「テリー、イイコだね、おやすみ」
ゆっくりとゆっくりと撫でていくと。
自然の中よりは、人の輪に馴染んだテリーは安心したのだろう。
すう、と眠りに落ちていった。
心拍数が落ち着いてくるのを、時計を見ながら確認する。

甘い茶色の毛、グラデーションが金から黒へと入っているはずなのに。
「…距離を歩いたのかな?」
埃に塗れて、随分とやつれていた。
毛並みを整えてやりながら、リトル・ベアが忙しく包丁を使う音を聴く。
「…オマエの御主人はどこだろうね、テリー」

そうっと声をかけながら思う。
リトル・ベアがアレックスに言われた、と言っていたこと。
曰く、野生動物はきちんと管理していただかないと、ということらしい。
「……オレ、まだそんなにケモノクサイのかなぁ?」
最初に、必要以上にオレの気配を探っていたテリーの様子を思い出す。
声をかける前から、しきりにオレの方を見詰めては、諦めてとって返そうという仕種を繰り返していたテリー。

「ううううん……でも、オレが最後に狼になったのは、」
ここと砂漠の家を除いてだと………
「あ――――――ダディに、だ」
ゾロを忘れられないか、って言われて。
哀しくって、悔しくって、怒った時。


『怒ってトーテムを降ろしてしまうのは、オマエの修行不足だ』
アレックスとジャックが帰っていった後に、リトル・ベアに言われたこと。
『ハンターを迂闊に威嚇するとどうなるか知らないオマエではあるまい?』
『……撃たれる』
『そうだ』
『…ごめんなさい』
頭を下げたオレに、リトル・ベアは小さく溜め息を吐いて。
『ハンターでなくても銃を持つ者は多い。そして弱い人間ほど暴力的になる。わかるな?』
『…はい』
『それだけだ』

その話を聞いていたリカルドが、あとからオレにこっそりと言った。
『頭ごなしに叱られたほうがまだマシだよな、サンジ』
『…でも、オレが知っていなきゃいけないことだから』
『――――まあな。サンジは魅力的だし。オマエになにかあったら、ゾロがおっかないしな』
『…でも、オレ、野生動物だって』
魅力的なんかじゃない、って言おうと思ったのに、リカルドはくくって笑って。
『野生動物は、でも。魅力的だろう?相手にするには手強いが』
狼もクーガーも鷲もバッファローも、と。
リカルドが笑って言った。
『怖いけれど、キレイ。キレイだけど怖い。脆くて、強かで、美しい存在。だから惹かれる』

こくん、と頷いたオレに、リカルドは更に笑って。
それに、と言いたしていた。
『それに、巣荒しなんか最初にした方が悪い。アレックスは人違いというかトバッチリなんだろ?同じ会社の
系列にでもいたのか?』
『―――――たぶん、そんな感じかも』
『ま、なんだっていいけどな。最後、アイツ。カリカリしないで帰っただろう?』
……アレックスはジャックと共に帰っていったけれど。
『一応、オレを避けないで帰ってくれた……、』
『なら問題無い』
ぽすぽす、と頭を撫でられた。
『あとは鷲がどうにかするさ』
じゃなきゃ、コーザがな。雇い主らしいし、とリカルドが言って。
それでオレはどうにか凹みから浮上したのだった。


テリーの短くピンと立った耳をそうっと撫でる。
クークーと膝の上で、寝息を立てる犬。
この子だって、怒って飛び掛ってきたら、怖いだろう。
小さくても犬だからパワーがあるし。
牙は尖ってるし…。

けれど、ジャックは。
オレがアレックスに噛み付く現場を見ていたのに、オレのことを怖いって言わなかった。
襲われたのは別のヒトだから、って。
にか、と笑って。

そのうえで、オレの唇に残っていた血のことを教えてくれた。
それを落とさないと少しばかり怖いかもしれないねえ、って笑ってくれて。
マミィは、オレの爪に血がこびり付いただけで、オレを2時間お風呂に入れたし。
ジャックおじさんは、オレが血塗れのまま家に帰ろうとしたら、せめて水浴びはしなさい、って怒った。
血なんか残さないようにできるようになっても。ダディはオレが纏う空気の中に血のニオイを嗅いで、
思いっきり泣きそうな顔してたっけ……。

……ジャックって。
特別、なのかな…?
それとも、本気で狩っていたら、オレの側には立ってもくれなかったかな。

リトル・ベアはオレがハントをするのを見ても、何も言わなかった。
リカルドは、びっくりしてたけど、オレが喉笛噛みきれる、ってわかってなかったのかな?
結構、平気だったよねえ…?
オレは、たとえばテリーの口の周りが真っ赤でも。
きっと同じ様に手を差し出していたと思うけど……そういうことじゃ、ないんだろうか…?

リトル・ベアがキッチンから顔を出した。
「その犬、テリー・ウィンチェスター・ガウェインに捜索願が出てる」
「"テリー・ウィンチェスター・ガウェイン"???…立派な名前だね、オマエ」
膝の上の小型犬を見下ろす。
……とてもそんな長い名前が必要な犬だとは思えないんだけどなあ。

「3日前に、グランド・キャニオン・トップの駐車場で脱走したそうだ」
「……うわ、トップから降りてきたんだ…?」
この小さな犬にとって、あそこからここまでの距離は、なんと遠かったことだろう。
「飼主のオリヴァー・ガウェイン氏が引き取りに、明後日来るそうだ」
「…なんで明後日?」
「ノース・カロライナに引き返している途中だったそうだ」
マップをすぐに思い出す。
…遠いなあ……。

「チーフが、それまで面倒を見て遣ってくれ、と言っていた」
「ハイ」
それはオレの知識を生かせ、ってことだろう。
そうだ。
オレはただの野生動物じゃないもん、ちゃんと知っていることもあるもん……。

「ひとまず、テリーのご飯ができたから。しっかりやってくれ」
「……ハイ!」
会話を聞いていたのか、テリーの耳がぴくん、って動いた。
「…しばらく宜しくね、テリー」




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