Sunday,August 26
厩で手伝ってくれ、というリトル・ベアに従って、家から少し離れた場所にある納屋に向かった。
師匠の馬たちは、普段はレジデント内のホワイト・クラウドのところに預けられているから。
用がある時にだけ、彼のところから納屋の方へ連れてこられてくることになっている。

「…聖地にいくのかな?」
その為の仕度なんだろうか、と思いながら、歩いて向かった。
けれど、聴こえてきたのはまだ幼い馬の嘶き。
少しつまらなそうに、床をたすったすっと蹴っていた。
そして、もう少しノンビリとした、聞き覚えのある鳴き声。

ゆっくりと納屋の扉を開けた。
そこにいるのは、見慣れたサイアとファルではなくて――――――
「メル!!セト!!うわお!ひさしぶり!!」

メルが高い声で嘶き、尻尾をばさっと1回振ってくれた。
セトは、そんなメルの様子を見て、安心してくれたようだ。
少し耳が後ろに沿っていたのが、オレの方に注目してくれている。

メルにゆっくりと近寄ると、すい、と鼻先を押し当ててくれた。
そのままそこにキスをして挨拶。
「こんにちは!元気そうで嬉しいよ、メル」

そして、その横では、産毛が抜け始めたセトが、じっとオレを見上げてきていた。
「こんにちは、セト!成長が早いねえ!」
手を差し出したら、興味深げに鼻を鳴らしてニオイを嗅いだ。
「ふふ、警戒心強いね?いいことだよ、オトーサンに似たのかな?」
す、と鼻先を押し当てられて、ゆっくりと撫でた。
「サンジだよ、覚えてる…わけないか、」
声を立てて笑うと、セトとメルがばさっと尻尾を振った。

ふふ、機嫌がいいね、二匹とも。
優しい淡い毛を撫でる。
そして長く伸ばされた鬣も。

セトがヒヒッと甲高く鳴いた。
「うん?」
さらさら、と撫でると、目を細めていた。
笑って額から首を撫でてやる。

メルが横で水を飲み始めた。
「今日はジェイクか誰か一緒じゃなかったの?」
訊いてみると、セトがぶるぶるっと首を小さく振った。
「…オマエ、知ってるの?」
笑って耳の後ろを掻く。
ふ、とヒトの気配を感じて視線を上げると。
セトとメルも同じ様に首を擡げた。

「…シンギン・キャット」
うん?…ああ、リトル・ベアだ。

メルがぶるる、と首を小さく振って、飼葉を食べ始めた。
「リトル・ベア!!どうしたんですか、彼ら?」
メルの食事を邪魔しないように、セトの首を撫でながら訊くと。
「メルとセトがサンジに会いたがっていた、と聞いていたからな」
リトル・ベアがくう、と笑って手を振った。

「あははははは!ジェイクがそんなことを?」
リトル・ベアが更に笑った。
「今日、知り合いのカウボーイがジェイクのところに寄るそうだ。厩が空いていないから、だったらセトと一緒にメルをこちらに少しの間、預かっておこうと思ってな、」
「なぁんだ、」

リトル・ベアがメルの首筋を撫でながら言った。
「メルはいいんだが、セトがな?」
「なんですか?」
「とても独立心が旺盛なんだそうだ」
「…はあ、」
セトにちらりと視線を落とすと。
アタリマエ、という顔で、ふんっと一つ鼻息を漏らしていた。
……ほええ?

「ジルが主に世話をしているらしいんだが、時々ルイスと変わってもらうとするだろう?」
ジル、ああ…スパニッシュ系のオンナノコだ。
ルイス…はこの間、オレを大笑いしてくれたっけ。
……オレの馬鹿な質問…ああ、思い出すだけで…うわーあ!

「最初にセトに触れようとしたのが、2週間の頃だったそうだ」
2週間っていうと…ああ、メルの警戒心も少し解けてくるころだね。
「撫でようとしたら、思い切り耳を反らせて、足を高く上げて威嚇したらしい」
……はあ。
セトと視線が合う。
知らん顔のセト。
……ぷっ。

「ルイスにはメルも懐いていたからな、ジルも大丈夫だと思ったらしいんだが…どうも男性には抵抗があるらしい」
え?…でもリトル・ベアには…ああ、そういえば、メルからセトの方へと動いてないからか、セトが警戒してないのは。
「ジェイクは毎日2時間はつきっきりだったらしいから、ブラッシングまではできるらしいんだが……」
「…けど?」
「先週からジルは、夏休みで実家に帰っていてな、その間、ホワイト・クラウドのところにも、ケヴィンのところにも預けたらしいんだが…悉く、嫌われたらしくてな」
「ほえ」
「メルにはともかく、セトは触らせないらしい」
「はー…」
…ううん、あのことわざなんだっけ?
"名は体を表す"?

「…セト、オトコのヒトよりオンナノヒトがスキ?」
尻尾、ばさ、と1回。
「……あらららら」
「いままでなんとかジルが帰ってくるまで頑張っていたらしいんだが、今日はどうしても手が離せなくてな。それでジェイクがオマエならなんとかできるだろう、と」
「…ええっと、それって…?」
「ジェイクは、まだオマエがドクタ・タオのところでバイトしていると思っているからな」
……じゃあオレがゾロと聖地で過ごしていたってこと、誰も知らないってこと…?
そもそも、オレがここから出て行ってないことになってるんだ…?

「ドクタ・タオとあそこのナースたちには事情を端折って話してある。オマエがコロラドに帰ったことを」
リトル・ベアが小さく手を上げて言った。
「彼らは、オマエがこちらに戻っていることは知らないが、オマエがバイトをできなくなったことは了承している」
「ありがとうございます、リトル・ベア」
「今日の夕方にはジルが帰ってくるからな。それまでの間、メルを、というよりはセトの相手をオマエがしてやりなさい」
「はい、わかりました」
頭を下げたら、セトが横からシャツの背中をくいくいっと引いた。

「ん?」
あ、さっそくブラッシングしろ?
「…ブラシの前に、オマエ身体拭いてあげるよ。汗掻いたでしょ、ジェイクのところからここまで歩いてきたのなら」
ざ、と敷いた藁をセトが前足で掻いた。
「ふふ、せっかちだなあ、」

ゆっくりと鼻先を撫でると、セトが小さく鳴いた。
オレの横で、リトル・ベアがメルの手綱を引いていた。
「リトル・ベアがメルの面倒を見るの?」
「そうだ。ついでに蹄も調べるからな」
「わかった。木陰?」
「ここの中は、今日はあまり風が通らないからな。木陰の方がまだ涼しいだろう」

ゆっくりとメルがリトル・ベアに引かれていくのを。
セトはじっと見詰めていた。
「…リトル・ベアは大丈夫だよ。優しいし、頼りになるし、強いし」
ぴる、と耳が1回動いて、セトが小さく嘶く。
「そうだね、ゴメン。オレたちもいこうか」
ブラシや櫛などが入ったグルーミング・キットを持って、セトの手綱を取って外に出る。
セトが暑そうに、ふんっ、て鼻を鳴らして笑った。
「そうだ、セト。ホースで水浴び、してみる?」




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