Saturday, August 25
アレッサンドロ・アルフィエーリは、サウスハンプトンで夏を過ごしていたらしい。たしか、娘だか孫娘だかが馬に
入れあげているとおれに話したことがあった。表向きは、馬術競技大会の開催期間中に心筋梗塞で死亡、とでもなるのか。
ロドヴィコ・カノーヴァは、セントラルパーク・ウェストのオンナの家から出てきたところだったそうだ。
ドアマンの顔を覚えていなかったのが運の尽き、ってヤツだ。
あっさりと誘拐されて、お笑い種だ。
いまごろ、どこのゴミ箱に紛れていることやら。冬場じゃないから多少は早く見つけ出してもらえるかもしれない、
運が良ければ、の話だが。
同じように上がってきた報告、「トマソはエンリコ・ドニゼッティが匿っている」。
肝心のドニゼッティが、一番連中のなかでは頭が働くのか、大概身の危険を感じはじめたか姿を晦ませた。
だから猶予の1日前、3日目の今日になっても新しい報告を受けてはいなかった。
一つ入ってきたのは、本筋とは無縁のバカ話だった。おれの父親がバカ従弟を東に呼び戻そうとしていること。
ペルが珍しくニガワライを浮かべていた。
『ご丁重にお断りになられたそうですよ』
それはそうだろう。
後継もなにも、おれがまだ生きているんだから。当分、死んでやる気もないしな。
「ドニゼッティはトマと一緒にいると思うか?」
戻ってきたペルに言った。
階数を1階降りて、6階のただ空間が広がるだけの場所は考え事に丁度良い。
壁も仕切りも外されて、窓から窓へと拡がる場所は四隅が黒く「動く」ほかは邪魔するものも無かった。
「連れ動いているとは思いがたいですね、中々気難しい方ですので」
だれが、と聞くまでもない。
「自分から動けないのが癪だ」
「あと1日、我慢なさることです。―――身から出た錆、という格言をご存知で?」
――――アリガトウヨ、一緒に時間を潰すのにほんとにいいやつだよ、オマエは。
「ドニゼッティは、中途半端に頭の回転の速い男です。保身のためならいくらでも『お飾り』など売り飛ばすでしょうよ」
大人しくしていればいいものを、と。
口に出さずに思った。
ゆらりと、視界の隅でなにかが「動いた」が、知覚するのを止めた。いまはああいう手合いに構ってる場合じゃない。
それに、連中がカードに付き合わないのはあの家で学習済みだ。
「ドニゼッティを狩り出しているのは―――」
「ドルトンですよ」
「じゃあ、安心だな」
「ええ」
初めて、ペルが普通に笑いやがった。
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