を横切る。
「サンジ、ちょっと落ち着けオマエ」
リカルドの声に、こくん、と頷く。
「アレックスさん、ゴメンナサイッ」
「"私"は違いますよ、ミスタ・ラクロワ」
じわーっと怒りの滲んだ声。
うん、うん。怒るよね、怒らないでとは言わないから。
「アレックス、サンジのことを知っているのか?」
「ゴメンナサイ、アレックスさんっ!!巣荒しなんかと間違えたら、気分悪くしますよね?」
リカルドがオレのことをなんか言ってたけど。
うわああああん、どうしよう???
「巣荒しって。そもそもなんの――――――ああ!砂漠の家の泥棒!」
リカルドの声。
…泥棒?違うよう、巣荒しだよう!!
「それは、このヒトは関係ないんだ、リカルド。うわあああん、アレックスさん、ごめんね本当に!!」
アレックスが、ふう、と溜め息を吐いて。片手をひら、としていた。
「ああ、アレックスあんた血が、」
ジャックの驚いた声。
「そりゃ喉首だ、血も出るさ」
冷めたアレックスの声。―――――うわぁああん、ゾロの家のヒトなんだもん!!間違えるよう!
「えっと。ごめんなさい、それ舐め…たらいけないんだっけ、血。ええと、どうしよう…」
「馬鹿なことを言っていないで退きなさい。ミスタ・アレックス。簡単な止血をしておきます、手当てしましょう」
リトル・ベアが溜め息混じりに言ってきて。
オレはひょい、っと脇に移動させられた。
「オレ、それできる!」
いまは意識がヒトだからそれくらいはできるよ?
「いや、結構」
ぴしっとアレックスに言われて、びくっと飛びのく。
うわあああん、どうしよう???
「シンギン・キャット。噛み付いた相手に直ぐに心を許す者はいないだろう?」
「ほら、サンジ。こっち来い」
リトル・ベアに言われて凹んだオレの手を。リカルドが引いた。
ふいに、ぱちん、と音がする勢いで、声が響いてきた。ジャックの。
「あー、そうだ!じゃあミスタ・クァスラ、それから、―――っとそこのキャットくん?試乗に行きますか!」
すたん、とソファから立ち上がる音。
「ご、ごめな…それどころじゃ、」
「いいからいいから!」
うえ、と嗚咽を飲み込んで見上げたら、ジャックがにこお、って笑っていた。
「うわ、サンジ、泣くなってば」
ぐいぐい、と背中を押されてエントランスに向かう。
「や、でも、アレック、スさ…んがっ、」
うぁああああんっ、
だぱだぱ、っと涙が勝手に零れてビックリした。
泣いてるばあじゃないのに、謝らなきゃいけないのに…っ。
「怒ってるアレックスには何を言っても無駄ですよ」
「サンジ、泣くなってば!ゾロにオレが叱られる」
右と左から、ジャックとリカルドの声。
「――――――――うみゃあああああああんっ、」
そんなこと言ったって…っ!!
「それより、」
ジャックの声。
にこお、とした顔が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「AMC CJ-5、79年型Golden Hawk、これを逃がしたら乗るチャンスはそうそうありませんよ。キャットくん!」
「――――――ふぇ…っ?」
「乗りたいでしょう?」
乗りたい、ってより…なんのこと?
「オレの新車になる予定のジープだ」
中古だけどな、とリカルドが笑う。
「それは、作られた年代が古いだけでね、オーナは誰もいなかったんです」
「じゃあ新古車か?」
こら、って目線でジャックがリカルドを見て。
リカルドがにぃい、って笑った。
「プレミアム・カー、それも実用的なね。ある意味、」
「プ、レミアム・カァ?」
ひくっと嗚咽を飲み込んでジャックを見上げれば。
「究極の贅沢ですねぇ、」
そう言ってジャックが笑った。
「"車は走ればいい"、ってのがアルトゥロの口癖だけどな」
「私に言わせて貰えば、」
「ん?」
リカルドとジャックを交互に見遣る。
「ミスタ・アルトゥロも相当の趣味人でらっしゃる」
「死んだ親父の車を自分でメンテナンスして乗ってるんだ。趣味と実益ってやつか?」
――――――そんな話を。つい最近、リトル・ベアと交わしたばかりだ。
玄関から出て歩いていくと。
トレーラからもう一人、誰かが出てきていた。
トレーラの運転手、兼ガードマン、かな?
「なるほど。ウチのメカニックの出張費用は稼げませんね」
「パーツは普通のディーラじゃ置いてないんだろう、ジャック?」
「いつでもご連絡を、すぐにお届けしますよ」
にこお、と笑ったジャックに、リカルドも小さく笑う。
トレーラのカーゴのドアを開いて、長いスロープをそのドアが作る。
ドゥルン、っとエンジンが掛かる音。
静かにエンジンが温まるのを待って。
それからゆっくりとトレーラからジープが下りてきた。
砂と同じ色の布が幌になっている、ハンターグリーンのジープ、だ。
にこにこ、と作業を見守っていたジャックが、そのままの笑顔でリカルドを見上げた。
「いかがです!」
「アメリカ建国200年記念特別バージョンは、確かボンネットにイーグルのロゴがあったが…あれじゃないんだよな?」
トレーラの中に、運転手が戻っていく。
ジャックが、お?って顔をした。
「"そいつァやりすぎだよなあ!"が、依頼人からのお達しでしてね」
にかっとしたジャックに、リカルドも同じ様ににかっとしていた。
「話の解るヤツだよな、コーザ」
ゆっくりとジーブに近づいていく。
「私はたまに泣かされますけどね」
「アンタのベイビィ、オレが大事にするよ、」
ケラケラと笑っているジャックに、リカルドが手を差し出した。
「ええ、これも喜んでいる」
にっこり笑って、オレを挟んでハンド・シェイク。
「ささ、キャットくん」
「ほえ?」
一緒に手を握られてビックリした。
「な??」
「さて。見るよりは乗ってしまいましょうか」
にこお、と笑いかけられて。ぱちくり、と目を瞬いた。
「そのころにはアレックスも落ち着いてますよ」
リカルドが、エンジンをかけっぱなしにしてある車の運転席に回った。
にしゃ、としたジャックを見上げて、込み上げた疑問を訊いてみた。
「―――――あの、ジャックさん。オレが怖くないの…?」
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