Monday, August 27
朝、散歩をしているといったか。海岸線を。何の景色が見えていたのかと目をやっても、対岸に目に留めるほどの
灯かりが揺らぐわけでもなかった。ただの―――
微かな音に神経が引き擦られかけ、意識を戻した。波音と、暗い色。それが続くだけだった。
見えたものといえば、小さな赤い灯と―――
呼ばれた。
「向こう」は片付いたか。おれの方も一応は「終了」だ。
あなたにしては珍しい、そんなことを常と変わらず穏やかな声が言って寄越した。
少し離れた位置から。ちょうど横あたりか、「アレ」の。
あぁ、おまえそれは違う。それをしたのはおれじゃねぇよ、そこまで趣味も悪くなければ関わりも無い。
そう、別に言葉にはせずに、左手だけを軽く上向けた。
「―――自分でやったんだぜ、」
多分、暗がりではっきりとは見えなかったが中途半端に口を開いただろう、喉元を思い出した。
自力で喉首を掻き切るなど、思うより難しい。誰か教えてやらなかったのかね……?
それでも、ギラギラと睨みつけてきた眼は褒めるに値したか。
だからか、手を貸してやった。
左胸に弾を一発、眉間に合わせていた銃口を下げた訳は自分でもいまのところは不明だ。
色味の所為か?冴えた蒼。馬鹿馬鹿しい。同じ色、揺らいだ記憶の底、やわらかかった手の持ち主と。
この暗がりで、ソレが見えるはずも無いのに。
「面白いヤツだった」
「そうですか、」
わずかに声の位置が変わっていた。地面近くに。
すう、と腕の動くのが「見えた」。
上から下、僅かな緩やかな動き。目を閉ざしてでもやったんだろう。
「なかは、」
「それほど面白くは無かったですね、彼らはただの番犬だ」
「なぁ、」
ふ、と思い出した。
「トーニオ、伯父の墓所はどこだ」
「容だけならば、」
ペルの声が古くからある教会の名前を言って寄越した。―――ハ、下手すりゃ徒歩圏か。
「空ですよ、中は」
「丁度いい」
考えを先回りしたのか、微かにため息じみたオトが聞こえる。
「面倒なことを思いつかれるものだ、」
「そのトマから散々聴かされたからな、最後くらいはチチオヤの側にでも置いてやってもいいだろう」
どうせ後始末が一番面倒なことに変わりないなら、同じ事だ。
「アントーニオ様は―――」
「知ってる、空の墓でもいいさ。どうせ形だけのヤツだった、そのバカは」
空気が動いていた。砂と土に吸い込まれていく朱に匂いが急に鼻についた。潮時だな、ここにいつまでいても埒が無い。
「戻るぞ、」
驚いたことに、声が少しばかり掠れた。
――――おれは、バカは嫌いだ。
トマ、おまえも。なぜ「こちら側」に戻ったんだか。
歩き始めた靴底で、固まった砂が崩れていった。
後ろの屋敷からここまで見ていた背中を思い出した。
『夜、ここを歩くのは始めてだな』
そんなことを確か言っていたか。
―――最後の何分かを、忌み嫌うモノと過ごしてその感想は。あぁ、この従兄は執念深そうだ。
そのうち言いにキヤガルかもしれねぇな、バカバカしい。
振り向いた。
子守りがおれを見ていた。なんだよ?何か顔にでも着いてるか。
「大丈夫ですか」
だと。
「ン?まぁな」
思ったほど、よくも悪くも無いさ。
「先に行く」
すい、と目線だけで返事を寄越してくる。たまに、これが無口にもなれることは―――アリガタイ。
「アトデナ、」
ひら、と手だけ適当に動かして屋敷の灯かりに眼を戻した。
来た道を一人で戻る。
声が勝手に頭のなかでリフレインされ始めた。時間も同じように記憶と行動を遡る。
とんだ、ラストハントだな。まったく。
一通り、終了。
ただ、戻る前に自分のナカを少しばかり―――
『なぁ、ちびっこ。一度全部、新地に戻しちまえばいいんだよ、カンタンカンタン』
参ったな、記憶が入り混じってやがる。これは、エースが前に言っていたことだ。
『ゲームと一緒、リセットしちまえ。ちゃんと考えた後にだぜ?』
くしゃりとわらっていた顔。
すう、と足元に灯かりが落ちてきた。
軋んでいた何かがゆっくりと周り始めた。
確かに、あンたの言う通りかもしれない。知らずに、口もとが綻んだ。
生きてる人間と、記憶の中の言葉と、同じだけのチカラがあるわけか。―――雷魚のじじいとでも酒でも呑んで話すのに
丁度いい題材かもナ。
屋敷の、広く開かれた窓から中へ入った。
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