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 Wedneday, August 22
 折角のゴブランが台無しだな。
 頭を掠めた。壁に散った赤。ところどころ砕けた頭蓋と濡れた髪の塊付き。
 ユニコーンの時代を経てきた雪白と、その横の"処女"の顔にもこびりついてやがる。
 
 振り向いた顔を思い出してみた。驚きと、そしてまさか自分が死ぬことになるとは思ってもいない表情を浮かべて。
 椅子にもたれて崩れた塊を見るたびに思う。ガンで撃たれて死ぬのはみっともねぇなあ、と。
 頭の後ろが空っぽだぞ、おっさん。
 元から何にも入っちゃいなかったんだろうが。
 
 「一人、」
 数えてみる。
 ここには、だ。
 
 途方に暮れる葬儀屋を想像してみた。
 首の無いの、頭の後ろが空ッぽなの、顔半分が無いの、目玉が張り付いたの。
 カワイソウニ。
 
 最奥のこの部屋にも、廊下や他の部屋からの気配がすべて静まり返ったのがわかる。
 慇懃無礼な死神の手先が、テノールで夜の挨拶をしてから5分でこのざまだ。
 
 
 「あんた、慢心し過ぎだったな」
 見開かれたままの目に言ってみる。
 秒単位で、濁っていくソレ。
 
 「"カレ"が銃を嫌うのも無理はありませんね」
 冴えた声が間近でする。
 目をやり、まあな、と頷いた。
 「後が汚れるしな、」
 だからといって、喉を裂かれるのもどうかと思うけどな。どちらにしろ、ぞっとしない。
 「いずれにしろ、葬儀屋泣かせだ」
 
 廊下へと出た。死体といつまでも顔を突き合わせてる趣味は無い。
 あぁ、あった、あそこに二人目。
 腹から派手に中身をばら撒いてる。
 身体に空いた穴越しに見えた。防音が万全、てのも良し悪しだったな?
 
 すう、と。ペルが気配だけで笑ってみせた。「葬儀屋」のジョーク。
 このなかの誰も、棺になど入らないことなど分り切ったことだからだ。
 進むうちに、数えるのが面倒になってきた。
 雑魚。
 
 『少しは気を使えよ、』
 そう悪魔が冷め切った声で歌うようだったの思い出した。
 『死体になっちまえばみんな同じ』
 ―――フン。
 
 入り口で、一度だけ振り返った。
 見覚えのある、大階段のカーブ。
 ガキの頃の記憶か。あの300年前のモノに囲まれていた男は、「トーニオ叔父さん」サイドの人間だった、ってわけか。
 
 一応、聞いてみた。トリガーを引く前に。
 『トマ』は何処だ?と。
 『ゾロ。トマソ、と何度言えば分かる』
 死ぬ前の台詞にしては上出来の部類だ。
 『フン、お見事』
 じゃあな、さようなら。
 あんたが本気なら、こっちも本気なんだよ、おまけに急いでるしな。
 
 
 遠ざかる屋敷がミラー越しに見えた。
 「次は、」
 「知った顔ばかりとは気が重い」
 しれ、と横から真意からかけ離れた声が返ってきた。
 「まぁ、別になんの恨みもないしな」
 「ゾロ、」
 咎めるような言い回しで名を呼ばれる。
 「実際、おれはまだ生憎と生きているだろう?」
 倣岸不遜なガキだと、この屋敷の主だった男から目で言われた。実のところはどうだろう、その通りか。
 
 
 
 
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