どこから迷い込んできたのか、庭でハーブの手入れをしていたら、犬が居た。
誰かに飼われていた犬のようで、立派な首輪をつけたヨークシャー・テリアだった。

「…オマエ、暑そうだね」
声をかけてみる。
きゅーん、とか細く鳴く。
「迷子なの?」
こくん、と首をかしげて、悲しそうに鼻を鳴らした。

「…Come、」
声をかけて、手を差し出す。
くう、と警戒しつつも迷っているようだ。
「…ウァオンッ」
呼びかけてみれば、とんっ、と一瞬跳ね退いた。
…そっか。オマエ、野生の子じゃないもんな。

「オイデ、お水とゴハンをあげる。オマエの毛じゃここは暑すぎるよ」
しゃがんだまま、じっと手を差し出して待つ。
この子は迷子の飼い犬だ、外じゃ獲物を捕まえても、極限になるまで食べれないに違いない。
そして、そんなに悠長にできるほど、ここの環境は優しくない。

アゥッアゥッ、と小型犬特有の甲高い声を出して、犬が鳴いた。
「クァアアゥ、」
オレの知っている言葉で話し掛けてみる。
通じるかなあ?

暫くうろうろ、と迷っていたようだった犬が、漸く近寄り始めた。
警戒して身体を低くし、いつでも飛びかかれる姿勢になっているけれど、へっぴり腰だ。
「…噛まないって」
笑いかけてみる。

ゆっくりと近寄ってきながら、空気のニオイを嗅いでいた。
…いまは血生臭くないから、飼い犬でも平気…かな。
エマはともかく。
他の飼い犬は、血塗れで狼のニオイをこびり付かせたオレを酷く恐れていたけど。

差し出した手のニオイを、ゆっくりと嗅ぎ分けるヨークシャー・テリア。
オレも鼻をひくつかせて、犬の状態を知る。
「…迷子になって、3日目くらいかな、オマエ?」
毛に泥がこびり付いていて、施されていたケアの名残といえば、頭にある小さな赤いリボンと立派な首輪だけ。
土埃と、犬のニオイの他は嗅ぎ取れない。

「怪我はないみたいだね、よかったなオマエ」
差し出していた手を、ぺろ、と舐められた。
元々人懐っこい性格の子なんだろう、ゆっくりと伸ばした手で毛に触れる。
そのまま、時間をかけて全身を撫でていく。

「…お腹だけだね、問題があるのは」
そうっと抱き上げた。
抱かれなれているのか、犬は怯えた様子もなく、くた、と身体を預けてきた。
相当気を張っていたのだろう、短い息を繰り返している。

そっと日陰に入り、キッチンに回る。
網戸の向こう側に、リトル・ベア。
「リトル・ベア、迷子の犬を拾いました」
「うん?……おや。小さい子だね」
「お腹が空いているみたい」
「わかった。まずは、でも。水かな」
「脱水症状気味だから…」
「わかった。そこで待っていなさい」

リトル・ベアが、僅かに塩を足した水をボウルに入れて持ってきた。
「タオルは1枚でいいかな」
「ハイ」
勝手口の前に犬を下ろして、水を飲ませる。
すごい勢いで飲みだし、あっというまに水が半分になる。

リトル・ベアからタオルを手渡されて、水を飲み終わって一息吐いていた犬を包んで抱え上げた。
「消化にいい、スープを大目のものでいいか?」
「そうですね、いきなり食べさせても下痢しちゃうから」
「チキンがあるから、茹でて解そう。塩味は薄め、だな?」
「ハイ」
「野菜屑も一緒に煮込もう」

家の中、ロックチェアの上で犬を膝の上に乗せる。
お腹は空いていても、さきほど飲み干した水のせいで餓えを忘れた犬を、ゆっくりと撫でてやる。
首輪に名前。
"テリー"。




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