「今日でお別れだね、テリー」
小さな熱の塊を抱き上げて、顔を覗き込んだ。
2日間、つきっきりで世話をしたから、もうそれだけで顔中舐められてしまった。
笑う。
「ちゃんとゴシュジンサマにケアしてもらうんだよ?」
「ワウッ」
「ふふ、いい子だね」

昼ごはんを食べた後に。
ヘンリー・クロゥ・ディア酋長が来るのを待っている。
酋長がオレの変わりに、ピーチ・スプリングスの入り口までテリーを連れて行ってくれる。
オレはゾロにここで待ってるって言ったから。
ここでじっとしているつもりで。

最初は、
「む、猿か」
なんて言っていた師匠も。
小さな手足で忙しげにオレの後をついて回るテリーを見ているうちに、犬だと納得してくれたらしい。
それでも、テリーは愛玩動物ではなく、ただの犬で。
オレにとっては、新しくできた友達、だった。

テリーを風呂に入れて乾かして。
たっぷりと睡眠を取らせてから栄養のあるものを、リトル・ベアと一緒に用意して食べさせたから。
もうすっかり元気で。
これなら多分、飼主のガウェインさんも安心だろうと思った。

「次、グランド・キャニオンで迷子になったら、リトル・ベアか師匠に助けてもらいなよ?」
耳の後ろの毛を撫で付けてやりながら言ったならば、テリーは小さくワゥ、と吼えた。
「いーい返事」
まあ最も。逸れないでいられるのが、一番いいんだけどね。

暫く膝の上で撫でてやっていたならば、車が通りかかる音が聴こえてきた。
ドアの前、古いキャデラックが停まる音。
リトル・ベアがドアを開けに行った。
テリーの耳が、ぴん、っと立って戸口を見詰めている。

す、と外から眩い陽光が差し込んできて。テンガロンを被ったシルエットが浮かんだ。
「…シンギン・キャット!」
「酋長、お久しぶりです」
一旦テリーを座っていたソファに置いて、ヘンリー酋長と挨拶。
「…キャットは幼少時代と生体とで随分と印象が変わるが。オマエもだな」
言われて、ちいさく苦笑した。
確かにオレはもう昔のオレじゃなくなったね、どこか。

「オマエに偉大なる霊の導きを」
とんとん、と身体の両サイドを、大きな手がリズミカルに叩いていった。
「酋長にも」
そして酋長がすい、と視線を巡らせた。

「小さいな」
テリーを目で捕らえて、酋長が笑った。
「ヨークシャー・テリアですから」
「ふむ。大きな志を抱いておったのかの、」

笑って酋長がテリーを籐のバスケットに入れた。
中型犬も入りそうなその中で、テリーが忙しなく動いては吼えていた。
「お別れだね。オマエにも偉大なる霊の加護がありますように」
毛を撫でてやってから、中に兎の尻尾で作ったボールを入れる。
「お土産」
「アウッアウゥッ」
「元気でね」

バスケットを閉める瞬間まで、テリーが小さな尻尾を一生懸命振っているのが見えた。
そして甲高い声で何度も鳴く。

ヘンリー酋長が、すい、とバスケットを持って、何事かリトル・ベアに言っていた。
そしてサヨウナラを言うでもなく、ドアを開けたリトル・ベアとオレが見守る中、車に乗り込んで去っていった。

「…あっさり、だねえ」
遠のいていくテリーの鳴き声と、砂埃を舞い上げつつ走り去っていくキャデラック。
サヨナラ、というコトバよりも。
またどこかで会えるのならば会えるだろう、という意識が強いから。
かけるなら、
「またね」
だろう。

リトル・ベアがオレの頭をぽすぽす、と叩いた。
「さあ、ベッドの掃除だ、シンギン・キャット」
一緒に寝ていたせいで随分と散ってしまった毛の量を思い出す。
リネンの上、足元。

「…少し、寂しさが薄れたよ?」
言うとリトル・ベアが笑って、小さく肩を竦めた。
「狼も浮気相手がヨークシャー・テリアなら許してくれるだろう」
「…浮気なんかしてないってば!!」
笑ってリトル・ベアの背中を突付いた。
浮気なんて、ほんと。

「……でも、言ったら嫉妬してくれるかなあ?」
「さあな」
「……うーん……オレは嫉妬しそうかも」
「誰に?」
「ハントの標的」

ぷっ、とリトル・ベアが笑い始めた。
…む。シツレイナ。
「…早く迎えにくるといいな」
「うん」

ゾロに抱きついて、抱きしめて、抱き込まれて。
………ゾロだけで、いっぱいになりたいなァ……。

「キャット、」
「ハイ?」
「………強く在りなさい」
「ハイ」




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