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 見下ろした手足には、淡い金の毛が生えていた。
 欲しかった、前足。
 肉球は、こげ茶色。
 後ろ足は、バネみたいだった。
 
 とっと飛び上がる、岩の上。
 木々の間から覗く青空を見上げる。
 耳の後ろを誰かに撫でられたのは、どれくらい前のことになるんだろう?
 白い流れる雲を見ながら思った。
 新緑色の、深緑より魅力的な目に見詰められたのは、どれくらい前だっただろう?
 
 ほしかった前足と後ろ足。
 長い尻尾。
 鋭い爪と、よく動く体。
 ぺろり、と唇を舐める。
 舌に当たる、鋭い牙。
 オレは望んでこの容になったはずなのに。
 この容のオレは、ヒトの形になることを、切望している。
 この身体じゃダメだから。
 愛してもらえないから。
 誰に?
 ―――――――――――ゾロに。
 
 岩の上から飛び降りる。
 オレは独りで山の中にいる。
 仲間だった狼たちから、群れの外に自分から出た。
 彼らは狼で、オレは……オレは、クーガだから。
 拾われて育てられたのに、オレの声では遠吠えをすることができないから。
 
 クゥン、と声が喉奥から漏れる。
 耳の後ろを、優しく撫でられた思い出が甦る。
 力強い指先が、そうっと撫でていってくれた。
 バカ猫、ってオレを呼ぶ優しい声も。
 そうっとくれるキスも…。
 
 喉を開いて空を見上げる。
 んぁあああぅ、と狼のように吼えてみる。
 実際に喉から零れ出たのは、んぎゃあああう、という猫であるオレの声で。
 
 オレ、ゾロに捨てられたんだっけ?
 記憶が混ざってる。
 それで狼に拾われたんだっけ?
 ――――や、チガウ。
 狼の家族から出た直後に、ゾロに拾われたんだった。
 オレを畏れなかったゾロ、でもオレがハンターに狙われて……、
 ……オレがゾロの側から離れた?
 ……ゾロに、捨てられた?
 
 ああ、でも。
 戻ってくるって繰り返し言ってた。
 オレを引き取りにくるって。
 ハントが終わったら。
 オレを狙うハンターを全員この森から追い払ったら。
 
 夏だと思ってた空は、うっすらと白味を帯びている。
 蒼かった葉っぱは、紅く色付いている。
 もうすぐ冬が来る。
 オレは、冬にはこの場所にいられない。
 ―――――生きるのなら。
 
 森の中を走る。
 葉っぱの絨毯の上。
 冬が来る。
 ゾロが来ない。
 抱きしめてほしいのに。
 ゾロの腕の中で丸まって、朝、抱きしめられて目覚めたいのに。
 
 「バカ猫。おれのユメでもみてろよ……?」
 声が聴こえた気がした。
 ヒトのゾロの声。
 あれ、ゾロってオオカミじゃ――――
 
 
 「―――――んぁう?」
 ぱちっと目が覚めた。
 目に入る天井の木目。
 手に当たるのは、柔らかなリネンの感触。
 ……あれ?
 
 ころん、と転がる。
 腕の中の枕が濡れてた。
 「………あれ?」
 こし、と手の甲で顔を拭う。
 目に入る、ヒトの手。
 短い毛足の黄金じゃなくて、よく焼けたヒトの肌だ。
 その後に残るのは、濡れた痕。
 
 「―――――あれれ?」
 すい、と視線を巡らせる。
 「―――ゾロ?」
 ――――――は、いないじゃん。
 だってゾロはオレを置いてハントに――――
 「んん?」
 
 夢。
 ヘンな夢を観ていた。
 断片が、するすると消えていく。
 小さな、酷く鮮やかだった景色の記憶も。
 オレが思っていたことも。
 ただ、胸に残るのは、
 ―――――――寂しさ、だけ。
 
 「―――――――ありゃ」
 ぱしぱしっと瞬きをして、起き上がる。
 ころん、と抱き枕が落ちていった。
 ……う〜〜〜〜。
 考えようとすればするほど、消えていくメモリ。
 ……うんんん?
 
 手を引き上げて、見詰める。
 「……ヒト、だもんねえ?」
 爪の間には、泥は無い。
 昨日、仔馬のセトに水浴びをさせて。
 オレも一緒に浴びたし。
 セトをジェイクのランチのおねーさんが迎えに来てから、お風呂に入ってゴハン食べて寝ただけだったハズなのに。
 
 ……なんでこんなに寂しいんだろう???
 結構幸せな気持ちで、わくわくしながら寝たと思ったのになあ…?
 「う〜〜〜〜〜」
 オレってこんなに寂しがりだったっけ?
 …むぅ。
 
 コンコン、とドアの音。
 「サンジ、おきてるか?」
 リカルドの声だ。
 「あ、起きました」
 「オオケイ、じゃあ朝ごはん食べてくれ」
 「あ、ハイ」
 うわ。
 寝過ごしちゃったかなあ…?
 
 「さっき、オマエのお兄さんから電話があったよ」
 「……へ?」
 笑ってるリカルドの声。
 「"事の次第によってはすぐロンドンから跳ぶ"ってさ」
 ――――――――――――あ。
 「すっごい剣幕のブリッティッシュで喋られたから、何言われたか最初解らなかったよ」
 ――――――――――――――やばっ!!!
 「昨日居た仔馬のネーミングの元?気性が荒そうなトコ、ソックリだな」
 ―――――――――――――――うわあああ!!!
 
 「お、怒ってた…?」
 「ん?はっきり言おうか?」
 「うん、リカルド、言って?」
 「ウン」
 ―――――――――――――――――うわあああああああんんんん!!!
 「お、起きる、今すぐ起きて電話する、国際電話、だいじょ、」
 ベッドから降りようと思ってリネンに足を取られた。
 「うわ!!」
 
 「あ、サンジ。慌てなくたってイイ。オニイサン、1時間は戻らないそうだから」
 「や、わ、あ、うん、…うわ」
 ど、ど、どーしよ、
 きらっと目を輝かせて、それこそ…ん?それこそ???…クーガのように、どっちかっていうと豹みたいに怒る
 兄貴の顔を思い出した。
 …………うわああああ!
 
 「サンジ、大丈夫?」
 「あ、うん、ありがと、リカルド」
 いまので思いっきり凹んでたのから蹴り出されました。
 「無理するなよ?」
 や……セト、うん、うわあ、どうしようかな…?
 
 「ひ、とまず、起き出してキッチンにいきます」
 「ん。仕度しておく」
 「お願いします」
 遠ざかるリカルドの足音を聴きながら、心臓が高鳴っているのが聴こえてくる。
 「――――――――あぅう。やっばいかも」
 
 
 
 
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