「花でも贈りますか」
ミンクだかヴェルヴェットだかを逆撫でる、そういう微妙な居心地の悪さの残るアタリだけは良い声音が届いた。
す、と扉が開き、二人が戻ってきていた。

「トマ」の居場所がわかったとドルトンから聞き、ほんの何分後か。
これは、この「おっかねぇ子守り」は実はかなり機嫌が良いらしい。けれど同時にざらついたモノが声のトーンの底にあったから
同じくらい不機嫌だ。

ずいぶんと面倒な生き方を選んだモンだな、こいつも。
そんなことをちらりと思った。が、すぐに。くう、と細められた目があわせられた。
――――シマッタ、考えてたことがバレタなこれは。

視界の右端に、口を開こうとしたドルトンが見えた。
右の指先を少しばかり動かして制止した。ああ、大丈夫だよ、イキナリ殺されやしねェだろ。
おっかねえのの右肩も動いてねェし?―――笑えない冗談だ、我ながら。

「―――今更、だよな」
考えていたことを口に出した。
生かしておいてやるか、さっさと片付けちまうか。担ぎ出されたバカ、従兄の後始末を。一人になった僅かな時間の間に
考えていた。……馬の絵、か。妙なモノを思い出した所為だ。
「ええ。禍根を残すことになりますね」
確かにな。
腐ったリンゴ……?陳腐な比喩だ。

「そもそも。トマは何がしたかったんだ、」
面白くもねぇぞ?おれの立ってる場所なんざ。―――まぁ、通常の感覚で言えばの話だけどな。
半ば独り言じみたおれの台詞に、ドルトンが小さくわらった。
「朝、対岸を眺めながら海岸を散歩していらっしゃいますよ」
――――ア?
「それが済むと屋敷の裏の森へ」
……ハ?
「昼前には屋敷へ戻られて、それから外出はなさいませんね」
どこの隠居オヤジだ、トマって奴は。

「屋敷に出入りするのは、メイドと…」
「いまはもういない"友人"ばかり、」
―――ペルが手をひらりと上向けた。
「あぁ、"いい連中だったな"」
死者には敬意を払え?フザケロ。

ドルトンが首を大げさに振ってため息を吐いて見せた。
「あなた方はたいそうよく似ている」
そういう冗談は面白くありませんよ、と。目元がそれでもちかりと小さく瞬いた。―――はン、笑いやがったな。
「それでアナタは良心の呵責に耐えかねて、トマソ様を生かしておいてやろうとお思いでらっしゃる」
あぁ、まさかね、とペルが付け足した。
「さぁ…?流石におれも"家族"に手をかけたことは無いからな…?」
「アントーニオ様までしか認識しておられないのに」
に、と。ペルが笑って。誰を連れて行きますか、と右手また上向けた。

「出入りしている人間はゼロ、実際屋敷にいるのは何人だ」
「最大で4−5名ですね」
―――隠し玉を護りとおすには随分と少ない。誰が考えたって非常識な数字だ。
「トマか、」
「ええ、不愉快だと仰って数を減らしたようですよ」
とんだ「王様」だ。
バカもここまでくれば褒めてやりたいくらいだ。

「おれは奴がだんだん哀れになってきたぞ、」
「愚者の末路はいつも同じ、」
ゾロ、お気をつけなさい、と。酷く嬉しそうな極上の声がしやがった。
―――あぁ、精々な。気をつけさせてもらうさ。
く、と。
ドルトンが真面目な面を保ったまま、わらいやがった。

「6人、連れて行くぞ。選んでおけ」
「ええ、リストもご入用で?」
「おまえの冗談も笑えないぞ」
「"御意"」
「クタバレ、シェークスピア」

ドアに近づけば、勝手に廊下に向かって開き。ハンターがきっちり6人、眼だけで「遅い」と言って来た。
――――おい、おまえら。
これはビックリパーティじゃねぇぞ?勘弁しろ。

そう後ろから出てきた二人に言えば。
伊達に長生きしていない、ときた。
従兄に会う前から、おれはトマが相当「哀れ」に思えてきた。
これのどちらかがいただけでも、バカな男はバカなままで「長生き」できたろうにな、と。おれもうるせぇのが一人減って
一石二鳥だったのに、残念だ。




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